29.アンの意思
辺りはすっかり夜になった。この集落はまだ夕食の際中だが、集落内にある祭壇では二人のシャーウーが祭壇に向かって祈りの言霊を念仏のように唱えている。その姿は月の光に照らされよく見えた。そこに一人の少女が歩いてくる。それに気づくイザは祈りを止め、後ろを振り向き、きつい形相を見せる。
「遅い!!ここに災いが起きないようにあなたも祈りなさい!一体誰の為にこんなことになったと思っているのぉ!」
アンは怒鳴り声で怖がり萎縮してしまった。
「(私に言われても・・・)」
そう思っていたが、とりあえず祭壇の前に近づき二人のシャーウーの後ろで二人を真似て祈りの言霊を念仏に唱え始める。
「神よ!罪深き我らを許し給え・・・」
同じ文言が繰り返し続く。しかし、心の中では違っていた。
「(神って何なの?・・・よくわからないよ!)」
この世界の神の定義については師匠のイザから教えられていた。この地に住むものが絶対に逆らったり、神の御使いの言葉は神の言葉そのものだから異を唱えたりしてはいけないのだと。しかし、今回の出来事でそれがわからなくなってしまった。その影響でアンが唱える文言が途中から変わっていく。
「神よ!罪深き我らを許し給え・・・神よ!私たちを解き放ち下さい。いつまで怯えて暮らせば良いのでしょうか?」
涙を浮かべていた。とんでもないことを聞いてしまった目でアンを見ている二人のシャーウー。特にイザは顔の形相の歪みが激しかった。
「神への冒涜よぉー!!巫女見習いが何を言ってるの?今すぐ取り消しなさい!必死に懺悔するのぉーーー!!」
気が狂ったかのようにアンを怒鳴るイザ。さらに、怯えてしまい震えるアンだったが自分の決意を示す為に勇気を振り絞って口を開く。
「い・嫌です!わ、わたしは・・・カイルと旅に出ます」
その瞬間だった。アンの頬はイザの手によっておもいっきり打たれ、倒れ込んでしまう。
「とんでもないっ!!あの子と一緒に行ってから頭がおかしくなったのね。これではあなたは立派なシャーウーにはなれない。旅なんてあり得ない!これ以上、よそ者のあの子にこの子の成長の邪魔をされるわけにはいかない。あなたは残って私の言霊で再教育します!」
それに対してアンが口を開こうとする。
「黙りなさい!!」
言霊による縛りにより、アンはその通り自分の声を自分の意思で発することが出来なくなってしまった。
「(出て!出て!出て!)」
心の中で声を出したいと意識して願うがイザの言霊による縛りが強くて、逆らえなかった。
「その子を取り押さえて!」
「(止めてぇー!)」
イザの行動はエスカレートし、もう一人のシャーウにそれを指示し、アンは腕をつかまれ拘束される。アンなりに抵抗するが、もう一人のシャーウーの言霊により動けなくなる。そして、イザがアンの前に立ち、見下ろす。
「私の教えが甘かったようね!言霊で改めて神の教えを刷り込んで、早めに一人前のシャーウーにしてみせる!」
「(このままじゃ・・・)」
アンはこのままだと本能的に自分が危ないと思ったが縛られた状態ではどうしようもない。
「(どうしよう?・・・)」
この場をどう切り抜けるかめずらしく自分なりに考えていると、カイルの姿が頭に浮かぶ。
「(私の声出て!!・・・出て!!・・・出てぇーーー!!)」
今度はより強い意思を心の中で込めると、わずかに声が出始める。
「(私の言霊に逆らった!?・・・)」
それを見て、アンに驚くイザは、驚きから怒りに変わり始める。
「黙りなさいーーー!!師である私の言う事が聞けないのー!」
言霊でさらに声が出せないように縛ろうとした。すると、アンは頭を下げる。それを見て、イザは縛りを弱める。
「すみません!・・・わかりました。師匠の言う通りです」
それを聞いて、表情が緩くなっていくイザだった。
「自分の過ちを今から懺悔したいと思います」
アンは祭壇の前に座る。
「神よ!私の過ちを許し給え!そして、罪深き私を許し給え!・・・」
繰り返し念仏のように唱え、祭壇に向かって頭を下げた。それを見た二人のシャーウーは笑顔になる。
「わかってくれたのね!それで良いの!愚かな私たちは謝り続けるの。あなたは償いとして朝になるまで祈り続けなさい。これもシャーウーになる為の修行の一環よ!」
「はい!わかりました。師匠」
アンは真顔で淡々と返事をした。機嫌がよくなったイザはもう一人にシャーウーに声をかける。
「戻りましょう!」
二人はアンを祭壇に一人にして、食事の場へ戻っていった。その後もアンはひたすら念仏のような祈りを続けていく。
※ ※ ※
それから、少し時間が立った頃。
「アンにしては意外だったなぁー!」
カイルの声だった。アンが祭壇に念仏をひたすら唱えていると、その後ろから足音が聞こえてくる。念仏を止め後ろを振り向き、カイルに飛び込み泣きじゃくるアンだった。
「アンの意思見たぞ!」
アンは顔を上げ、カイルを見る。すると、さらにもう一つの足音がこちらに近づいてくる。
「また、アンを見直しちゃった!」
その声はナナミだった。アンはカイルから少し離れてから、涙を拭き、二人を眺める。
「二人共、ひどい!怖かったよーーー!」
そう言いながら、鼻をすすっていた。カイルは優しくアンの頭に手を乗せて、成長を喜ぶような顔で軽く撫でる。
「あのおばさんの所にいたら、ダメになっていたからアンの選択は間違ってないと思うよ!」
「アンが自分の師匠に嘘をついて騙すなんて、今でも信じられないもの!」
そのことに対して、アンではなくカイルが答える。
「おばさんは気が狂っているから、何を言っても聞かないよ!だから、アンはこうするしか逃れられる道は他に無かったと俺は思う!」
そして、カイルは顔を少し引き締め、二人を見やり、口を開き声を出す。
「こうなっちゃたから、おばさんに気づかれる前にみんなが寝ている明け方にここを出ることに決めた。もっとのんびり出るつもりだったけど」
「ご・ごめんなさい!」
それを聞き、アンは申し訳なさそうな顔をして、二人に向けて謝った。
「気にするな!アン!旅ってのはこういうもんだから、逆に俺はワクワクしているんだ」
カイルは楽しそうな笑顔な顔を見せ、アンをフォローした。
「そうよ!アン」
ナナミもアンににこやかな顔を見せ、安心させようとしていると、カイルが祭壇に少し近づき、ジッと見つめてから両手を後頭部に置き始める。
「おばさんに怪しまれるとアレだから、先に飯に戻ってる」
そう言い、祭壇に背中を見せ、食事の場へ歩いて行ってしまった。
「戻るわけにはいかないから、ここに残る」
「そうね!ややこしくなって出る隙が無くなってしまう。でも、あまり無理しないで!ご飯は私がうまく持ってくるわ」
ナナミもそう言い、カイルと同じく食事の場へ歩いていった。アンは一人となり、再び祭壇の前に戻る。
「神様!この地や私達をお解き放ち下さい」
しかし、今度は祭壇に向けてではなく、星が輝く天空に向けて、自分の言葉で祈り続けた。とは言え、時々アンを監視しにイザではなくもう一人のシャーウーが様子を見に来る気配がわかると、切り替え、祭壇に向かって念仏のような祈りを唱える。そして、いなくなると天空に向けて再び自分の言葉で祈り始めた。それがしばらく繰り返される。そして、夜が深くなった頃だった。
「やっと来れたわ!ご飯よ。冷めちゃったけど」
もう一人のシャーウーが祭壇への行き来を止めたようなので、ナナミはやっと祭壇に近づけるようになった。
「もう寝たと思うから、朝までここには来ないはず。私たちも準備して寝るわよ!」
ナナミとアンは自分たちの住居に戻り、旅の準備をする。
「カイル?」
アンはカイルの姿が見えないので、ナナミにそれを聞いてみた。
「いつものところに決まっているでしょ!外が好きなんだから」
「そうだった!」
思い出したかのように言ったアン。一方、そのカイルは集落内のどこかの屋根に寝ながら星空を眺め、気づけば寝落ちしていた。
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