13.従者の男と甲板で

 ジーナが自分の部屋から出て数十分くらい経っていた。カイルは寝っ転がりながら改めてこの部屋の様子を見まわす。


「(よく見たら何もない)」


ジーナの使っている部屋は特徴的なものがなく、必要最低限のものしかない殺風景な部屋だった。すると、部屋の扉をゆっくりと開かれると、ジーナが服なようなものを持って入ってくる。


「なにそれ?」


手に持っている服が気になったので、早速ジーナに聞いてみた。


「わが軍の兵士の制服を持ってきた。この艦から逃がすまで、これを着ていろ!」

「きついなぁ!」


そう言われたので、カイルは着てみたが、カイルにとってはピッチリ目の服だった。着替えている途中、着替え終わるまで女性であるジーナが壁の方を見なかったのは、カイルが獣だから何とも思わなかったことにある。


「この艦の人間にこのことが知られれば、聖人の騎士とはいえ、獣と一緒に殺されるかもしれない!」


「そうなったら、全て俺のせいにして、ジーナちゃんは生き延びてくれ!」


それを聞いたジーナは、目を見開き、内心驚いてしまった。こんなことを言う獣は初めてだったからだ。


「獣の為にこんなことで死にたくないないから、助かる」


ジーナはこれを利用するしかなかった。


「それでも良い。でも、獣じゃなくて俺の名を呼んでくれるとうれしいな!」


カイルは自ら死を招きかねないことを言っているのに、にこやかな表情で言った。ジーナは不敵な笑顔をカイルに見せる。


「獣の名は”ケモノ”で十分。光輝ある聖人様に仕えている身分ある私が獣ごときに喜んでもらう必要は一つもない!」


そして、ジーナは人差し指で床を指す。カイルは意味がわからず「?」だった。


「床で寝ろ!獣がいつまでも私のベッドを使うな。汚らしい!」

「わるかったよぉ!」


カイルはベッドからベッドした床に移動し、座る。ジーナはベッドのシーツを取り替え、古いシーツをゴミのようにカイルに投げつけたが、避けられ壁に当たった。着ていた騎士の中装鎧の装備を外していくジーナ。


「能無しの獣にもう一回言う。この部屋から何があっても絶対に出るな!」


そう言いつけて、ジーナはベッドに入ると、しばらくして寝息を立て始めた。その様子を見ていたカイルは立ち上がり、寝ているジーナの頭に自分の手を触れる。


「深く寝かせてやるよ!」


ジーナを見て小声で呟くと、一瞬ジーナの身体がぴくッと動いた。


「(大丈夫だな)」


これでしばらく起きることはないと思った。そして、カイルはジーナが外した装備に目がいく。その中でも特にジーナが持つ剣に興味があった。


「(どれどれ!)」


試しに剣を鞘から抜いて握る。少しして剣からオーラーのようなものが発し始め、やがて剣自体がブルブルと振動し始めた。カイルはこれで動揺することはなく、寝ているジーナに目覚める様子はない。


「やめとこう!」


外から感ずかれると、ややこしくなりうそうなので、剣を鞘に戻し元の位置に置いた。


「ごめんなぁ!」


カイルは寝ているジーナにそう呟いてから、部屋のドアをゆっくり開け、そっと閉めて出ていった。


                 ※ ※ ※


 艦内の通路を歩いているカイルは、空気に溶け込むように気配を消し、なるべく気づかれないように歩いていると、力を感じる中装鎧を着ている男の騎士とすれ違う。


「おい!おまえ!」


振り向かれ怒っている様子だったが、面倒くさそうなのでスルーする。制服のおかげで部外者だと気づかれずに上部甲板に迷いながらも何とかたどり着くことが出来た。上部甲板に上がり、景色を見まわすと、山脈の間を越え、平地が広がっていることが遠くに見える明かりによって夜でもわかる。


「向こうはこんな風なのか!俺の見たことのないものがあるんだろうなぁー」


カイルは今からワクワクしている様子だった。しばらく周りを見回していると、こちらに近づいてくる足音が聞こえてくるが、カイルはとっくに気配を感じていた。


「やはり死んでいなかったか?」


聞き覚えある男の声が聞こえてきた。甲板の出入口の方を見て、その姿を見るとガリフに仕える従者の男だった。


「あの集落に手を出さないアンジェちゃんとの約束を守りに生きて戻って来たんだ」


従者の男が厳しい顔をする。それは気配からも伝わってくるものだった。


「処刑されたはずのお前がここにいられるのは困る。お前のことが知られれば我ら騎士に責任を負わされてしまう。だから、今すぐ消えろ!!」

「あの集落には手を出すことはない?」


自分がいなくなった後、あの集落に手を出さないか疑うが、従者の男は一応否定する。


「お前を処刑しているから、ガリフ様の怒りは収まっている。手を出すことはないはずだ。それよりお前が生きてここにいられることの方が問題だ」

「でも、知らない所まで来ちゃったから帰り方がわからないんだ。あそこまで送ってくれよ!」

「逆方向に泳いでいけば、帰れるだろ」


それを聞くとカイルは従者の男にダルそうな表情を見せる。


「今さら面倒くさい!!」


そう言い、甲板に寝っ転がり始めるカイル。


「最下級の”シチ”の分際で、我らに対してこんな振る舞いはあり得なかった!」


カイルは一つのキーワードが気になった。


「シチってなに?」

「お前がいた所だ」

「初めて聞くな。そんな名で呼ばれていたんだな」


カイルが住む土地は基本的に未開な土地なので集落単位で名前が付けられる程度だった。


「獣であるお前たちに神の御教え以外の余分なことを教えることはない。ろくでもないからな」

「酷い話しだ!」


寝転がりながらまだ呑気に聞いているカイル。


「それがあの土地に生き物の神によって決められた定めだ!」

「そんなもん意思を持って諦めなければひっくり返せる!知らなかったから何もしなかっただけなんだ」


カイルの表情が引き締まると、上半身を起こし、従者の男を見据える。雰囲気が変わったことが伝わってくる。


「俺が知った以上は俺たちを縛ることしかしない掟や教えに従う必要もなくなった。これからは俺の意思で思うがままやってやる!」

「神に歯向かおうというお前を見逃すわけにいかないな!」


カイルを危険視し始めた従者の男は、自分の剣を抜き、すぐに戦えるように構える。


「集落のこと、今回のことを見て正直、お前を倒す自信はない。だが、今後の脅威を少しでも減らす為に神と聖人に仕える騎士としての責務を果たす!!」

「そう!がんばって」


カイルは危機感のない返事をして、立ち上がると、何も構えを見せなかった。


「でも、ここでやったらみんなに気づかれると思うけど、いいの?」

「お前をせめて動けなくすれば大丈夫だ!俺の罰は軽く済む」


そういうと、従者の男は上にジャンプして飛び上がり、そこから一気に落下してカイルを斬ろうとする。


「ふーん!」


カイルは上を見上げず、寸分の違いで避けた。避けられた従者の男はそこからカイルと距離を取り、素早い動きで斬りかかろうする。まるで消えたかのように見えるが、カイルにはゆっくり見えたので人差し指であっさり止められてしまった。


「(やはり、こうなるか!)」


カイルと対峙してこうなることは予想していたが、改めて大きな力の差に内心驚愕してしまった。従者の男は再び距離を取って様子をうかがう。カイルはニコニコした表情を見せる。


「楽しくなってきた。俺を殺す気でどんどんやってくれ!」


従者の男の剣が光りを発し、纏い始める。


「今までは本気じゃなかったみたいだ。残念!今度は期待出来そうだけど、こんな夜に光り輝いてていいのか?知られるぞぉー!」


カイルは鼻をほじりながら親切に指摘してみた。


「そんなこと、わかっている!神よ!僕たる我に祝福をー!!」


そう唱えると、纏っていた光りが強まり、そしてカイルに一気に突っ込んで突きの攻撃繰り出そうとした。突きの速さは最初の斬りかかりの倍になる。


「よくわからない神を当てにしている時点で・・・」


向かってくる方向から真正面に向き、強い突きの攻撃を片手でつかみ、止める。そこから、その攻撃を後ろの方に受け流してみせた。必殺技とも言える渾身の攻撃を止められたかと思えば、さらに受け流されてしまい、従者の男は騎士として自信喪失してしまいそうになる。


「(子供にここまでやられるとは・・・)」


子供相手に打ちのめされ、気力を失い、表情が曇っていく。それを見たカイルは励まそうとする。


「諦めたらそこで試合終了だよ!ナナミが教えてくれたんだけどな」

「俺は圧倒的な力の差が自覚出来ないジーナほど愚かではない」


剣を鞘に収め、遠い目を見せて、戦意を喪失させた。


「そっかぁ!おつかれさん」


カイルは相手の目を見て言った。すると、従者の男も捉えられない速さで従者の男の後ろに一瞬で回り込み、背中に手を触れると、従者の男は自然崩れるように気を失い、倒れ込む。それを支えるカイルだった。次に従者の男が目を覚ましたのは見回りの兵士に声をかけられてのことだった。空を見れば、朝焼けになっていることがわかる。


「いつのまに寝ていたのか?やつは・・・?」


辺りを見回すと、カイルの姿はどこにもなかった。

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