第6話 血の香水

「おいおい、俺たちはこっちだぞ?」

「これまた失敬。わたくし普段からさまざまなものを逆転させてしまう癖がありまして。こんな性格からか逆転の魔導士などと呼ばれたりもしております。以後、お見知りおきを」 


 逆転の魔導士は小さく体を揺らしていた。こっちからではフードに覆われた後頭部しか見えないが、どうやら笑っているようだ。


「逆転の魔導士とやら。貴様、いったいなにをしにこの地へやってきた」

「ただの観光ですよ」

「観光?」

「ええ。この森の奥にはかの四大守護獣の慰霊碑があると聞きましたので、一目見ようと参ったのです」


 なんだ、ただの観光客か。

 たぶんあのこの魔導士がいっている慰霊碑ってのは、ガブの巣の後ろにあるモニュメントのことだろう。


「ああ、それならここに――――ガブ?」


 頭上でガブがグルルと喉を鳴らした。


「観光にしてはずいぶんと物騒な香水を付けているようだな」

「香水……?」

「これは……人間の血の匂いだ」


 ガブの言葉を聞いて、俺は反射的にボウガンを構えた。


「くっくっく、おかしいですねぇ、こちらが風下のはずなのになぜわかったのです? ……おや?」

「この森の風は気まぐれだ。風向きなんぞすぐ変わる。答えろ! 貴様、本当はなにをしにここへ来た!」


 ガブが巣からでてきて俺の前に立ちふさがった。


「やれやれ厄介なことになりましたねぇ。魔獣好きのわたくしとしてはあなたと争う気はないのですが」

「争いになるかどうかは貴様の返答次第だな」


 ガブの口の端からちらちらと炎がはみ出した。


「わたくしは人類亡き世界を望む者」

「人類亡き世界だって⁉」


 常識はずれにもほどがある!

 俺が前にでようとすると、ガブが尻尾で後ろに押し返してきた。


「つまり貴様は人間の敵。ということはわたしの敵ということだな」

「それはまたおかしな話ですね。あなたは魔獣、それも気高きレッドドラゴンでしょう? なぜ人間なんて矮小な生き物の味方をするのです?」

「わたしは人間の味方ではない……」

「……え?」


 俺が見上げると、ガブはにやりと笑った。


「友の味方なのだ!」


 ガブはいまだ背を向けている魔導士に向かって紅蓮の炎を吐き出した。

 一瞬ひやりとしたが、やっぱりこいつは味方でいてくれるらしい。


「って、おいおいおい! いきなり燃やすのかよ⁉」

「下がっていろエルト! あやつの邪悪な魔力はまだ消えておらん! 見ろ!」


 ガブの言う通り逆転の魔導士は無傷だった。

 見えない壁によって骨の髄まで焼き尽くす炎が防がれている。


「まったく、平和ボケしたトカゲさんですね……あなたにその美しい姿はもったいない。愚者には愚者の、ふさわしい姿というものがあるのです!」

「ッッッ! エルト!」


 魔導士が杖を持ち上げたと同時にガブが体を反転させて俺に覆いかぶさった。


「ガブ⁉」


 魔導士が杖の先端でこーん、と床を突くと、水晶から目がくらむような青い光が放たれる。


「うわっ⁉」

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