第6話
いつものレストランバーに和馬を連れてきた。
テーブル席に座ると、仲間達がまじまじと彼をみつめていた。マスターがサービスだと言って、パスタやリゾットを提供してくれた。
「本物の出雲和馬さん、なんすよね?」
「はい。出雲です。」
「あの、握手しても良いですか?」
「お前、
「うるさい、良いじゃん…あの、お願いします」
「良いですよ」
「…ありがとう、ございます。うわっ、何か得した感じ」
「あの、ティンダーを使ってる理由って、やっぱり恋人探しが目的で?」
「ええ。これまで何人かの人に会ってはきました。初めは本業を表記したら、凄い数の人にフォローされたので、職種を変えたんです」
「それで、教員にしたのか。付き合えた人っていました?」
「数人は。ただ長くは付き合えはしなかったんです。」
「どうして?まさか、子持ちとか?」
「はい。妻と息子がいます」
「それヤバくないっすか?奥さんに見つかったら、どうするの?」
「それまでは、サイトは使っていようとしてるんだ」
「結構ギリギリな賭けをやってる感じだね。
「好青年って感じかな。話も合う気がするし。」
「あのさ、もうヤったの?」
「馬鹿、何唐突に言うんだよ?」
「ええ。1度はしました。」
「真翔ってどんな感じでした?」
「相性は良いと思う。これからも付き合っていきたい。真翔は?」
「俺も。和馬さん、気取らないし…楽しいしさ。」
「お前、成長したなぁ。まぁ2人とも楽しむだけ楽しめよ。マスター、ビール追加で」
「ティンダーか、意外と使えそうなのかな」
「お?その気になったか?お前さっさと見つけてみろよ。案外マッチングしやすいかもよ?」
「なんか2人見ていると、似合ってるね。和馬さん結構イケメンだし」
「良く言われるよ」
「あはは!面白れぇ。ねぇ、和馬さん。バイクって乗れる?」
「あぁ。普通二輪だけど乗れる。」
「後で飛ばしに行かない?何か今日走りたい気分だ」
「良いよ。真翔、俺の後ろに乗る?」
「皆んな酒入っているだろう?ヤバくないか?」
「少しぐらいなら大丈夫だって。近くまでだから、一緒に行こうぜ」
数時間後、店から200メートル先離れたところに駐輪してある彼らのバイクが2台あった。
車種はハーレーダビットソンのストリートボブの最新モデル。何せ知人から譲ってもらったという贅沢な物だ。
「私達は帰るよ。あんた達、サツに気をつけなよ。和馬さんだって捕まって顔潰れたら知らないからね」
「行くだけ行ってみるよ。真翔、ヘルメット被れ」
「本当に大丈夫?」
「やってみるしかないだろう」
「2人とも、俺についてきて。さぁ、行くぞ」
「何あっても知らないよぉ。…全くあいつら馬鹿だよね」
「和馬のおっさんもやるよね。本当にあの和馬かなぁ?」
マフラーを吹かしてアクセルを踏み、4人は勢いをつけて走りだした。
一般道路から、首都高速道路に出ると、更に加速をつけて行った。僕は和馬の身体に抱きついたまま、酒の酔いと合わせて頭が何かに覚醒していく感覚を体感していた。
やがて一般道に降り、信号機で停車していると、和馬がヘルメットのシールドを開き僕に話しかけた。
「どうだ?夜の走行も悪くはないだろう?」
「ああ。風が気持ちいい。もっと行きたいぐらいだ」
信号が青色に点滅すると、再びバイクは走り出した。
このまま誰にも邪魔されたくない。
僕らだけの戯れる空間。
ベイブリッジに差し掛かると、主塔の蒼色に点滅する光がくっきりと浮き立ち、輝いて見えた。先頭に立って走る仲間が手を振ってきたので、港の岸壁の所に停車した。
「和馬さんやるな。ハーレー乗ったら捕まるのに、俺らについて来れるなんて、そもそもいないぜ。」
「前に一度運転したことがあるくらいだから、久々だよ。やっぱり違うよな、俺もハーレー欲しい」
「俺の知り合いにメンテナンスショップ経営しているやついるから、紹介しても良いよ。」
「ああ。考えておく」
「また、会おうよ。あたし、和馬さん気に入った」
皆が笑い合っている。彼は何故人を惹きつける力を持っているのだろう。
一夜で一気に他人の心を突き動かした。
ある意味、悪魔のような存在にも感じた。
2時間後、再び駐輪場に戻ってくると深夜1時過ぎを回っていた。仲間と別れて、和馬と2人で大通りを歩きながら会話をしていた。
「和馬、仕事は落ち着いた?」
「ああ。大分な。お前に会うのも久しぶりだったけど、彼らとハーレー飛ばしてなんか余計嫌な事吹っ飛んだよ」
「何かあったの?」
「息子がさ、兄弟欲しいって言っているみたいで、妻と久々にしたんだ。でも、出来なかった」
「アレのせい?」
「妻とセックスする事を忘れてしまったみたい。もう7年はしていなかったからな」
「貴方は子ども欲しい?」
「今の息子だけで十分だ。夫婦共働きだし、正直いなくても良いんだ」
「そうか。それならそうと言った方が良い。子どもだって父親の仕事の事分かってくれるに違いない。」
「そうだと良いな」
彼の背中が孤独感を漂わせていた。父親になるって計り知れないところもあるけれど、その分のしかかる負担は大きい。
僕が目を道路側に向けて、車のフロントライトの眩しさに目を細めていると、彼が手を握ってきた。嬉しかった。
先程までバイクを走らせていた分、彼の手がなんなく冷たい。握り返すと無言のまましばらく繋いで歩いた。
丁度タクシーが何台か通りかかろうとしていたので、手を挙げて停めた。後方席に乗り、先に和馬の自宅に向かった。
30分後家の近くに止まり、彼が降りようとした時だった。僕の肩を叩き振り向きざまに彼はキスをしてきた。
「またな。連絡する。おやすみ」
彼は微笑んで自宅へと帰っていった。
更に20分後、僕は自宅に到着して、リビングのソファに腰をかけた。
余程嬉しかったのか、僕は気持ちが有頂天のようになり、クッションを顔に被せて抱き抱えて転げた。
まるで思春期に初恋の人とデートをした後興奮が冷め止まぬ純粋な少年のような気持ちに浸った。
そういえば、まだお互いに告白をした事がない。彼は僕の事を本当はどう思っているのだろうか。
知りたい、もっと知りたい。
身体が彼の事で溢れている。次に会った時には僕から彼を抱きたい。悲しい顔など見たくない、だから何か喜ばせる事をしてあげたい。
今度会う時は好きな事を聞いてみよう。
なんだか今日の僕は自分の事が愛しくてしょうがない。棚の中に入ってある入眠剤を飲み、またソファで横たわった。
30分後、深い睡眠が身体を巡り、僕はいつしか眠っていった。
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