クライオニクス
超新星 小石
第1話 願うだけなら
ある日仕事から帰宅すると、妹のミアがリビングで絵を描いていた。
「ただいま」
「おかえりジャン兄ちゃん!」
「なにを書いているんだ?」
「あのねー! ゴウワン・クマ!」
聞いたことがない動物だな、と思いソファに腰掛けテーブルの上に置かれたタブレットを見る。
そこにはクレヨン調の妙に大きな腕を持つ熊が描かれていた。
ミアは他にも額から角を生やした猪や羽の生えたイルカなどさまざまな生き物を見せてくれた。
彼女の頭を撫でて「ミアは絵が上手だな」といってやると彼女は「絵じゃなくてケーカクショなの!」と答えた。
「計画書? なんの?」
「わたし、いつかイデンシコーガクの博士になってとっても頭がいい動物さんを作るのが夢なの!」
「どうして頭がいい動物を作りたいんだい?」
「あのね、頭がいいとおしゃべりできるでしょ? そうしたらきっと動物さんとお友達になれるの」
なるほどなぁ、と感心してもう一度頭を撫でてやった。子供の夢だと笑うようなことはしない。きっとミアなら夢を叶えられるし、俺が叶えるためのサポートを全力でする。
いまは二一二〇年。あらゆる科学技術が成熟した時代。熟れた果実と揶揄される現代においてもはや不可能という言葉は死語になりつつある。
機械工学による人体の強化。遺伝子工学による免疫の獲得。その他ナノマシンや核融合炉などの発達により、人類は飛躍的に進歩した。
とりわけ人工知能の発展は著しく、いまや世界はマザーAIによって管理されている。
とはいえいくら世界がAIによって平均化されようとも貧富の差というものはなくならないもので、ミアを産んで早々に死んだ両親の代わりに俺が彼女の学費を稼いでいるのが現状だ。
それがいまの世界の限界なのだが、少なくとも俺たち兄妹の人生はAIが導き出した平均値なのだから不公平だとは思わない。裏を返せば安月給なのにミアを学校に通わせられているのも、AIの構築した社会福祉制度の恩恵でもあるしな。
「ねぇ、兄ちゃんの夢はなぁに?」
「え?」
「ゆーめ」
「夢っていわれてもなぁ……」
俺はミアが幸せになってくれればそれでいい。
両親は死の間際に自由に生きろといったが、なにもかもが管理されたこの世界で自由を掴むのは並大抵の努力じゃ叶わない。
この世界はゆりかごから墓場まで誰がどのようになにをして生涯を終えるのかきっちりと決められている。
俺もミアもこのまま生きていれば選択肢もなくただ流されて生きるしかない。
レールを切り替えるには誰かを踏み台にするしかない。
流されるままに生きるか、それとも誰かの踏み台になるか。
どちらかしか選べないのなら、俺はミアの踏み台になると決めた。
「俺は――――」
「わたしのためっていうのは、ダメだよ?」
「うっ……あ、じゃあ冷凍睡眠装置が欲しいかな」
「れいと……? なんで欲しいの?」
「なんでもあれに入って眠ると普通に眠るよりずっと気持ちいいらしいぞ」
ここ最近働きづめでろくに寝てないし、死んだように眠るのも悪くない。
「そうなんだ! いくらくらいするの?」
「ええと、一千万円くらい……?」
具体的な金額は知らないけど、医療用とかだし一般人が買えるような代物じゃないのはたしかだ。
「買える?」
「無理だなぁ」
貯金、十万円くらいしかないし。
「じゃあね、ミアが大人になったら買ってあげる! そしたらいっぱい眠ってね!」
そういってミアは俺の頭を撫でてきた。
無意識に頬が緩む。
自分のことなんてどうでもいいと思っていたけど、ついこの幸せがいつまでも続いて欲しいと願ってしまう。
願うだけなら、いいよな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます