32.麓の集落

 人が入ることを神により許されていない山脈から離れた小さな森林。その中は鳥のさえずりと森林に入る太陽の光りで何とも幻想的な雰囲気に包まれていた。さらに、微風が吹いていることでリラックスするには心地良い場所だ。そして、一本の大木に寄りかかって気持ちよさそうに寝ている栗色で長髪の少女がいた。


「だれ?」


森林の外の方から足音が聞こえてくると少女は瞼を開け、エメラルド色の瞳を見せた。その瞳で辺りを見回して、耳をすませてみると、男の子の声が聞こえてくる。


「誰かいるよねぇー?ねぇー?」


基本的に人が来るはずのない場所に人が来る。それも子供の声で聞き覚えの無い声。少なくとも自分の集落の子供ではないので、得体が知れない。恐怖しかないので、とりあえず目をつぶり寝たふりをした。


「俺も二人が来るまで寝ようぉー!」


こちらに歩いてきて隣に座ったかと思えば、イビキが聞こえてきた。少女は気づかれないように少し目を開け、隣の様子を伺うと男の子が自分と同じように大木に寄りかかり、頭の後ろに両手を置いて寝ている。少女は目を開き、男の子を見て口を開く。


「あなたは何しているの?どこから来たの?聞こえてないよね!」

「俺が聞きたいことあったけど、先に聞かれちゃった!」


小声だったが、男の子には聞こえていたようだ。少女は突然の声にビックリし、のけ反ってしまった。


「寝ていたはずなのに・・・」

「寝ていたよ。寝ていたけど声が聞こえたからそこから寝たふりをした!」


男の子は目を開けて、少女の方を向く。


「俺はカイル!向こうの山を越える為にこの辺にある集落を探しているんだ」


カイルは山脈を指さした。少女は複雑そうな表情を見せる。


「私はアテス。あの山脈デッド・ランジには入ってはいけないのよ!」

「ああ、知っているさ。俺もずっと向こうのギョペ集落からやってきたんだ。あのおばさんからさんざん聞かされた。でも、俺は行くと決めたんだ」


少女はカイルを見て揺るぎない意思を感じ取った。


「いいわ!あなたの探している集落は私の住むサクリ集落。でも、集落には行かず、そのまま入っていった方が良いわ。行っても歓迎されない」


「俺たちは明日の朝に入ろうと思っているんだ。だから、今日は集落に泊めてくれるだけで良いんだ!」


すると、またこちらに向かって駆け足で近づいてくる足音が聞こえてくる。アテスはその方向に目を写し警戒する。


「やっと来た?大丈夫だよ!アテスちゃん」


カイルは後ろにくるりと振り向く。その足音の正体はすぐにわかった。大人の身体つきをした女性とカイルと同じくらいの身長の赤い髪の少女が姿を見える。


「アン!ナナミ!遅かったじゃないか?」


ナナミと呼ばれた見たことのない格好をした大人の女性が声を出す。


「はぁ!カイルが速すぎるのよ!私達を置いて先に行ってぇー!」

「悪かったって!なんかありそうだったからさぁー。そしたらこのアテスちゃんがいたんだ」


カイルはアテスの方を見る。ナナミはアテスに気づき、アテスをじっくり見回すと、エメラルド色の瞳に目が止まった。


「きれい!こんなきれいな瞳初めてみる」


瞳のきれいさにナナミは引き込まれそうになるが、カイルのからかいで引き戻される。


「これはナナミの世界のレズって言うやつか?」

「違うって!そういうのじゃないから」


アテスは訳がわからずキョトンとした様子を見せると、それに気づいたナナミは話しを続ける。


「私はナナミ。あなたはどうしてここに?」

「ここで寝ていたら、その子がやってきて、山脈に入るから集落に泊めて欲しいって!」


カイルがナナミの方を向く。一方、ナナミの隣にいたアンは森林の中を興味深そうに眺めていた。


「アテスちゃんのいる集落が俺たちの目的の集落っぽい。でも、アテスちゃんは集落が嫌がるからそのまま入った方が良いって言うんだ!」


それを聞いてナナミは少し考える素振りを見せた後、アテスの方を向く。


「あなたの言う通り、そうしたいけれど、日がもう沈む方に傾いてしまっているの」


森林の中から空を見上げて、太陽を探せば、ナナミの言う通り太陽は沈む方の位置にあった。


「これから入るのは迷って危険過ぎる。だから、今日はどうしても泊めて欲しいの。とりあえず、集落の人と話しをさせて!」


それを聞いてアテスはしばらく考え込んでいる様子。そして・・・。


「いいわ!着いてきて。山に入るなんて行ったら殺されてしまうかもしれないけど」


アテスは不安そうな顔を見せる。それを聞いたアンも不安げになった。しかし、カイルは能天気に笑顔を見せ、三人に向けて言葉を放つ。


「どんなことがあっても、俺たちは死なないよ!きっとな・・・」


ナナミは呆れた顔をした。


「最後ので説得力なくなる!」

「絶対は無いからな!」


そして、四人はアテスの住む集落に向かう為に森林を出ようと歩いていくが、カイルは一旦立ち止まり後ろを向いて森林を眺める。


「ここはいきいきしてるよなぁー!気持ち良かった。じゃあなぁー!」


残りの三人は既に森林の外に出ていたがカイルは慌てずマイペースに歩いて追いかけていく。森林からカイルが出ると風のせいなのか森林がざわざわとしたがすぐに静まり鳥のさえずりが響き渡るだけの世界となった。


                 ※ ※ ※


 カイル達はアテスに連れられ、山脈の麓まで来ていて、目的の集落までもう少しだった。


「あそこか?」


カイルは少し先に見える集落を指さした。


「そうよ!あそこが私達の住むサクリ集落。あなた達は歓迎されないよそ者だということを忘れないで」


それを聞いて、気を引き締めるナナミだがしかし後ろにいたカイルは相変わらず笑みを浮かべている。


「どんなことになるか今から楽しみだな!ワクワクする!」


アテスはそのセリフに目を丸くしキョトンとした。


「ほとんどのことに動じないの!いちいち驚いていたら疲れるわ。カイルは私達と違って普通じゃないから!」

「うん!」


ナナミに続けて、アンが反応した。そして、集落まで近くなると、水田があちらこちらに見え、作業をしている人もいた。カイル達に気づくと、いぶかし気な視線を感じる。アテスは三人の方を向いた。


「わかったでしょう?気をつけて!」

「こんなのあのおばさんからさんざん受けて来たから慣れちゃったな!」


カイルは自分の集落のシャーウーであるイザのことを思い出していた。アテスはそれに反応する。


「どういうこと?」

「そういうこと!」


能天気な顔で他人事のようにアテスに返した。それをアテスはわかっていなささそうなのでナナミが説明することにした。


「こんな能天気だけど、カイルもギョペ集落で特にシャーウーに逆らうことしていたから、嫌われていたの!」


そうすると、腑に落ちたような表情を見せてから、口を開く。


「そうなのね!でも、シャーウー様に逆らうのは良い事じゃないわ!」


能天気から一転カイルは険しい表情を見せる。


「シャーウーなんて狂った頭のおかしい、どうしようもない奴らだよ!」


そのギャップに少し怖くなってしまったアテスだった。そうこうしているうちに水田で作業している人の1人がこちらに近づいてくる。中年くらいでがたいがしっかりしている男だった。


「アテス!そいつらは何だ?今日はお前の晴れ舞台なんだぞ。そろそろ準備しなければ」


その中年の男は腕を組みアテスに怒り気味だった。それに対してアテスは落ちつた声を出す。


「彼らのことで統領にお願いがしたいの。統領はどこ?」

「そいつらの面倒のことか?ダメだ!統領とシャーウー様が許さない。今日は俺たちにとっても大事な日。よそ者の世話などしてられない!追い返せ!」


中年の男はアテスの後ろにいるカイル達を睨む。カイルは涼しい顔をし、ナナミは信じられないというような顔を見せる。アンは下を向いた。まず、一言発したのはカイル。


「おっさん!酷いよ!夜だけ泊めてくれれば良いんだ!飯付きでな」

「ちょっと!カイル。調子に乗りすぎ!」


ナナミがカイルを叱るがしかし、カイルは呑気に耳をかいていた。


「何だ!こいつらはぁー!よそ者のくせに」

「お願い!夜だけだから!私の一生のお願い」


中年の男を見つめるアテス。中年の男は腕を組んでいたがそれを降ろし、口を開く。


「わかった!今から統領に話しをしてくるからここで待っていろ!統領は今準備で忙しい」


アテス達に背を向け、集落の中へ歩いていく中年の男。カイルはその後ろについて行こうとする。


「カイル!!」


それに気づいたナナミが慌てて、ついて行こうとするカイルの片手をひっぱり引き止めた。


「泊めてもらえなくなるわよ!山を登るんだからしっかり夜は休まないと行けないの」

「俺はまぁー平気だけどな!二人はやっぱりきついもんな」


激しいナナミの口調に対して、カイルは淡々としていた。そして、15分くらいしてから中年の男がアテス達の元へ帰ってくる。


「統領は?」


アテスが答えを求めた。すると、すぐに中年の男が腕を組んでから口を開く。


「たまたま話しを聞かれていたシャーウー様にきつく反対され、統領も許されなかった」

「また、シャーウーか!?俺と話しをさせろ?」


カイルは呆れた顔をした。集落のシャーウーはどこも同じなのかと。


「このガキがぁー!!よそ者は黙っていろ!」


中年の男がカイルの態度にとうとうぶち切れて、カイルに向かって殴りかかろうとする。


「ちょっと!」


しかし、カイルの前にナナミが出て、ナナミは片手で中年の男の拳を防いだ。それにがっかりするカイル。


「ちぇー!デコピンで弾いてやろうとしたのに。だけど、その力が役にたったな!」


拳を防がれた中年の男はナナミに驚き、後ろに下がり気味になり、息をのんでいた。


「カイルがやったらデコピンでもこの人の意識が無くなってしまう!」

「まぁーでも、状況は変わりそうだ!」


ナナミはカイルの方を向いていたが、今度は中年の方に向き直り交渉を進めていく。


「そうね!改めて、私から統領にお願いしたいのですが?」


「わかった!ついてこい。統領にはお前たち三人を紹介して、決めてもらう」


ナナミの力を目の当たりにした中年の男はナナミの言葉を聞き入れるしかなかった。アテスとカイル達3人は中年の男の後ろについていき、サクリ集落の出入口を通り、中へ入っていった。


                ※ ※ ※


アテスの住むサクリ集落はカイル達のギョペ集落より住居が骨組みが多く丈夫に作られていて高床式の住居も多かった。それは山脈に近く、雨が多めで地面に水が溜まりやすいことが影響している。そして、集落の人々については男性より女性が多めだった。カイル達は中年の男に連れられサクリ集落の統領の所へ向かっている。


「お前!どうして、よそ者を入れた。説明しろ!」


甲高い女性の声が響き渡った。目の前には目つきが鋭く巫女の服を着た中年の女性が立ち塞がるように立っていた。


「なんだ!また、おばさんか?」


カイルは面倒くさそうな顔をした。中年の男は顔を下げる。


「シャーウー様!このよそ者の女がどうしても統領に話しがしたいと」


この集落のシャーウーがイライラを中年の男に向ける。


「なんで、お前の力で追い返さない?」

「アテスには言いましたがそれが・・・その」


中年の男がナナミの方を見ると、シャーウーは視線をナナミに移し、にらみつけた。威圧のようなものがナナミに突き刺さってくるが、ナナミはそれに臆することなく中年の男の前に出る。


「話しをしたいのに殴ろとしてきたので、防いだだけです!そしたら、そちらの人がわかってくれました」


ナナミは中年の男をちらりと見た。中年の男は若干震えている様子でシャーウーは中年の男をちらりと見て眉をひそめる。


「男の中で腕っぷしのあるお前が!こんな小娘に!もういいです!」


シャーウーが片手を上から下に降ろすと、顔を下げていた中年の男は身体ごと一気に地面へ吸い寄せられるように倒れてしまった。


「お前は元の場所に戻りなさい!」

「はい・・・申し訳ありませんでした」


中年の男はすぐに立ち上がり、黙ってその場から立ち去っていく。


「お大事にぃー!」


カイルは鼻を人差し指でほじくりながら、中年の男が立ち去っていく姿を見つめた。


「よそ者たち!死にたくなければここから立ち去れ」


シャーウーはナナミ達三人に向けて手をかざす。すると、アテスがシャーウーの目の前に行き、地面に両手をつく。


「シャーウー様!どうかこの人たちに泊まることをお許しください。今夜だけなので」


地面に手をついているアテスを見下ろすが、顔を上げて手をかざしたままカイル達を見据える。


「こんな大事な日に得体の知れないよそ者は入れられない。消えろ!!」


すると、シャーウーの目の前から突然、カイルの姿が消えた。どこにいるのか見回すとポンっと肩を叩かれるとシャーウーは驚いた表情をした。


「わかった!出ていくから争うの止めよう!」


カイルはそこから三人の元へ歩いていく。


「二人共、今日は近くで野宿にしよう。アテスちゃん、俺たちの為にありがとう!」


アテスは出ていこうとするカイルを見て、悲しい顔をする。ナナミとアンはカイルの後ろについていく。


「アテス!私があのよそ者たちを殺さなかったことをありがたいと思え。お前に本来、罰を与える所を今日の役目で免除してやる。もう、準備にいけ!」


シャーウーは集落から出ていこうとするカイル達を睨みつつ、アテスを見下ろし厳しい口調で言い終わった後、その場から去った。そして、アテスは立ち上がりすでに姿が見えない三人の歩いて行った方向をみて、うつむきながらどこかへ歩いていった。

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