30話 姉離れと妹離れ その1

 「ミア!!戻ったわ!!」

 「ソフィア様、おかえりなさいませ」

 「ねえ、ミア、エイデン。私、公爵令嬢になるわ!!」


 フアンシドと別れたあと、私は一旦、森へ帰った。そして、洗濯物をしてくれていたミアとエイデンに、フアンシドと話した事を全て伝えた。 


 「私、ラビンス王国へ行くわ。だから、ミアとエイデンは、もう私についてこなくていいわ。この森から出て、自分の好きなことをして、生活をしていって」

 

 ミアとエイデンのことなら、分かったと、一言、そう言ってくれるものだと思っていた。


 「・・・・・・なりません」

 「え?」

 「ソフィア様がラビンス王国へ行かれるのなら、私も行きます!!」

 「え!?」

 「え、ミアちゃんが行くの?なら俺も!!俺は、リュカ様を守れなかったんだし・・・・・・」

 「何を言っているの!?」

 「ソフィア様、私は、ソフィア様の侍女兼、護衛です。ソフィア様から離れるわけにはいきません!!」

 「いや、私、もうライトフォードじゃないし、ミアが私に尽くしてくれる理由もないわよ?」

 

 ずっと前から、思っていたことだった。ミアは、私に、ずっとついてきてくれて、尽くしてくれている。ミアは美人だし、強いし、私なんかと一緒にいたら、人生を棒に振ってしまうのではないか、と。だから、いつか、私は、ミアを、解放してあげなければならないと。


 エイデンも、リュカがいなくなった今、私たちの元へいる理由がない。


 それなのに、それなのに。なんで、ミアは、エイデンも。どうしてそんなに、傷ついたような顔をするの?


 「・・・・・・ソフィア様」

 「なに?ミア」

 「それは、それは・・・・・・。私たちのことが、必要ないと言うことなのでしょうか」

 「え・・・・・・?」

 「ソフィア様にとって、私たちは、所詮、そのような存在だったのですね」

 「ち、違うわ!!ミア!!私は、一回もそんなこと思ったことない!!」




〈ミアside〉



 ソフィア様は、必死に、そんなこと思っていない、そういうことが言いたいんじゃない、と私に訴えてくる。

 

 私だって、分かっている。ソフィア様が赤ん坊だった頃から、私はソフィア様を知っているのだから。


 

 私の中で止まっていた時間が動き始めたのは、今から20年以上前。


 

 私は、孤児だった。



 私の両親は、私が物心つく前に、どこかへ行ってしまった。だから、両親に愛された記憶が、私には一切ない。私には、名前も、家も、愛してくれる人も、何もない、すっからかんな人間だった。


 生きていくために、住む場所が必要だった。でも、親族もおらず、引き取ってくれる人もおらず、お金も稼げない子供に、住む場所なんてなかった。だから、路地裏に、体が入りそうな箱の中で、ただ寝るだけの自分の家を作った。冬は、誰かが落としたマフラーをかき集めて、凍死しないように、必死に暖をとった。


 生きていくために、食料が必要だった。でも、私にはお金がない。だから、盗んだ。私には、なぜか、下手したら貴族より、いや、貴族よりも絶対に多い魔力があった。ただ、魔法の使い方なんて、誰も教えてくれない。勘で、魔法を使っていた。

 私は、ある時、属性が【風】だと気づいた。相手が女の人だったら、風でスカートを捲ったり。男の人だったら、小さな竜巻を起こしたり。そうやって、相手が戸惑っている隙に、食べ物やお金を盗む。日常茶飯事だった。


 生きていくために、生きていくために。5年以上、そんな生活を続けた。


 なぜ、生き続けるのか、何度も自分に問いかけた。答えは、見つかるはずがない。なんで、自分は生きたいと思うのか、聞く人もいないから、自分で、答えを探し続けた。


 暗い、暗い、闇の中を、小さな子供が走っている。そんな夢を、今でも見る。



 そんな私を救ってくれたのは、ソフィア様のお母様、ファティマ様だった。



 美しい金色の髪の毛に、燃えるような赤色の瞳。私は一瞬、天使がとうとう迎えに来たのかと錯覚してしまった。


 そう、あの日は、雪が降っていた。


 私はいつも通り、盗みを行っていた。その日の獲物ターゲットは、あったかそうな服をいていた、どこかの貴族だった。

 

 小さな竜巻を起こして、いつも通り、お金を盗んだ。いや、正しく言うと、盗もうとした、のか。その貴族は、私よりも力があって、魔法の使い方をよく心得ていた。今思えば、その貴族は、魔法騎士だったのだと思う。盗みを働く子供がいると、苦情が届いたのだろう。私は、蹴られ、踏まれ、殴られ。罵詈雑言もかけられた。ようやくいつもの寝床に帰った頃には、私はもうボロボロだった。


 なんで、なんで、なんで私がこんな目に遭わないといけないのか。私はただ、一生懸命に、生きているだけなのに。


 『誰のおかげで、お前たち平民が生きていられると思っている』

 

 『盗みをしてまで生きたいのか、死に損ないが』


 あの時言われた言葉が、耳にこべりついて離れない。


 私は、死に損ないなの?あなた達のおかげで、私たちは生きていられるの?


 違う。違う。全部、全部。間違っている。だって、そうでしょう?


 「寒い」


 雪が、体に積もっていく。かき集めたマフラーも、雪を吸収して、冷たくなるだけ。


 傷ついた体に、冷たい雪は、確実に、私の体から熱を奪っていった。少しでも、暖かくなるために、私は、体をうーんと丸めた。


 ああ。私、死ぬのか。そう思っていた。


 「・・・・・・生きてる?」


 突然、私に降り注ぐ雪がなくなった。雪が止んだのかと思ったが、そうじゃない。


 顔を上げると、そこには、綺麗な人が、私の目の前に屈んで、傘をさしてくれていた。年齢は、20歳くらいだろうか。彼女の後ろに怖い顔をした男の人が立っている。


 「生きてるわね。あなた、名前は?」

 「・・・・・・名前なんて、ない・・・・・・」

 

 なんで、私なんかに声をかけるのだろうか。偽善者ぶってる?そんなのいらないし。


 「そうかぁ」


 もう、ほっといてくれるのかと思ったら、綺麗な人は、考え込んで、私の前に屈んでいる。


 「あっ!!じゃあ、“ミア“ってどう?」

 「・・・・・・ミア?」

 「ええ、そうよ。ミア。あなたの“名前“」

 

 名前。名前。ミア。ミア。名前。名前。私の、名前。

 

 「ねえ、ミア。私と一緒に、来ない?私の、専属侍女になってほしいのだけど?」

 「・・・・・・なにそれ」


 専属侍女?なにそれ。知らない。でも、なぜか、私は、無意識に首を縦に振っていた。


 「本当に!?いいの!?やったー」


 彼女は後ろの立っている男の人に目配せをし、路地に停めていたであろう馬車の扉を開ける。


 そして、なぜか男の人ではなく、彼女が、私をふわりと抱き上げた。



 「えっ・・・・・・!?」

 「私の名前は、ファティマっていうの。よろしくね、ミア」



 そう微笑んだ、彼女。ファティマ様の笑顔を、私は今まで、一回も、忘れたことはない。


 思わず、周りの花が微笑むような、雪が、美しく、舞い、踊るような、そんな、微笑み。




 それからと言うもの、私は、傷を癒やされ、風呂に入れられ、美味しい食べ物と、綺麗な服と、ふかふかの布団と、暖かい部屋を与えられた。


 ファティマ様は、私に、勉学、魔法、体術。そして、貴族社会でのマナーを、2年間で全て学んだ。その頃には、もう体の傷も、心の傷も、だいぶ癒やされた。


 ファティマ様は、秘密が多い人だった。


 ファティマ様は、どこの貴族の令嬢なのか、どこの国の出身なのか、なにもわからない。ただ、大恋愛の末、ライトフォード家のご子息、セシル様とご結婚された。

 

 彼女は、よく、こう申されていた。



 「ねえ、ミア。私はね、自由に生きたいの。何にも縛れず、好きな人と、好きなことをして。そう。お腹の子と、3人で。自然いっぱいの森で、のんびり過ごしたいわ」



 私がファティマ様に保護されて、2年が経つ頃。ファティマ様は子供を身籠られた。

 

 その頃の私は12歳。人に迷惑をかけずに、物を盗まずに生きていくすべを、私はもう得ていた。


 ファティマ様は、膨大な魔力を持っている。属性は、多分【光】なのだと思う。たまに、未来を見越したような発言をすることがあるから。


 そして、ファティマ様が、教えてくださった。自分には、未来を予測する力。“未来予知“があるのだと。


 “未来予知“その能力は、聖女か、王族しか使えないという。ただ、ファティマ様は、その力を、ほとんど使おうとしなかった。誰かの命が危ない時以外しか。


 

 だんだん、ファティマ様は体を壊すようになり、ベッドの上で1日を過ごすことが多くなった。



 ファティマ様のお腹がどんどん大きくなっていくにつれ、ファティマ様は、どんどん弱っていった。お腹の赤ちゃんが、ファティマ様の生命力を吸い取っていくかのように。


 いつだったか。


 いつものように私が、ファティマ様の身の回りの世話をしている時だった。


 「ねえ、ミア。ミアは、私がいなくなった後でも、この子に尽くしてくれる?」

 「え・・・・・・?」


 私は、まだ12歳だったから、その問いの深い意味なんて考えずに、もちろん、と答えた。


 「・・・・・・そう。ありがとう」

 「急に、どうしたんですか?」

 「私ね、お腹の子、女の子だと思うの」

 「それは、ファティマ様と同じくらい、とびっきり美人の子なんでしょうね」

 「そうね。私とセシル様の子だし。男でも女でも、顔はとびっきり整っているに違いないわ」

 「セシル様から溺愛されるでしょうね。ファティマ様のように」


 そうね、と言ってくれるものだと思っていた。ファティマ様の反応は、ただ、何も言わず、悲しそうな、苦しそうな顔をして、ただ、俯いていた。


 「・・・・・・あ」


 何か、何か、言わないと。私、何かまずいこと言っちゃった?


 「ねえ、ミア。多分、私、お腹の子この子の大人の姿を見れないと思うの」

 「そ、それは・・・・・・。未来予知、ですか?」


 ファティマ様は、そうだ、とも、違う、とも言わなかった。ただ、黙っていた。


 「多分、この子は、私と似て、無鉄砲で、自由な子だと思うの。だから、ミア。あなただけは、この子を、見放さないで。愛してあげてほしい。妹のような感覚でいいわ。だから、お願い。あなただけはっ・・・・・・!!」


 この時、なぜ、私だけと言ったのか。なぜ、セシル様と一緒に、と言わなかったのか。ファティマ様は、多分、見たのだろう。ファティマ様がなくなった後、ソフィア様がどう言う扱いを、ライトフォード家でされたのか。


 「ごめんなさい。もう一つ、お願いをしていいかしら?」

 「なんでしょう?」

 「セシル様を、責めないでちょうだいね」

 「セシル様を?」


 セシル様は、1日に3回以上はファティマ様の顔を見に来る。そして、ファティマ様のお腹をさすって、デレデレとした顔で、早く出ておいで、待っているよ、とお腹の子に呼びかけている。そんな優しい人を、誰が、なぜ、責めると言うのか。


 「私が、全部、悪いんだから。私が、欲張ってしまったから・・・・・・」


 そう言って、ファティマ様は眠ってしまった。


 聞きたいことは、たくさんあるのに。眠ってしまった主人を起こすのは、いけないことだと、学んだから、私が起こすことはなかった。


 

 そして、元気な赤ちゃんを産んで、ソフィア様が誕生して、3ヶ月後。ファティマ様は、この世を去った。22歳だった。



 この時から、何かが、変わったのだと、今なら、私は言える。

  

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