第2話 早朝の森で

 森の中で今日の晩御飯を発見した。


「ぐるるるるるる」

「ふしゅぅぅ……ふしゅぅぅ……」


 右には両腕が異様に発達したゴウワン・クマ。

 左には下あごから二本の牙と額に一本角を生やしたトライデント・イノシシ。


 どちらも成人男性より一回りほど大きな巨体を持つ獣だ。名前が絶妙にダサいのは古代人のセンスだから仕方がない。


 名前はどうであれ、どちらも焼いて食えばそこそこ美味い。明け方から森を散策していたかいがあった。


 俺が火薬式ボウガン(※銃身、フレーム、トリガーで構成された武器。撃鉄で火薬を発火させて矢を発射する。)を構えて茂みに身をひそめていると、二匹の巨獣は突然こちらに顔を向けた。


「……は?」


 やっべ、考え事をしてたら風向きが変わったことに気づかなかった。


「がおおおおおおお!」

「ぶもおおおおおお!」


 ゴウワン・クマもトライデント・イノシシも俺の服についた血の匂いに反応したのかこちらにむかって威嚇している。


 まずいな、このまま逃げてもたぶん追いかけられる。


 俺の計画としては二匹が潰しあって生き残ったほうを仕留めるつもり……だったんだけど。


「しゃーねーな」


 俺はなるべく二匹を刺激しないようにゆっくりと茂みから出た。


 二匹のひりつくような視線を受け止めながら俺は胴体に斜めかけしていたストラップを回してボウガンを背負う。


 代わりに腰に携えていた護身用の直剣を抜いた。


 以前、王都を観光したときに買った土産物だ。なんでもかつて魔獣王に挑んであっけなく返り討ちにあった勇者の剣のレプリカだそうで、刀身には洒落た竜の紋様が刻まれている。


 軽くて脆くてすぐ壊れる。その上あまり縁起が良くないことで有名だったが、見た目が気に入ったので買った。俺は迷信なんて信じないし、すぐ壊れるなんていわれたらあえて長持ちさせたくなる。常識を打ち破るってのはいつの時代も最高の娯楽だ。


「さあこい」


 ひゅひゅん、と軽く振ってから切っ先を相手に向けて柄が顔の横にくるように両手で握った。


「がおおおおお!」


 まず襲い掛かってきたのはやはりゴウワン・クマ。


 もともと気性が荒い獣だしこうなることは予想していた。


 基本的にゴウワン・クマの正面に立ってはならない。強烈な二本の腕でぶん殴られるからだ。こんなの文字の読み書きができるようになる前から教えられることだが、俺はそんな常識を打ち破る。


 目の前まで迫ってきたゴウワン・クマは目の前で両腕を広げ、すぐさま絞め殺す勢いで腕を閉じた。


 俺はかがんで殺人ハグ(・・・・)を躱し、構えていた剣を斜め上へと突き出した。


 切っ先がろっ骨の隙間に差し込まれ、弾力のある塊を貫く感触がした。


 するとゴウワン・クマはぶるぶると震え始め、俺は剣で軽く右に押しのけると、ゴウワン・クマの巨体は抵抗することなくゆっくりと倒れた。


 心臓を一突き。毎回こうやって使えば剣は痛まない。今日もまたスマートに常識を打ち破った。 


「ぶもおおおおお!」


 トライデント・イノシシが雄たけびをあげてすぐさま剣を構えなおす。


 ところが俺の視線の先に映ったのは可愛らしい「*」だった。


「ぶもっ! ぶもっ!」

「あ、まてこら! 逃げるなー!」

「ぶもおおおおおん!」


 俺は剣を振り上げ、情けない声で鳴くトライデント・イノシシを追いかけたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る