02:俳優ふたりは逃げ出した!

 空が昏い雲に覆われ、雷が鳴ったと思ったら、雲間からドラゴンが現れた。

 意味が分からない。

 オープンカーに乗りながら、和彦と美穂は荒唐無稽な光景を見上げていた。


「雷鳴を呼びながらドラゴン登場とか、映画かゲームじゃん」

「ドッキリとかじゃなくて、本物なのかな」


 近づいてきているのか、少しずつ大きくなっていくドラゴン。その姿を眺めながら会話を交わすふたり。遠目だからか、まだ現実味を感じられないでいる。

 なんだあれはと言い合っている間に、悠々と飛んでいたドラゴンが動きを止めた。羽だけを動かしながら、その場に滞空する。そして長い首を動かして、周囲を窺い始めた。


「あのドラゴン、何か探してるのか?」

「ドラゴンが生息する世界があったとして、そこから地球まで何を探しに来たんでしょう」

「ドラゴンは綺麗な光りモノが好き、っていうゲームをしたことがある」

「地球の逸話とかゲームとか、人間の感覚が、ドラゴンにも通用しますかね」

「どうだろう。でもドラゴンを獣扱いするんだったら、本能基準で動いてるってことだよね」

「つまり話なんて通じないってことじゃないですか」

「現実は非情だねぇ」


 昏い空を見上げながら、あれやこれやと会話をしていたふたりだが。

 ふと、ドラゴンが彼らに目を向けていることに気付く。


「……目が合った?」

「……意識して、こっちを見てます、よね」

「なんで?」

「知りませんよ」


 空の上にいるドラゴンは、明らかに和彦と美穂を見つめている。ふたりはオープンカーのシートに背中をあずけたまま、冷たい汗が伝ってくる感覚を覚えた。

 どうして、と考えをめぐらす間もなく。

 ドラゴンが、羽ばたきをひとつして。

 ふたりの方に向かって飛んでくる。


「だからなんで!」

「知りませんよ!」


 呑気なふたりもさすがに大慌て。ドラゴンというファンタジーな存在にいきなり目をつけられたということに、ややパニックになる。

 迫りくる危機を前に、とっさに身体が動いた。

 和彦はオープンカーのエンジンをかけて急発進。

 美穂は後部座席に手を突っ込んで小型のショットガンを手にする。

 逃げに入ったふたりを察したのか。ドラゴンが飛ぶスピードを上げた。たちまちオープンカーの後方に位置取り、余裕そうに羽ばたきながら追尾してくる。


「友好的に接触しようと思ってるって可能性はないかな」

「向こうがそのつもりだったとしても、子猫がライオンにじゃれつかれたら死ぬでしょ、子猫は」

「子猫側としては、理由も分からず弄り殺されるのは勘弁だな!」

「右に同じく!」


 このままじゃ死ぬ、と認識を共有したふたり。和彦はアクセルをベタ踏みし。美穂はショットガンの安全装置を解除する。

 オープンカーゆえに、慣性と風圧がダイレクトに伝わってくる。どんどんスピードを上げているにも関わらず、後方上空を飛んでいるドラゴンを引き離すことができない。

 ハンドルをさばくことに集中する和彦に対して、美穂は身体ごと後ろを向いて、ドラゴンの動向を注視する。


「なにかされる前に、こっちから攻撃するべきですかね?」

「でも変に刺激して反撃されるのも怖いな」

「そもそもガスガンで、ダメージ入りますか?」

「効くといいなぁ」


 本物ではないものの、威力だけは相当なショットガンを構える美穂。ドラゴンなんていうファンタジーなものに追われながらも好戦的なことを言える彼女に、和彦は苦笑せずにいられない。

 はてさてどうしたものかと、何気なくサイドミラーを見たその瞬間。

 ドラゴンが大きく口を開けた。


「っ!」

「ちょっ」


 嫌な予感。ヤバい、と思った瞬間に、彼は大きくハンドルを切る。

 勢いよくオープンカーが横へと流れ、不安定な体勢だった美穂が身体をつんのめらせた。

 彼女が文句をいう暇もなく。後方から何かが燃えたぎるような音が響く。

 と思った瞬間。車がよけた場所に巨大な火の玉が降ってきて、爆発した。


 ドゴォンッ!


 衝撃、熱波、吹き飛ぶ道路の欠片の混じった粉塵。そんなものが、運転席に座る和彦に襲い掛かる。ドラゴンが吐き出した火の玉は、いともたやすくコンクリートの道路をえぐりとり、大きな穴をあけさせた。

 道路にあいた大穴がサイドミラーの向こうに遠ざかっていく。けれど空飛ぶドラゴンは距離を開けることなく、悠々と追いかけてくる。


「ちょっ、和彦さん和彦さん、ドラゴンの攻撃! ドラゴンヤバい!」


 後ろに目を向けていた彼女は、ドラゴンが攻撃してくる一部始終を見ていた。ドラゴンの大迫力な攻撃と、当たったら即死確定なそれを神回避してみせた和彦のドライビングテクニックに、美穂はひどくテンションを上げる。

 助手席で大騒ぎをする美穂をよそに、和彦は必至の形相。アクセルを踏む足をゆるめず、右に左にとハンドルを切って蛇行する。ドラゴンが攻撃してくる狙いを少しでも散らそうと、映画のカーチェイスよろしく、ハンドリングとアクセルワークに神経を注ぐ。

 ハンドルを切るたびにドカンドカンと左右で爆発音が響き、火柱が上がった。道路をえぐり取ったコンクリートが周囲に飛び交い、屋根のないオープンカーに熱された欠片が降り注ぐ。

 ドラゴンが吐き出すの炎のブレスを、和彦は必至にハンドルとペダルを操作して切り抜ける。そのたびに、オープンカーのすぐ近くを炎の固まりがかすめる。

 絶体絶命。

 どうすればいいかなんて分かるはずもない。

 しかし足を止めたら、あっという間に火だるまにされて死亡確定だ。


「とにかく逃げる!」

「どこへですか!」

「分からん!」


 どうしろというのか、などと喚いてみても、ドラゴンの炎は止まらない。

 後ろを窺う美穂の声を危機ながら、ハンドルを右へ左へと何度も切り。激しく車体を揺らしながら、迫りくる炎の塊を躱し続ける。

 一方的な攻防をしばし続けて、和彦は気付いた。どうやらドラゴンの攻撃には、ある程度のパターンがあるらしい。少なくとも連続してポンポンと炎を吐き出せるわけではないようだった。

 それが分かって、少しだけ余裕が生まれた。ハンドルを握る手から、こめ過ぎていた力がわずかに抜ける。


「本当に、どうしたもんかね」


 和彦はため息交じりにひとりごちる。その間にも、何度目か分からない炎の塊がドラゴンから吐き出され。攻撃を先読みした彼は難なくハンドルを切り、その攻撃を避け切ってみせる。今はもう、バックミラーとサイドミラーの確認だけでブレス攻撃を避けてみせていた。

 助手席に座っている美穂は、気負わずにハンドルを握る和彦を見て感心してしまう。というよりも、呆れの方が勝っているかもしれない。

 そんな彼の様子を見て、美穂も身体の強張りが抜けてきた。


「どうするって、何がですか?」

「だってさ、このまま逃げ続けるのも限界があるでしょ。ガス欠になったらそこでアウトだし。それに道が途切れたら、そこでおしまい」

「あー。海岸線の長い道、っていっても限度がありますしねぇ」


 ドラゴンに追われっ放しなことに変わりはない。その間にひとつハンドルを切り損ねれば、炎のブレス攻撃で死んでしまう。


「どうしてこんなことになったんだ、マジで」


 ファンタジーにも程があるだろ。

 和彦はハンドルを操作しながら、また新たな炎の塊を避け切ってみせつつ。

 後方を飛ぶ忌々しい巨大ドラゴンを、バックミラー越しに睨みつけた。




 -つづく-

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