第5話

「この間買ってもらったバッグ、もう壊れた。使えなくてマジ腹立つ。もぅ、気に入っていたのに…」

「それ偽物だったとか?」

「それはない。直営店で一緒に行って買ってくれたの。…あぁ、今度は何を強請ねだろう?」

「懲りねぇなぁお前。彼氏だったら、マジ付き合えねぇ」

「うるさい。誰があんたなんかと付き合うかっつーの。」

「嫌な女だなぁ」


仲間が雑談で喋っている中、僕はカウンター席でマスターと話をしていた。


「それじゃあまだ付き合いはしないで関係は持つって事?」

「うん。家族持ちじゃいつか捨てられそうでなんか怖くてさ。どう近づいたら振り向いてくれるのかなってさ?」

「駆け引きが大変そうだな。その和馬さんって人さ、ここに連れてきたら?」

「マスターもあいつらと同意見?マジかよ、なんかヤバい事にならないかな?」

「そこまで心配してもしょうがないだろう?一度顔を合わせるだけなら、あいつらだって納得するんじゃない?連れてきなよ」


出雲和馬という人間に皆が興味深々だ。

何せそうだろう。業界で有名で、所帯持ちで、バイ…。

くすぐられるのは、それだけだろうか。責めて人としても関心を持ってもらいたいのだ。


深夜1時。和馬からの返信は来ない。

実はあれから1ヶ月近くは会っていなかった。仲間の1人が調べたみたいが、新作映画の吹き替えを担当するらしく、その為連絡が途絶えているとの事だ。


「今日これでつけておいて」

「え?真翔まなと、帰るの?」

「あぁ。次の締め切りがある。また来るよ」


嘘をついた。今日はあまり飲んでも酔える気分ではなかった。


大通りでタクシーを拾い、途中でコンビニエンスストアに寄り、酒と腹の足しになる物を適当に買い漁り、自宅へ向かった。


キッチンへ行き、買った物を冷蔵庫へ入れて、入眠剤をいつもより多く3錠飲み寝室のベッドに横たわった。


翌日、洗面所で顔を洗い鏡に写る自分の顔を見ていると、髪の毛の色合いにムラが出ている事に気づき、美容室へ行く事に決めた。


行きつけの美容室に行き、軽く髪の毛も切ってもらい、ベージュ寄りのシルバーカラーに染めてもらうと、気分が良くなった。


せっかく近くまで来たからと、好きなブランドのショップに立ち寄り、店員と雑談しながらコーディネートも教えてもらい、いくつか服を買った。


タクシーに乗り、再び自宅に帰ってきた。服をクローゼットに終い、仕事場の机に向かってパソコンを開いた。

短編小説のあらすじを打っていき、本題に入ると何ページかは進んでいった。


3時間程経ち、思い切り背伸びをした。

夕飯は何にしようか。


スマートフォンでデリバリーのサイトを開き、スクロールしながら、眺めていった。


一方その頃、和馬は息子の陸とリビング越しにキッチンで料理をする妻の凛の様子を眺めていた。


「あのさ、2人とも見てないで手伝ってよ」

「あっママに気づかれた。陸、どうする?行きますか?」

「うーん。ママが大変そうだから、手伝います!」

「では、こちらを運んでください。…和馬、逃げないで」

「はい」


彼は楽しげに団欒だんらんを取って食卓を囲んで夕食を食べていた。


「今日は早く終わって良かったけど、明日は遅くなりそうなんだ」

「仕事大分時間がかかっているね。そろそろ終わりそう?」

「あぁ。3日間が山場だ。また良い仕事ができているから、楽しいよ」

「珍しい。貴方が楽しいだなんて言うの。ねぇ、陸。パパ仕事終わったら行きたい所あるんでしょ?」

「遊園地!遊園地行きたい。パパ行ける?」

「あぁ行きたいな。凛は休めそう?」

「もしかしたら休み代えてくれるかも。明日聞いてみる」


後片付けが済み、陸と凛が続けて風呂に入り終わると、和馬はシャワーを浴びた。下着を着た後浴室の中を綺麗に掃除した。


リビングへ行く途中、陸の寝室を覗くと凛が寝かしつけていた。

数時間後2人も寝室へと向かい、ベッドに入った。


翌日、和馬は収録のため、スタジオに向かい、到着して中へ入りスタッフや共演者と挨拶をした。

専用のブースに入ると、アフレコを行い、スタッフから指示をもらいながら、数時間作業に取り掛かった。


帰りがけにスマートフォンを開き、何件が来ているメールの中に真翔からの連絡を見つけた。


手帳を開き日程を確認していると、着信音が鳴った。自身のマネージャーからだった。

ナレーション撮りの仕事が入ったので、事務所に来て欲しいと告げてきた。


事務所での打ち合わせが終わり、自宅へ帰ると、22時になっていた。凛が出迎えてくれた。


軽めの夕食を済ませると、彼女からある事を告げられてきた。


「妊活、再開したい」

「2人目か?」

「うん。欲しい。和馬は?」

「陸だけでいいと思うが…」

「あの子、自分に妹が弟が欲しいって言ってるの。貴方が忙しいから直接言えなくて1人で悩んでたみたい。…考えて、くれる?」

「今日、してみようか?」

「…良いよ」


2人が寝室へ行くと和馬は凛を抱きしめた。

ベッドに入り凛が仰向けで寝ると、彼は部屋着を脱がせて、身体を弄り始めた。彼女の下半身の服を脱ぎ下ろし、彼も下着を脱いだ。


「そこ…違うよ。上だから」

「悪い。…あれ、入らないな」

「濡れてる?」

「濡れてるよ。…凛、忘れたかもしれない」

「挿れ方?そこで良いんだよ。奥まで挿れてきて」

「やっぱり入らない。」

「貴方、大丈夫?」

「セックスの仕方、忘れてる…ごめん、疲れてるのかも。この次にしてくれ」

「分かった。無理しないで、今日はゆっくり寝て」

「本当にごめん。陸、あいつ寂しがっているんだな」

「良いのよ。いつかあの子も分かってくれるから。…じゃあおやすみ」


凛が服を着て隣のベッドに横向きに眠った。


和馬は彼女の背中を眺めながら、自分の不甲斐なさに不満を覚えてしまっていた。


スマートフォンを開くと、真翔からメールが届いていた。


「"近いうちに会えそう?"」


会いたい。あいつに会いたい。


彼はいつしか真翔の事で頭がいっぱいになっていた。

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