03:俳優ふたりの反撃!

 映画の撮影中、いきなりドラゴンが現れて、なぜか追い掛けられている。

 訳の分からないまま、和彦と美穂は撮影用のオープンカーに乗り込み、ドラゴン相手にカーチェイスをする羽目に遭っていた。


「本当、どうしたもんかな」


 ドラゴンの攻撃パターンやクセみたいなものが分かってきた。そのためか、ハンドルを握る和彦にはいくらか余裕ができている。

 そのため、こちらから打って出られないだろうか、と考えたのだけれど。


「えっ。反撃していいんですか?」


 助手席に座る美穂が、驚いたように言葉を返す。

 和彦の方も、思わぬ言葉に面食らってしまった。


「もしかして、ドラゴンとバトってみたいの?」

「いやいや、和彦さんの運転を邪魔してまでは。命懸けっぽいですし」

「ぽいじゃなくて、明らかに命懸けだろ」

「だから、スピード落としてタイマンしようぜ、なんていうのはどうだろっていう分別は持ってますよ」


 美穂はイキイキとし始めた。お許しが出たとばかりに、彼女は助手席から後部座席へと移動。抱えていたショットガンを持ち直し、後方のドラゴンに向けて「さぁいくぜ」と構える。

 ストックのお尻部分を肩に当て、脇と肘を締め、ポンプ部分を握る。その姿はあまりに自然で、様になり過ぎていた。さすがは「銃乱射系女優」の名をほしいままにしているだけはある。


「まずは1発ぶっ放して、反応を見ましょうか」

「いきなりかよ」


 言うや否や、美穂はショットガンの引き金を引く。


 ドゥン!


 大きな銃声。反動が彼女の身体とシートを揺らした。

 ガスガンとはいえ、ショットガン。当たり所によっては人間だって死にかねない。相手がドラゴンといっても少しぐらいは効いてくれると思っていたが。


「散弾ですから、当たってはいますけど。効いてないっぽいなー」


 効いてないらしい。

 美穂はぼやきながらも、体勢を崩すことなくそのまま、さらに1発、2発とショットガンをぶっ放す。

 散弾がドラゴンの鱗で跳ねる。当たりはしても、驚異と思われてはいないようだ。


「試しに、ハンドガンで狙い撃ってみましょう」


 ショットガンを放り出して、次の銃を見つくろう美穂。銃器だらけの後部座席に移動して、転がっている銃器の山からハンドガンを手に取った。

 弾丸の有無を確認してから、やはり堂に入った構えで、引き金を絞る。

 銃声が、1発、2発、3発。マガジンひとつ分を撃ちきって、慌てず騒がず、新しいものと交換する。


「んー。あんなにでっかいドラゴン相手じゃ、ハンドガン程度は豆鉄砲かなー」

「効いてないってこと?」

「鱗? みたいなのに弾かれちゃってますね」


 ドラゴンに銃弾は当たってはいるものの、ダメージは通っていないようだ。美穂が言うには、顔、羽、身体、足と、色々なところを狙っても反応は変わらないらしい。


「じゃあ、これならどうだっ」


 次に彼女が手を伸ばしたのは、機関銃。大口径の重機と呼ばれるタイプだ。

 オープンカーの後部座席で、後方に向けて銃口を据えてスタンドを設置。

 シートベルトを思い切り引っ張って、ヘンテコな形で身体をさらに固定する。

 素早く銃弾をセットし、力いっぱいレバーをスライド。

 腰を落として重機関銃を構える。

 風に暴れる髪を気にも留めずに、目標の敵を見つめる姿がとても様になっている。和彦はバックミラー越しにも関わらず、思わず魅入ってしまいそうだった。


「容赦しないぜ」


 ノリノリの言葉を口にする美穂。

 そして有言実行とばかりに、ドラゴンへ向けて迷わず撃ち込んだ。


 ドゴンッ!


「うぉっ」

「もういっちょ」


 運転席のすぐ後ろで響いた轟音に、和彦は思わず声を上げる。

 だが美穂はそんな声など気にも留めず。狙いを修正しながら2発、3発と重機関銃を打ち込む。ドゴン! ドゴン! と響く音は、本当にガスガンなのかといぶかしむくらいの迫力があった。

 だがしょせんはガスガンなのか。それともドラゴンの鱗が相当硬いのか。命中したはずのドラゴンにさしたるダメージは与えられていないように見えた。


「おいおい、全然効いてないのかよ」

「いえ、そうでもないっぽいですよ」


 美穂の言葉に、和彦はバックミラーでドラゴンの姿を再確認。これまでの攻撃とは違って、確かに反応があったようだ。少なくとも煩わしいとは感じさせたようで。ドラゴンは長い首を振り、翼の羽ばたき方を変え、少し距離を開けていく。


「ドラゴンの鱗の方がこっちの銃弾より頑丈なんでしょうね」

「そんな硬い鱗に全身覆われてるのに、よく飛べるよな」

「ファンタジーな生き物に、私たちの常識が通じると思うのもどうかと」

「それもそうか」


 そもそもどうしてドラゴンが現れたのか、という話なのだが。まだそんな話ができるほど余裕はない。

 ならどうするか。

 ガスガンとはいえ、重機関銃は効き目がありそうだった。

 ……もっと柔らかいところ。例えば目や口の中なら、ドラゴンでもダメージは通るのではないか。


「それでいくか」

「でもどうやって?」

「スピードを落として距離を縮めるから、至近距離で口の中に向かって撃て」

「死にますよ!」

「どっちみちこのままじゃ死ぬだろ」


 重機関銃を支えながら、叫ぶ美穂。

 和彦はそれを耳元で聞いても涼しい顔。ハンドルをさばく手に乱れはない。


「いいから覚悟決めろ。次の炎を避けて、その次が来るまで1分ちょっと。ドラゴンが口を開ける寸前にブレーキかけるから。開いた口元に近付いたところでぶっ放せ」

「簡単に言うなぁもう」


 美穂はぶつくさと文句を言いながらも、重機関銃に新しく銃弾をセットする。彼女とて、このままではお手上げということが分かっているのだろう。

 しかし、和彦には見えていた。バックミラーに映る美穂の顔が、楽しそうで凶暴な笑みを浮かべているのを。


「おっし。いくぞ」


 何度目か分からないドラゴンの炎攻撃を、ハンドルさばきひとつで容易くやり過ごした和彦。すぐに態勢を整えて、今度はこっちの番だと気合を入れる。


「カウントダウン始めるぞ。約1分後、合図をしてからブレーキを踏む。適当なところで狙いをつけて、ドラゴンの口を狙ってぶっ放せ」

「了解了解! あのドラゴンを口内炎にしてやりますよ!」


 和彦はバックミラー越しに、重機関銃を構える美穂を見つめ。次いで後方のドラゴンへと目を移す。次の一手のタイミングを計る。

 彼がハンドルを握りながら観察した限りでは、ドラゴンが炎攻撃をしてくるスパンはおおよそ1分30秒。大きく口を開き、しばらく溜めを入れて、炎の塊を練り上げてから吐き出している、というイメージだ。

 ドラゴンが一番無防備なのが、この溜めの時。そのタイミングで距離を縮め、懐に入り、至近距離で口の中に重機関銃をぶっ放せば、それなりに効き目はあるだろう。美穂の言う通り、口内炎くらいのダメージはあってほしい。和彦はそう願った。

 そうこうしているうちに、バックミラーに映るドラゴンの口元が動く。


「3カウントでブレーキを踏む! 飛んでかないように踏ん張れ! 3! 2!」

「速いよ和彦さん!」


 ドラゴンの口が開くか開かないかのところで、和彦は叫ぶ。

 文句を言う美穂を気にも留めずカウントを開始。しかも速めで。


「1! ゼロ!」

「踏ん張れ私!」


 フルブレーキ。急制動の反動で、身体が前方に持っていかれそうになる。

 後部座席で身体を固定し、踏ん張る美穂。慣性を背中に感じながら、重機関銃を構える体勢は崩さない。

 ブレーキによって一気に縮まるドラゴンとの距離。

 目の前に迫るドラゴンの姿に、さすがに萎縮しそうになる美穂。

 咢を開くドラゴンの次なる攻撃が、彼女だけに向けられている感覚に陥る。


「ここが一番の魅せどころ!」


 恐怖はあった。

 それ以上に興奮していた。

 美穂は迫ってくるドラゴンを正面から睨みつけ、重機関銃の銃口を向ける。

 狙うは、ドラゴンの大きく開かれた口の奥。

 炎のブレスが生み出されるよりも前に。


 ドグォンッ!

 ドゥンッ! ドゥンッ! ドォン! ドォンッ!


 重機関銃のトリガーを押す。押す。押す!

 セットした銃弾の分だけ、連続してドラゴンへと叩き込む。

 無防備な口内へと吸い込まれる12mm強の弾丸。ガスガンゆえに爆発はしない。だが威力と衝撃波かなりのおの。

 ドラゴンが大きく首を振った。炎攻撃を止め、口を閉じ、練っていた炎を飲み込んだのか苦しむような様子を見せる。


「やったか!」

「和彦さんそれフラグ!」


 フラグだった。




 -つづく-

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