第4話 神殿のドラゴン

「おはようガブ」

「おはようエルト」


 朝の挨拶を交わすとレッドドラゴンのガブはざらざらした長い舌でべろん、と俺の顔を舐めた。


「ずいぶんはやいではないか。昨日は遅くなるといっていたと思うが……?」

「おう。遅刻をするっていう常識を打ち破ったぜ!」

「ただの迷惑だからやめるのだ……」


 ガブははぁとため息をつくと足を折りたたんで巣の中に座り込んだ。


 ガブは俺が産まれた日に卵からかえったいわゆる幼馴染。ドラゴンと幼馴染なんていうと人によってはいい顔をしないものだが、実際のところ見た目がちょっと怖いくらいなもので近所の友達と話すのとなんら変わらない。


 だいたいいまどき魔獣と獣を同一視するなんて大昔の大戦に参加したじーさんばーさんだけだ。


 レッドドラゴンはゴウワン・クマやトライデント・イノシシのような獣とは違い魔獣に分類される。魔獣は本能のままに生きている獣と違って意思疎通できるほどの知能があり、感情もある。


 だから友達にもなれる。ようはいまの俺たちの関係ってのは、異種族に友情は芽生えないという常識を打ち破った美しい未来の形ってわけだ。


「今日も土産をもってきたぞ」

「ほう、それはありがたい。ちょうど空の散歩を終えて小腹が空いていたところなのだ」

「そりゃそうよ。貴族は傲慢だなんていう常識にとらわれるような俺じゃないからな」

「殊勝な心がけであるな、友よ」


 そういってガブはギザギザの歯を見せて笑った。


「ちょうどいま火を起こしたところだからさっそく焼いて……って、あー!」


 みるとせっかく起こした火が消えていた。

 さっきガブが着地した時の風圧でやぐらごと吹き飛んでしまったのだ。


「なんてこった……」


 四つん這いになってうなだれる。火起こしだって楽じゃないのに。


「どうもわたしの起こした風が迷惑をかけたようであるな。すまん」

「いいんだ火なんてまた起こせばいい」

「ふーむ、とはいえこのままではドラゴンの名が廃る。ここはひとつわたしが料理を振舞ってやろう」

「おお! ガサツなドラゴンには料理なんてできないっていう常識を打ち破るってことだな!」

「ふはは、お前を食ってやろうか!」


 そんな軽口をいいあいつつガブは「下がれ」といって起き上がった。


 人一人軽々とのみこめそうな大きな口が開くと、その奥から紅蓮の炎が吹き出し、ゴウワン・クマとトライデント・イノシシを包み込んだ。


 ほんの数秒炎が通過しただけで、俺が仕留めた二匹の獲物はいい色に焼けて周囲に香ばしい香りが立ち込める。


「これがドラゴン流の料理か!」

「ふふん、侮れんものだろう」

「これって中まで火が通ってるのか?」

「心配無用。我が焔は瞬時に骨の髄まで焼き尽くす特別性なのだ」


 得意げな顔でむふー、と鼻息を荒くするガブ。わりと恐ろしいことをいっているのだが気のいい奴だからちっとも怖くない。


 たまに俺を見つめながら舌なめずりをすることもあるけど、怖くないったら怖くない。

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