2.竜巻と少女の祈り

 三人は集落を出てから、草原地帯をしばらく歩き、集落が小さくみえる地点にいた。三人が歩いているこの草原地帯は、多くの草食動物が生息している。そんな所で、アンは不安な顔のままだった。


「大変なことになったら、どうしよう!」

「俺がいるから心配するな。アン。俺の力を知っているだろ!」

「う・ん」


カイルは安心させようとするも、アンの不安な表情はあまり変わらない。本人の心配性な性格でポジティブになりにくい所がある。


「カイル!」


ナナミはカイルに顔を向け、話しかける。


「なにっ!」

「昨日の統領から聞いた伝言覚えている?」

「まだ、覚えている。でも、お前も役目だろ?」


それを聞いて、頭を抱えるナナミ。


「カイルの役目でしょ!私はついでよ!」


声を少し荒げてしまった。アンはそれを聞いて怖がってしまう。カイルはぼんやりとしていた。


「ごめんね。アン!」


ナナミはアンが怖がっていることに気づき、アンに謝る。


「気をつけろよ。ナナミっ!」


だめだこりゃとナナミは再び頭を抱えてしまう。任務系の事については真剣だった。


「自分が一緒に来て、正解だった」


ナナミがそう呟き、それからしばらくひたすら草原地帯を歩いていると、空の雲行きが怪しくなってくる。


「雨が降ってくるかも」


空の雲行きを見て、ナナミが呟くがそれをカイルは否定する。


「いや、もっと強いのだ!雨より風のにおいが強くなってる」


そして、気づけばいつの間にか空は雲で覆われ、真っ黒になっていた。三人が向かっている方向の空が一部雲が徐々に垂れてくる。


「竜巻よ!」


それを見て、大きな声を上げるナナミ。


「向こうの世界はそう呼んでいるのか。アレを」


警戒もせずにぼんやりとした目で能天気に聞くカイル。


「やっぱり・・・」


アンは祭壇に祈らなかったから、神が怒って自分たちに罰を与えようとしているのだと思った。


「関係ないよ!こんなの」


カイルがアンも思っていることを見抜き、それを否定した。やがて、風が強まり雲から一部垂れたものが地上に到達し竜巻となる。


「まっすぐ進めない。どうする?」


ナナミが引き締まった表情で、カイルに聞いた。こんな時はさすがに真剣になるだろうと期待する。


「俺に任せろっ!」


カイルは真剣な表情なるどころか竜巻の様子を見て表情がニヤッとしていた。ナナミもこれでは竜巻を前に気が抜けそうになる。すると、すでに暴れ回っている竜巻のある方向に走って行こうとするとそれに気づいてナナミが引き止める。


「巻き込まれたら、カイルでも死んでしまう!」

「向こうの世界はみんな逃げるのか?」


ナナミの世界だったら竜巻を見たらどうするのか聞いてみた。


「当り前よ!ほとんどの人は逃げる」

「ちょっといってくる。待ってろ」


カイルはナナミとアンに笑顔でそう言うと、竜巻がある方向へ走っていき、竜巻の中へ入っていった。


「え!・・・」


ナナミはカイルの行動に唖然とするしかない。竜巻の中に入って生きられる生物はほとんどいないのでカイルの死を覚悟した。隣のアンは不安な顔をしていたが、意外と冷静に竜巻を見据えている。姿が見えなくなってしばらくすると、竜巻がナナミとアンのいる方向に近づいてきた。ナナミはカイルの身体が落ちていないか探していたが、見つからない。「どこなの?」と思っていると、竜巻の中から声が聞こえてくる。


「もう、逃げなきゃ!アン、行くよ」


アンは首を振り、否定する。


「アン!お前の言霊でこれを弱らせてみてくれないか?」


竜巻の中から聞こえてきたのは、カイルの声だった。ナナミはその声を聞き、安心するが文句を言う。


「俺に任せろって。さっき言ってたことと違うじゃない!」

「カイルが・・・言うなら」


アンは自分にやれるのか不安ではあったがカイルに励まされ、勇気をふり絞り、ナナミの前に出た。


「アン、無理しないで!危な過ぎるから逃げよう」


すでにアンは竜巻に集中していて、ナナミの声が聞こえていない。段々、竜巻が目の前まで近づいてきて強烈な風が吹き荒れていたが、アンは後ずさりすることはなかった。


「もう、ダメ!」


ナナミがアンの手を引っ張ろうとする。


「ナナミ!アンの邪魔をするな。飛ばされないように見ていろ」

「バカァ!」


すると、アンから声が聞こえてくる。アンは両手を組んで、言霊を発し始めた。アンの周辺の空気が変わり、ふわっとする。


「静まり、静まり、静まり給え。荒らしはお静まり下さい」


竜巻に変化はない。ナナミはもう駄目だと戦々恐々としていた。


「アンを信じろ!」


目の前まで来ている竜巻の中からカイルの声が聞こえてくるが、ナナミは反発する。


「そんなこと言ってる場合じゃない!」


アンが繰り返し、言霊を唱え、そして、手を組んだまま、目をつぶりジッとしていると、やがて、言霊の効力が効き始めたのか気持ち勢いが弱くなってきたと感じるナナミ。


「アン、よくやったぞ!」


竜巻の中からカイルがアンを褒める声が聞こえると、竜巻の渦の外周にくるくると流されるカイルの姿が見えた。


「どういうこと?」


ナナミがあり得ない光景を見てビックリする。


「そういうこと!」


カイルはそう言い、竜巻の渦の外周を流れに逆らい、自ら泳ぐように逆回りを始める。


「重力の法則は一体どうなってんの?」


ナナミがそう呟いていると、竜巻は急速に弱まり、少し時間が経ってから、消滅した。カイルはナナミとアンの前にポンッと着地し、能天気で笑顔な表情を見せる。


「アン、すごいぞ!修行の成果が出て良かったな」


アンを褒めるカイルは、近くにあった木の下に寝転がり始める。アンもカイルの側にいった。


「見直したわ!」


ナナミはカイルの元へ行く後ろ姿を見て、自分では出来ないアンの勇気と行動を見て、アンのことを再評価する。


「そうだろ!」


自分の声が距離があって聞こえていないはずなのにカイルはナナミが呟いたことを返事をしてきた。そして、気づけばカイル達のいる周辺の空は雲がまばらの青空になっていた。

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