Ⅰ.Starting - スターティング -

1.旅の始まり

 大海原で一人の少年が仰向けになり、流れに身を任せ海を漂っていた。

空は青く透き通っていて、雲はまばらに、その空を少年はぼんやりと眺めている。自分がぼんやりしていることに気づくと、再び海の中に入って、今日の食料の魚を素手で捕まえていった。子供のように夢中になって沖の方まで泳いでいくと、いつのまにか陸の方へ押し戻さてしまう。これをいつも不思議に思っている少年は流れに逆らって突破しようかと毎回思うのだが、やっぱり面倒くさいので止めることにした。それから、大小合わせて10匹以上の魚を捕まえて、陸の方へ泳いでいく。浜辺の方を見ると一人の少女が少年を待っているようだった。


「おーい!アン!」


少年は少女の名を呼び、浜辺に上がる。少女は古代の巫女が着るような服を着ていて、薄い毛皮の服を手渡す。


「ありがとな!」


アンに笑顔でお礼を言ってから、濡れている漁用の服から着替えた。そして、集落のある方向へ歩き始めると、自然が溢れる草原地帯が広がっている。遠くの方には、巨大な山脈がそびえ立っていて、山脈から吹く風と海から吹く風がこの草原地帯でぶつかり合って、二人はその風を心地よく感じていた。そんな感じでしばらく歩くと、古代風の集落が見えてきて二人は中へ入ると、一人の女性が腕立て伏せをしているのが見える。この女性は二人の服の雰囲気と違う迷彩柄のタンクトップを着ていた。この集落では明らかに浮いている。少年がいることに気づくと、突然少年に向かって蹴り飛ばしをしてきた。しかし、少年は動揺することなく片手で軽々と止めてしまう。止めた瞬間、攻撃を止める音が響いた。


「前より強くなった感じだけど、全然痛くなかったぞ」


少年は女性に言うと、女性は悔しがる。


「漁はどうだった?私も行ければトレーニングになるんだけどなぁー」

「来れば良いんだよ!」


少年はそう言い、女性に魚が入っている網の袋を見せ今日の成果を見せる。


「やっぱりカイルだなぁー!相変わらずね」


女性は笑みの表情で少年の名を呼んだ。


                 ※ ※ ※


 辺りは日が傾き夕暮れに近くに入ると、大き目の家の屋内でこの集落の民と合同で夕食を食べていた。今日の夕食は主に集落の男達が狩ってきた草食動物の肉とカイルが漁をしてきた大小の魚、10匹以上。


「ナナミ!ここの食い物には慣れてきた?」


カイルはさっきの女性の名を呼ぶ。


「この頃、やっと薄い味に慣れてきたわ。こんな原始的な生活私以外の女の子だったら耐えられないと思う」

「別の世界から来たのに、適応力あるよな。ナナミは」

「向こうでも普通の女の子と違う生活をしていたから」


ナナミは向こうの世界のことを思い出していた。


「前もいろいろ聞いたけど、お前の世界の話しをもっと聞かせて欲しいんだ!人間のほとんどが狩りや漁をしていなくても食えるなんてすごいなぁー!」

「うん。そうだね」


カイルの隣で魚を食べていた少女も興味深そうに聞いていた。


「そうねぇー。今度は・・・」


ナナミが自分のいた世界の事を話し始めると、カイルは目を輝かせてナナミの話しを聞く。


「ナナミの世界は本当に自由があるんだなぁー」


その言葉を聞いて、ナナミは複雑な表情で答える。


「そうでもないの。これが」


この三人のやり取りを家の屋内の奥の方で目を細めて見ている統領と統領の近くにいるシャーウーがいぶかし気に見ていた。アンはシャーウーの視線に気づくと、うつむき気味になってしまった。それから、少し時間が経ち、ナナミの話しが終り、夕食も食べ終わった頃、統領が立ち上がり、家の屋内の出口へ歩いていく途中で、三人が座っているところに立ち止まり、カイルの方を見た。


「後で、俺の所に来い。いいなカイル!」


すると、統領はすぐに出口の方へ歩いて、出て行ってしまった。


「知らん!」


カイルの視線が一瞬厳しくなると、屋内の空気が重くなる。周りにいた集落の民のほとんどが緊張で唾を飲んだ。カイルの隣にいた少女が不安な顔をした。


「カイル!」


少女が心配そうな声で言うと、それに気づいたカイルは視線を緩める。


「アン!大丈夫だから心配するな」


カイルは隣にいた少女の名を呼び、安心させようとする。それを言ったと同時に空気も元通りに戻る。


「どうせまたお使いだろ!」


やれやれといった感じでカイルは言った。ちなみに近くにいたナナミはというと、重たい空気にゾクゾクしていた。


                  ※ ※ ※


 あの後、夜になりカイルは統領の呼びつけをすっぽかし一人でかやぶきの屋根から満天の星空を眺めていた。すると、たいまつを持って、一人の男が上がってくると、それは統領でカイルに殴りかかってくる。それに気づき、間一髪で避ける。


「あぶねぇーよ!火を持ってさぁー」

「お前ならどうってことないはずだ。それよりお前は」


統領が何を言いたいのかわかると呼びつけのことを思い出す。


「ごめん!星に夢中だったんだ」

「お前がそれでは困る。俺はこの集落の主で皆の親みたいなものだ」

「そうだな」


カイルは能天気に返事をする。


「この地に暮らす人間が決まりに背いてはダメ!言うことを聞きなさい!」


次はシャーウーが屋根に上がってきて、決まりに従うように説教をした。


「そういうこと忘れちゃうんだ。忘れないように気をつけるから呼びつけた用は?」


カイルは統領に向けてそれを言うと、シャーウーは憤慨するが、それを抑えようとする統領はカイルに一言付け加える。


「この集落の為に、これ以上お前に容赦出来ないぞ。ケジメをつけさせるからな!」


その言葉を聞いてカイルは返事をせず、一瞬強烈に視線を厳しくするが、すぐに緩やかに戻り「はーい!」と返事をした。統領はその視線を見逃さなかったが、それについて何も言うことは無かった。


「あそこだ!」


統領はある方向に向けて指を指す。


「明日、向こうの方角にある集落に行って伝言を届けてこい」

「やっぱりお使いだった」


聞こえないように小声で愚痴るカイル。


「聞こえているぞ!嫌だとは言わせない。これは命令だ!」

「面倒くさいから、ナナミに任せた方が良いだろ」


カイルはナナミに面倒くさいお使いを押し付けようとする。


「私は嫌よ!一人なんて」


下の方からナナミの声が聞こえた。統領はナナミがいる下の方を覗き込む。


「カイルと一緒に行ってくれないか。お使いをサボらないように見張って欲しい」

「わかりました。それなら良いですよ!」

「カイルと違ってナナミは聞き訳がよくて、助かる」


統領はにこやかな表情になり、ナナミを褒めた。カイルは鼻糞をほじくり、統領に飛ばしたりと繰り返しながら見ていた。


「あの子も修行も一環として、同行させたいの」


シャーウーはカイルをいぶかし気に見つつ、統領にアンを同行させることを提案する。


「おお、それは良い!集落ばかりにいるのは身体に良くないからな」


カイルは笑みを浮かべシャーウーを見ながら統領に言った。シャーウーは黙ってカイルを睨みつけている。統領はそれに気づき、いちいち構っていられないので話しを進めた。


「カイルは伝言を忘れそうだから、ナナミに伝える。ナナミ、上に上がって来い?」

「了解です!」

「別の世界から来ているのに、よく従っていられるな」


ナナミは屋根に数分でよじ登ってくる。


「向こうでそういうことしていたから、こういうことに慣れっこよ」


ナナミはカイルにそう言い、統領から伝言の内容を聞く。カイルは面倒くさいという感じで伝言を聞いた。


 翌朝になり、カイルは朝日を見つめながらこの集落の出入口に立っていた。迷彩柄のリュックを背負いながら、ナナミがアンを連れてくる。


「こういうことは面倒くさいから、早くいくぞ!」

「祭壇に挨拶して行かないといけないのに」


アンは旅が上手くいくように出発の挨拶をしなければならないことを言った。


「気にすることはない。そんなもん放っておけばいいんだ」

「祭壇より統領や集落のみんなに何も言わずこのまま行っていいの?」

「必ずここに帰ってくるんだし、みんなまだ寝ているからやらなくて良いだろ。いや、一人はもう起きていたみたい。面倒くさいのが」


緩んでいたカイルの表情が締まる。


「決まりに従いなさいと言ったでしょ!旅の安全の為に祭壇に行って神に挨拶して行きなさい」


三人の後ろから現れたのは、シャーウーだった。アンはシャーウーに対してお辞儀をする。


「俺たちの安全を、姿もよくわからない神に祈って頼めない!」


シャーウーはそれに対して、巨大な山脈のある方に人差し指を指す。


「我らが神はあちらにいらっしゃる!教えと掟を守ればきっと我らを護って下さる」

「きっと・・・」


カイルが引っかかった単語を一言呟き、少し沈黙する。


「なら、神の姿を見たいからあそこに行って、神の目の前で祈ってきていいんだな?」


「絶対ダメよ!人間が入るなんて神を冒涜すること。掟で許されない重罪よ!」


シャーウーはすごいけんまくで、カイルに怒りながら説教した。


「カイルの言うことは、間違ってないと思います。根拠が無いですから!」


ナナミはシャーウーに敬語でカイルの主張に賛同する。シャーウーは怒りの視線をナナミに向ける。


「あなたはよくわかってないの。この世界の人間でない、よそ者だから!」


語気を強めてナナミに言った。


「まぁー、そうですけど」


ナナミもその事実に反論しようが無いので、目線を下に向ける。しかし、カイルが黙っていなかった。誰も気づかずいつの間にかシャーウーの後ろに周り込み、カイルはシャーウーの片に手を置いた。シャーウーは気づきビクッとする。カイルはシャーウーを睨んでいた。


「この集落のシャーウーの私に何をするつもり?それなら私も・・・。この者を・・・」


シャーウーはカイルに吸い込まれそうな感覚になるが負けじと、言霊を発しようとする。


「やめろぉ!お前ら」


さらに、統領が後ろから現れ、大声で一触即発を止めようとした。


「落ち着け!祈りは三人分、俺が代わりに祈る」

「本人達でないと、祈りは神に届かないのよ!」


シャーウーは統領の提案に、意味がないと反論する。しかし、統領がシャーウーに視線を合わせ、しばらくすると「わかったわ」と怒りが静まり大人しくなった。


「三人共、ここは俺に任せて、行ってこい!」


統領がそう言うと、カイルも大人しくなり、集落の外へ黙って出ていく。ナナミは統領に向かって敬礼をする。


「あいつを頼むぞ!ナナミ」

「了解です!」


アンは統領とシャーウーにお辞儀をし、不安げにナナミと一緒にカイルの後について行った。やがて、三人の後ろ姿が集落から離れだいぶ小さくなる。


「今回はあそこに近づくことはないから大丈夫だ」

「もしものことがあったら本当に大変なことになる」


シャーウーは統領の楽観的とも言える言葉に対して、警告する。


「ナナミがいるから暴走はしないはずだ!」

「何だか胸騒ぎがしてならない。だから、早く目が覚めてしまった」


シャーウーの嫌な予感を聞いて、統領は小さい三人の後ろ姿を見つめた。

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