8.揚陸艦

 カイルが乗る大きな浮遊物体は揚陸艦型の軍艦の広い甲板に着艦する。そして、浮遊物体のハッチが開いた。乗る時のような青白い光りに吸い込まれるように入っていかないのは、さっきのトラブルが発生したことにより使えなくなってしまったためだった。ハッチの前にはブリッジのある建物に続いている左右一列で片膝を着いている集団が出てくるのを待っている。カイルも鎖に繋がれ四つん這いで主人の女に連れていかれハッチから甲板に降りると、集団の最善列の一人の男が立ち上がり、カイル達の方を見る。


「聖人さまぁー!ご乗艦ー!」


声を張り上げて、この船に神の御使いと呼ばれていた聖人が乗ったことを宣言した。すると、前に出てこの軍艦の艦長と幹部達が二人の聖人に頭を下げ次々と挨拶する。一方、カイルは見たことがない鋼鉄で出来た巨大な船に、目を輝かせ、ワクワクしていた。


「ここはどこなんだ?」

「聖人様の前で声を出すな!躾けられたはずだ!」


となりにいる家畜に聞いてみたが、注意されてしまった。しかし、黙っていられない。


「気になってしょうがないんだ!」

「セイクリッド・アーミーの艦だ」


家畜の男はしょうがないなという顔をして自分の飼い主の男に聞こえないように小声で答えた。カイルも小声でさらに質問してみる。


「さっきも話し声で聞こえて気になったんだけど?」

「世界の秩序を力づくで護る聖なる騎士の軍隊、<聖軍>のことだ」

「力かぁー!」


それを聞いて、考えにふけるカイル。軍艦の幹部達の聖人二人への挨拶が終わると、カイルの飼い主の女がいきなり四つん這いのカイルの背中にまたがり、ビルのような建物の入口の方を指を指す。


「家畜!妾を向こうまで運べ」

「アンジェ様を落とし恥をかかせたらすぐにこの剣で首をはねてやる」


自分の飼い主の名はアンジェと初めて聞いたカイル。


「アンジェって名前なのか?」


自分の背中に乗っている飼い主に聞いてみると、怒り始める。


「家畜ごときが聖人である妾の名を軽々しく呼ぶでない!」


カイルは頭を思いっきり叩かれた。


「何と呼べばいいの?名前で呼びたいなぁー」

「許さぬ!妾のことはご主人様と呼べ」


そう言うと、今度は従者の女の方を向いた。


「この家畜をしっかり躾けておきなさい!」

「はい!申し訳ありません。アンジェ様」


そして、家畜の男の飼い主も同じように家畜の男の背中に乗った。ハッチから左右一列に兵士が並んでいる真ん中を数メートル歩き始め、ビルのような建物のある艦内の入口まで乗せた。すると、アンジェはカイルの背中から降りる。


「よく出来た!家畜はここまで」


そう言いながら、アンジェはカイルを蹴飛ばし、鎖を従者の女に渡し、兄と共に艦内に入っていく。


「俺たちは?」

「檻だ!檻に連れていけ!」


カイルにそう答えた従者の女は鎖を列の最後尾にいた兵士に渡し、アンジェについて行った。従者の男も同じように家畜の男の鎖を兵士に渡し、中へ入っていく。


「ついていきたかったなぁー!」


カイルが残念がっていると、兵士に鎖で荒く引っ張られ、檻のある場所まで連れていかれると、隣同士で別々の檻に閉じ込められた。


                 ※ ※ ※


 夜、カイル達を乗せ揚陸艦は巨大な山脈の間を流れているヘブン・リバーを航行していた。


「あの二人は何であんなに短気なんだ?」

「ここに誰もいないから良いが。命が欲しければあのお二方の前では様をつけろ」


カイルと家畜の男は檻に入れられたまま、一時間くらい過ごしていて、退屈になり、カイルが家畜の男に浮遊物体で聞きそびれたことを聞いていた。


「この世界は神と聖人様の為にあって、聖人様は神の名の元に何をしても許され、決して怒らせてはならないご存在だ。聖人様を逆鱗に触れるのは神の逆鱗に触れることと同じことだと思っておけ!」


それを聞いてカイルは何かを思い出すように顔を上に見上げ、鉄の天井を見る。


「もう、何回も俺に怒っていたような」


へらへらしながら言った。


「お前。その調子でやっていると、本当に近いうちに殺されるぞ」

「でも、殺されかけたけど。俺、死なないんだよなぁー」


カイルは自分でも不思議がっていた。


「アンジェちゃん!俺は君の気の短さが心配だよ」


そのひとり言を聞いて、隣の檻にいる家畜の男の顔つきが変わる。


「聞かれたら、八つ裂きにされる。やめろ!!」


すごいけんまくでカイルを怒鳴りつけた。あまり動じないカイルもそれに驚いた表情をするが、そこから、表情が引き締まった真剣な表情を家畜の男に見せる。


「そんなに怯えて生きるなら、あそこで死んどいた方が良かったんじゃ?」


その言葉は家畜の男にとって一瞬だったので、よく聞き取れ無かったが、今までと違うカイルの雰囲気を感じとると、それ以上何も言わなくなった。カイルは、表情が緩んで、あっけらかんと元通りになる。そして、この部屋のドアが開くと、一人の男の兵士が夜食を運んでくる。それは焼いた川魚一匹だった。


「家畜には贅沢な食べ物だ!聖人様に感謝するんだな」


男の兵士は愚痴を言いながら、焼いた川魚をカイルと家畜の男にそれぞれの檻に投げつける。それをキャッチしてカイルは焼けた川魚にかじりついた。家畜の男は檻の中に落ちた川魚を犬食いする。食べている様子を見ている男の兵士は、突然ビックリして部屋から出て行ってしまう。それを見ていたカイルは「???」だった。


                ※ ※ ※


 男の兵士が部屋から出て行って、30分くらいの時間が経つ。家畜の男の表情は硬直している感じだった。


「どうしたんだ?」


硬直した表情のままカイルの方を見る。


「あの時、逃げておくべきだった」

「どの時?」


カイルはふわっとした感じで聞く。


「お前をトラブルのどさくさに紛れて逃がしておくべきだったということだ!」


すると、部屋のドアが開き、さきほど出ていった男の兵士が戻ってきたと思えば、もう一人男の兵士も来た。男の兵士はカイルの檻の扉を鍵で開け、カイルを檻の外へ鎖を引っ張り、部屋の外へ連れていこうとする。


「アンジェちゃんに会えるの?」


一人の兵士にカイルは聞いてみた。それを聞いていた家畜の男は顔を青ざめ、暴行を受けると思ったが、予想外に男の兵士は哀れみの表情をカイルに向ける。


「聖人様への無礼は、躾けをするのが当然だが、今回は情けをやる」

「よくわかんないけど、ありがとう!」


言っていることがわからなかったカイルだが、男の兵士に笑顔を向けた。男の兵士はカイルに哀れみの表情のまま呟く。


「知性のない、哀れな家畜だ」


カイルは自分の鎖をつかまれ、荒く引きずられて、部屋から連れ出される姿を家畜の男は見る。


「さらば!」


その後ろ姿を見て、呟くと、カイルは後ろをチラッと向き、笑顔で見せ部屋の外へ連れて行かれた。

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