21話 タイムトラベル〈side リュカ〉

 アルカリスに乗りながら、ソフィアとの別れを惜しみながら、1人、時をさかのぼる。全ての元凶となった、あの夜のことを。


 

 〜1週間前〜



 サライファル王国最強騎士決定戦の優勝パーティーでのこと。


 俺は、各国の偉い方々に挨拶をして回っていた。それと同時に、言い寄ってくるご令嬢方を追い払っていた。


 セレン様に至っては・・・・・・。


 「リュカ!!すごいね!!おめでとう!!これで、ようやく私の護衛騎士になれるよ!!私、嬉しいな。これからずっとリュカといれるもんね。あ、そうだ。これから通いで王宮まで来るのは大変でしょう?私、ラファエルに頼んでリュカ専用の部屋を作ろうと思うの。まあ、リュカは前のご主人様を忘れることができないかもしれないけど、多分、私には使いがいがあると思うよ!!」


 などと抜かしやがった。


 ああ。早く帰りたい。こんなところにいたくない。はあ、と思いながら、ラビンス王国の国王に会いに行った。


 「お初にお目にかかります。リュカと申します」

 「・・・・・・っ。リュカ、だと?」

 「はい」

 

 ラビンス王国の国王、テオ様は、なぜかものすごく怯えたような顔をして、こっちを見た。


 「俺への、復讐が目的か?」

 「何の話でしょう?」


 復讐?何のことだろうか。俺は、サライファル王国の最下層に生まれ、奴隷として生きてきた・・・・・・はずだ。そして、ソフィアに拾ってもらった。


 「・・・・・・。もしや、何も覚えていないのか?お前、どこの出身だ?」

 「申し訳ありません。その頃の記憶が曖昧でして、確かな記憶があるのが、確か、14歳の頃だと」


 今度は何やら考えているような顔をした。後ろにいる黒縁メガネが印象的な宰相様も、何やら眉間に深く皺を寄せ、考えている。


 「・・・・・・。そうか、気のせいか。いや、でも、年齢や時期が同じとは・・・・・・」

 

 何やらぶつぶつと呟いている。早くしてくれないだろうか。こっちは疲れているから早く帰りたいのだけど。


 「・・・・・・。そろそろ、よろしいでしょうか?」

 「あ、ああ。すまなかった」



 

 ようやくこの場を離れ、その後何人かへの挨拶を終え、俺は役目を終えた、とばかりに会場を後にしようとした時、ポンポン、と肩を叩かれた。


 3ヶ月の訓練での癖で、反射的に剣を抜く。


 暗闇の中に立っていたのは、確か、ラビンス王国の宰相様、だった気がする。


 「ああ。すまないね。驚かせてしまって」

 「いえ。こちらこそ申し訳ありません」

 「いや、いいんだよ」

 「申し訳ありませんが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 「ああ。すまない。名乗っていなかったようだね。私は、ラビンス王国の宰相、ソレイユという」

 「ソレイユ様ですか」

 「ああ。それで、確か、君は、記憶が一部、ないようだね」

 「はい。それがどうかしましたか?」

 「記憶を取り戻したい、とは思わないのかい?」 

 「取り戻したい、と思ったことはないといったら嘘になりますが、別に大した記憶でもないだろうし、今のままで十分幸せなので」

 「・・・・・・、そうか。だが、申し訳ないが、それでも、君には、いや、には、その記憶を取り戻してもらわなければならない」


 急に宰相様の魔力が跳ね上がる。何かの魔法を使おうとしている証拠だ。


 警戒体制に入ろうとしたが、それより、魔法の発動の方が早かった。


 「メモリーズ・リゲイン」

 

 その魔法は、脳の何かを解き放つ。縛られていた鎖を、一つ、一つ、取り外すように。


 そして、今までの出来事が、全てが、何かの映像を見ているかのように、流れてくる。



 その瞬間、思い出した。俺は、ラビンス王国の第一皇子、“リュカ・エヴァンス“だったのだと。



 ◇◆◇



 俺は、ラビンス王国の第一皇子として生まれた。


 俺を産んだ正妃母親は、俺を産んだ後に、殺されてしまった。


 王位継承権第一位で、命を狙われる続ける日々。父親は、俺たち家族に無関心で、継母はは、キーラは3年後に生まれた弟をなんとしてでも国王として立てたいようだった。


 兄弟は、まず、2歳年上の姉、オリビア、俺、3歳年下の弟、ルーカス、4歳年下の妹、レイラの4人兄弟だった。


 味方は、付き人のエイデンしかおらず、兄弟も4歳下の妹レイラ以外は、俺のことを疎んでいた。レイラはなぜか、俺にいなついていたが。


 第一皇子として帝王学を徹底的に叩き込まれ、剣術、魔法、人の上に立つために必要なもの全てを叩き込まれた。何度逃げたいと思ったことか。何度、平民の子であったらと願ったことか。何度、両親に、愛されたい、抱き締められたい、と思ったことか。何度、死にたいと思ったか。

 

 毒殺で、何度殺されそうになったか。何人、刺客を送られたことか。何回、死にかけそうになったか。たった14年間で。ただ、お陰で毒耐性を持ち、この世に存在する毒の全ては俺には効かなくなった。刺客も、自分で対峙できるようになり、14歳になる頃には、“死なない皇子”と呼ばれていた。



 そして、俺が14歳になった時の生誕祭の夜、事件は起こる。


 俺は、別にそんな上辺だけのパーティーはいらなかったが、王族としての表面を保つために仕方がなかった。


 そして、父の弟である叔父テオが、クーデターを起こす。。パーティーの最中に突如1000を超える兵と、テオが現れ、父は殺され、俺は、殺されかけた。エイデンのおかげで、すんでのところで、逃げ切ることができたが。他の兄弟や、母が、どうなったのかは分からない。

 

 父の弟であり、自分の叔父であったテオのことを、俺はよく知らない。ただ、父が叔父のことを、とても嫌っていたということは知っている。民からとった税を、自分のために使い、愛人は何人も作り、捨てていく。噂では、母にまで手を出しているとのことだった。その件に関しては、無関心を貫いていたさすがの父もテオを許そうとはしなかった。ただ、テオは頭のキレは悪いが、話術はとても驚くほど巧みだった。どんな手を使ったかはわからないが、無罪放免になった。


 そんな叔父を知っていた父は、何があっても、叔父を自分の隣に置くことはなかった。

 

 ラビンス王国は、この世界で唯一の、“魔物と共存する国“だ。その名の通り、至る所で魔物を見かける。人間たちと同じようにちゃんと訓練も受けるし、戦争となれば、真っ先に駆り出されるのが、魔物だ。その気になれば、世界征服も可能であろう。それくらい、“魔物“の力は最強で、怖いものだ。


 そんな国の頂点に立つ国王に、そんな叔父がなれるわけがなかった。俺たちに無関心な父でも、絶対に、叔父に権力を与えてはならない、と根気強く言い続けていた。


 だから、そんなテオがたった1人で、考えて、クーデターを起こせるはずがない。父は、テオの何倍も強かった。そんな父が、簡単に殺されるわけがない。あるとすれば、パーティーの食事に、何か薬が入っていたか、何らかの結界が張られていたか、だ。


 そんなことを、テオ一人にできる訳がない。俺の予想では、カラサイム王国が絡んでいるのではないかと思う。でも、そんなこと、今はどうでもいい。


 


 逃げて、逃げて、逃げて、逃げ込んだ先に、ソフィアがいた。エイデンは、俺の盾になってくれたせいで、ほとんど死にかけていた。助けてほしい、エイデンを。できたら、自分も。


 あんなに、死にたいと思っていたのに、死にそうになったら、どうしてでも生きたいと、願ってしまう。そんな自分がいたことに、失望を感じた。



 目が覚めたら、俺は記憶をなくしていた。だが、そんな俺を、ソフィアは、温かく、包み込んでくれた。捨てないでくれた。誰も信じられなくなってしまった俺にとって、ソフィアは、俺の“唯一の光“だった。ソフィアがいる場所が、必然的に俺の居場所で。ずっと、ずっと、死ぬまで、ソフィアと一緒にいられる、いや、いたい、と思っていた。


 


 俺は、ソフィアが好きなんだ。どうしようもなく。



 なぜ、こんな時に気付いたのだろうと思う。今思えば。伝えようと思えば、いつでも伝えることができる環境にいた。もっと、もっと早く気付いていれば、と思ってしまっても、もう遅い。


 ソフィアが笑うだけで、俺も、心から笑える。ソフィアが幸せなら、俺も、幸せだ。俺の全てが、ソフィアのためにあるといっても過言ではない。


 

 

 そして、気付いてしまった。俺が、ザラームを従えた時、その時、俺は記憶が戻っていたのだと。でも、記憶が戻った時、俺が悲しむと思って、ソフィアは、俺の記憶を封じたのだろうと。主成分が全て優しさでできているような彼女だから。


 

 

 グランと今、俺がいる世界が揺れる。


 揺れがおさまった後、そこにあったのは、大きな草原。草原の真ん中に、男性と、女性が、手を繋いで立っている。女性は俺に気付いていないようだが、男性は、こっちをじっと見つめている。


 ただ、その光景が、なぜかとても懐かしく、愛しく感じられる。


 男性が、人差し指を口元に当てて、何かを言った。


 

 「いつか、会える時が来る。まだ、待て」



 という言葉が、頭の中に響く。お前は、誰だ?と聞く間もなく、そこで、魔法の効果が、途切れた。




 ◇◆◇



 


 はっと我に返った。


 体中は汗でびっしょりで、息がとても上がっていた。


 

 「おかえりなさいませ。記憶は取り戻せましたか?」

 「なんで、俺に、記憶を取り戻した?」

 「我々は、あのクーデターの後、テオ様についていくしか道は残っていませんでした。ただ、あの方が王の器ではないことは明白。今や王国の財政や、政治は滅茶苦茶な状態です」

 「それで、俺にどうしろと?」

 「正式な王として、ラビンス王国に戻ってきてほしいのです。そして、クーデターを起こし、テオ様を・・・・・・」

 「殺せ、というのか」

 「ええ」

 

 馬鹿馬鹿しい、と思った。今まで俺のことなど眼中になかったくせに。現れた瞬間、俺に王になれと?今の生活を手放してまで?


 「断る。俺でなくとも、ルーカスがいるだろう?」

 「はっきり申し上げますと、ルーカス様も王にふさわしくありません。現王妃、キーラ様が、ルーカス様を散々甘やかされたせいで、ルーカス様は、テオ様よりもひどくなっております」

 「ちょっと待て。王妃?」


 おかしい。父は、俺が死んだ後も、正妃の座は、誰にも譲らなかったはずだ。ルーカスを産んだ、キーラにさえも。


 「ええ。テオ様は、あろうことか、キーラ様を、正妃にたてられました」

 「まさか・・・・・・!」

 「ええ。あの時、クーデターを起こした時、協力をしていたのは、キーラ様です」

 「・・・・・・そうか。それでも、俺は断る。あの国には、帰らない」

 「本当に、良いのですか?」

 「何が言いたい?」

 「今日の戦い。リュカ様と一緒におられたあの女の人は、確か、ラファエル様の婚約者である、ソフィア・ライトフォード様でございますよね?」

 「・・・・・・っ。調べたのか?」

 「まあ。それなりに。しかも、ソフィア様は、妖精姫でもあられますよね?聖女であるセレン様に、精霊女王様のご加護がつかないのは、当たり前です。もうソフィア様にご加護を与えられているのですから」

 「何が言いたい?」

 「ソフィア様のことを、王宮、神殿に伝えたら、どうなることでしょう?」

 「ソフィアに危害が及ぶから?」

 「ええ。ですから・・・・・・」

 「だから、何?」

 

 宰相様、いや、ソレイユは、こいつ、何言ってんだ?みたいな顔をしている。


 「ソフィアは、妖精姫だ。しかも、俺は、ただの妖精姫ではないと踏んでいる。ソフィアは、万物に愛されし、選ばれし、妖精姫だと。ソフィアなら、魔物にも好かれるだろう。確かに、ラビンス王国の戦力はすごいが、そこの半分は魔物たちのおかげだろう?」

 

 ソレイユは、何を思ったのか、ふっと鼻で笑った。


 「何がおかしい?」

 「リュカ様は、知らぬようですね」

 「何をだ」

 「ラビンス王国は、変わったのですよ。テオ様の手によって。魔物は、魔物ではなくなったのです。今、ラビンス王国には、2種類の魔物がいます。意志を持つ魔物と、意味を持たず、人間の手によって改造された魔物と」

 「それは・・・・・・」

 「ええ。もちろん禁忌の術です。ただ、これがあれば、どうなるでしょうか。賢い貴方様ならば、すぐにわかるでしょう?」

 「・・・・・・。少し、考えさせてくれ」

 「はい。もちろんでございます。ただし、期限は1週間。それまでに、決断をしておいてください。リュカ様ならば、1日もあれば、王国へと帰還できるでしょう。私どもは、リュカ様のご帰還の準備をして、お待ちしております」


 それだけ言い残して、ソレイユは去っていった。


 

 

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