第2話  三太と与助

ここは江戸の外れ。


江戸も賑やかな下町を抜けると、そこは、田んぼが広がる長閑な景色。

大小さまざまな田んぼが、辺り一面、見渡す限り、遠くに見える山の裾野まで、ずっと広がっております。

田んぼの横には、隣りの宿場まで繋がる街道が、蛇のように続いておりまして、その蛇の道の上を、江戸へ行く者、後にする者、商売道具を担ぐ者。様々な人々が西へ東へと往来しており、その脇では、ひと仕事を終え、一服する百姓や額に汗かき田んぼの世話をしている百姓がいたるところで見え、江戸とは思えないほど、のんびりとした時間が流れています。


春に植えた稲が青々と茂り、初夏の香りがする日差しを全身に浴びながら、上へ上へと元気に育ち、形のない風が通りすぎる度に、穂先がゆっくりと波打ち、そのまま山の方へと流れて消えて行く。


秋の実りが待ち遠しい程、今年の稲は順調のようで。

 

神君家康公が創った江戸も、早、100年余り。

しかし、100年経ったと言えども、江戸を少し外れれば、昔ながらの原風景が、あちらこちらで見ることができた時代で御座います。


そんな原風景の端っこに、鎮守の杜が御座いまして、鎮守の杜と言っても、大きくて、立派。というものでは決してなく、百姓に迷惑をかけてはいけないと、田んぼの間にちょこんと建っているような慎ましやかな杜で、特徴という程の特徴はなく、まぁ、あるとすれば、椎の木の葉っぱが、入道雲のように社殿を包み隠しているぐらいなもので、あとはコレと言って何もなく、どこにである至って普通の鎮守の杜で御座います。


四、五十段、境内の階段をトントントンと上がりますと、少し、色褪せた朱色の鳥居が大きく門を構え、その手間には、顔に薄っすらと緑の苔が生やした狐の像が二頭、見えて来る。

右の狐は願望を叶えてくれると言われる鍵を咥え、左の狐は宝珠を現わす玉を咥え、ギッとこちらを睨み鎮座しております。

その奥に目をやりますと、ポツンと置かれたお賽銭箱。その先に、こじんまりとした、趣きのある社殿が見えてくる。


そこに一陣の風が、勢いよく、サーっと通りますと、椎の木の葉が、堰を切ったように騒ぎ出し、杜の様子がガラリと変わる。

そこはまるで、あの世とこの世のちょうど真ん中のような、どこか違う場所へ連れて行かれるような、皆様も一度は感じたことがある、なんとも言えない不思議な空間になるので御座います。


いつの時代から、この鎮守の杜があるのか、それは定かではなく、近くに住んでいる人たちも、よく知らず、江戸ができる時、一緒にできたとか、その前からあったとか、色々、言われておりまして、どれが、本当のことなのか、今となっては、分からずじまい。


いつからあるのか分からなくても、周辺に住む人々にとっては、大事な神様。

壊れたところがあれば、皆でお金を出し合い修繕し、一年に一度、ささやかでは御座いますが、お祭りなどをして、神様を恭しく、祀って来た大切な場所。


そんな神聖な場所で、一生懸命、お稲荷様にお願いをしている男がおります。


その男が誰あろう、このお話の主役、三太で御座います。


歳の頃なら、二十四、五。

背丈はありませんが、体つきは良く、丈夫。

というのも、三太は、大工で御座いまして、毎日、重い木材を持っておりますから、自然と体が鍛えられ、遠目から見ても、ガッシリとした姿をしております。


そのせいなのかどうなのか分かりませんが、顔もかんなのように四角く、木材の横で寝ていたら、鉋と間違われてしまうんじゃないかというほど、体同様、ガッチリとした面構えをしておりまして、これもまた、そのせいなのかどうなのか分かりませんが、どうも縁がなく、まだ独り身。


三太は決して、仕事ができない男ということではなく、大工としての腕も良く、下の者の面倒もよく見て、親方からの信頼も厚く、最近では、現場を任されることも多くなり、酒や煙草は嗜む程度、博打で倉を立てたヤツはいないと、一切、手を出さず、女遊びがヒドイなんてこともない、バカが付くほど真面目で、バカが付くほどお人よし。


なのに、なぜだか、良縁に恵まれない。

世の中、不思議なもので、そういう男ほど、余ってしまうもの。


そこで、三太は、仕事の行き帰り、お稲荷様に、毎日、手を合わせ、良い人に巡り会えますようにと、お願いをしているわけで御座います。


今日はたまの休み。

いつもより、念入りに、お願いしております。


「えー神様、何卒、良い縁に恵まれますように。気立てがよく、明るく、可愛らし子と出会えますように。働き者で、元気。稼ぎが少なくても文句を言わないような子をお願いします。あっ、あと、出来れば小柄で、笑うと笑窪が出来る子ですと嬉しいのですが、それと、もし、許して頂くなのなら、歌の上手な子がいいなと。声に艶がって、惚れ惚れするような、そんな子を、何卒一つ宜しくお願い致します。

えへへ、ちょっと欲張り過ぎましてね。じゃあ、あと、一分いちぶ、追加料金で。」

何てことを言いながら、申し訳なさそうに、一分いちぶをお賽銭箱へ。


神様だから許してくれるとばかりに、三太は色々とお願い、といいますか、無理難題を言うわけで御座いますから、いくら心の広い神様であっても、そう注文が多いのでは、なかなか良縁とはいきません。


それに元々、稲荷神社の御利益は豊作を願う五穀豊穣なのですから、管轄外と言えば管轄外。

しかし、それは今も昔も同じこと。神様なら、皆、同じ。手を合わせれば、きっと願いを叶えてくれると信じているもので御座います。


三太も御多分に漏れず、神様に必死にお願いをして、さぁ、帰ろうと振り向き、歩き出すと、つま先にコツンと何か当たる感触が。


目線を下に向けますと、石が転がっているのが見える。

確か、お参りにする時にはなかったはず。その石は、楕円の形をしておりまして、丁度、手のひらに隠れるほどの大きさで、何より目を惹いたのは、その色。白狐のように白く、日の光に照らされて、ツルツルと輝いていた。


その宝石のような石を見て、三太はふと、思いつきます。

これを持って帰って、お守りにしよう。


毎日、お稲荷さんにお参りはしますが、それでも少し、物足りない。

この石を常に肌身離さず持っていれば、お稲荷さんを近くに感じ、きっと御利益があるに違いない。


いいモノに巡り会えた、これも何かのご縁。

そう思い、三太はその白い石を袂に入れ、足取りも軽やかに、下町の方へと帰って行きます。


町に帰ってみると、先ほどの静けさとは、まるで別世界。同じ江戸とは思えないほど騒がしく、日が傾きかけた時刻も相まって、人や声が世話しなく、方々から聴こえてまいります。


そんな人混みの中でも、三太の足取りは軽い。

お稲荷様から有難い物を頂いたのですから、当然のこと。袂の中で、白い石をグッと握って、人の波をスイスイと泳いで家路に帰ろうとしていた、その時、


「おーい、三太!三太!」


聞き慣れた声が、三太の耳に届きます。


「おや、今の声は、」


三太は正面から聴こえてきた、その声の主を探します。

人が行き交う往来の間から、三太に向かって手を振る男の姿。


「三太!こっちだ、こっち。」


「おー、やっぱり、与助よすけの兄ィー!」


三太も手を振り答えます。


人混みを掻き分け、与助が三太の元へやって来ます。

歳は三太より三つ、四つ上で、ひょろりと背が高く、線が細い。少し頼りなさげに見えるが、どうやら三太の大工仲間のようで、


「どうした三太、せっかくの休みだっていうのに、一人、町をプラプラして、銭でも見つけてんのか?」


「違うよ、銭なんて拾ってねぇよ。与助兄ィこそ、何してんだい?こんなところで。」


「俺かい。俺は、日がな一日、家でゆっくりと酒飲んでたんだが、かかあが、ガミガミ、ガミガミうるせーから、堪らず、外へ出てきたんだ。ったく、口を開けば、文句ばっか言いやがって、うるせーったらありゃしねーよ。アイツの口には、休みがないね。アイツの口に綿突っ込んで、店じまいさせてやりてーよ。」


「あぶねぇーこと言うなよ、与助の兄ィ。」


「んで、三太、お前は、何で、ここにいるんだ? いくら拾った?」


「だから、銭、拾ってねぇーって。」


「じゃあ、何だい?」


三太は少し照れながら、「外れのお稲荷さんに、お参りに。」


「またかい!おめぇも、熱心だね。」


「そりゃあ、熱心にもならー。俺も、所帯持ちてぇーし、」


「まぁ、そうだな。おめぇーも、大工として腕上げてきたし、所帯持っても、おかしくねぇ歳か。」


「俺も、一人前の男として見られてぇー。」


(真剣な眼差しで、三太は与助を見る)

(与助も、その気持ちが分かり)「そうか…、そうだな。」と、二度・三度、頷く。


「それで、与助の兄ィ。俺、いいもん拾ってきたんだ。」


(キッと与助を見ていた三太の眼差しが急に緩み、溶けた氷のように目尻が下がる)


「やっぱり、銭、拾ってたんじゃなぇーか!」


「違うよ!銭じゃあねぇよ。」


(与助の言葉を慌てて掻き消すように、三太は手を横に振り、否定する)


「銭じゃあねぇのか?」


「銭じゃあねぇーよ。」


「銭じゃあねぇって、銭以外に、何、拾うっていうんだ? 道に落ちているもんなんて銭か、犬のフンぐれぇーだぞ。」


「汚ねぇーな。そんもん、拾わねぇーよ。」


「じゃあ、なに、拾ったんていうんだ?」


(三太はニコニコしながら、袂で握っていた石を与助に見せる)


「ん?何だい、こりゃ?」


ニコニコしながら大事そうに見せてきたのが、白い石。

三太にとって縁起が良く、有難い物であっても、与助から見れば、ただの石。

どんなに白狐のように白くても、与助にとっては、やっぱり、ただの石。

それを満面の笑みで見せられても、与助には理解できません。


「…これが、どうしたんだい? 俺には、ただの石に見えるが、ただの石じゃねぇのか?」


「ううん。ただの石。」


「ただの石、か?」


「うん。ただの石。」


ただの石を見せ、ニコニコしている三太の気持ちが、ますます与助には分からない。


「あ、なるほど。石は石でも、この白に、何か秘密があるんだな。えっ、そうだろ?」


「そう。」


(三太は、大きく頷く)


「そうだろ!俺も、そうじゃあねぇーかと思ったんだよ。おめぇーが大事そうに見せるから、何かあるなって。で、この白に、どんな秘密があるんだい?」


(覗き込むように、与助は三太の顔を見る)


「狐の白。」


「はっ?」


(笑顔の三太)


「シロ?」


「そう、白。」


(またも、三太は大きく頷く)


「…そうだな。シロだ。」


「そう、白。」


「…それが、どうしたっていうんだ?」


「与助の兄ィは、わからねぇーのか?」


(怪訝な顔を見せる三太)


「いや、分かってるよ、白いのは。見たらわかるよ。俺だって、白と黒の区別ぐらいつく。だから、この白が何だっていうんだい?」


「もう、兄ィ、分からねぇのかい。」


(三太は石を指さし)「白いだろ。」


(与助も、石を食い入るように見て)「白だな。」


「白狐の白!」


「…ん?びゃっこのシロ?」


「そうだよ。よく見てみ、兄ィ。」(与助の目の前に、三太は石を近づける)


「白狐のように白いだろ。」


「うん、まぁ、白狐のように白いな。」


「そういうこと。」


「お前、どっかで拾い食いしただろ。」


「してねぇーよ!」


「お前ね。これから所帯を持とうかという男が、拾い食いしちゃあダメだよ。我慢できなかったのか?腹減ったら、俺に言え。メシぐらい食わせてやるから。」


「拾い食いなんてしねぇーよ!それぐらいのカネあらーな!」


「じゃあ、この石が何だって言うんだい!」


「わからねぇーかな、兄ィも。さっき、お稲荷さんにお参りに行って来たって言ったろ?」


「言ったよ。」


「その時、境内で拾ってきた、石。」


その話を聞いて、突然、与助の表情が変わります。与助の顔からスーッと血の気が引いて青ざめる。


「お、お前、それ、お稲荷さんところから、持って来たのか?」


「そう。帰ろうとした時、何か足に当たったなって思って、ふと、見たら、この石が落ちてたんだ。お参りに来た時には気が付かなかったんだけど、これも何かの縁だなあと思って。お守り代わりにね、これを肌身離さず持ってれば、いい子に巡り逢えるんじゃないかと思ってさ。」


(与助は、そんなところではない様子)


「それで、持って来たのか?」


「うん。見てよ、兄ィ、この白さ。お稲荷さんの狐のように白いだろ。こりゃあ、縁起がいいよ。」


愛でるとは、まさにこのこと。

我が子を見るような眼差しで、三太は白い石を眺めています。


そんな三太を見て、与助は慌てて、「隠せ!その石、隠せ!」と周りを見ながら、必死で三太に呼びかけます。


「えっ?どうした?兄ィ。」


(状況が飲み込めておらず、吞気に与助に話かける三太)


「いいから、早く隠せよ!その石!早く!早く、隠せよ!」


「何だい?急に。どうした?」


(三太は与助に言われるがまま、袂に石をしまう)


「お前、その石、他のヤツに言ったのか?」


(与助の顔の血相が変り、厳しい目つきで、三太に問いただす。その様子を見て、三太もようやく気付き、慌て出します)


「い、いや、兄ィ以外は、喋ってないけど…。」


それを聞いて与助はホッとし、「あぶねーとこだった。俺がハナで良かったよ。」

胸を撫で下ろします。


「なんだよ、兄ィ。どうしたんだよ。」


(与助は周りを気にしながら小声で話しかける)


「いいか。その石。お稲荷さんの境内から持って来たんだろ?」


「うん、そうだよ。そう言ったじゃねぇか。」


まだ分かっていない三太に与助は呆れ、「バカだね、お前は。いいか。持って来たということは、盗んで来たってことだろ。」


「…あっ‼」


(与助の言葉で、ようやく状況を理解した三太)


「だろ?お前は、お稲荷さんのところから、勝手に石を盗んできたんだぞ。これは祟られるぞ。バチが当たるな。」


三太の顔から血の気がサーッと引いて行き、なすびのように紫がかる。

これが、なすびなら焼いて食べれば美味しいのですが、三太の顔なら、そうはいかない。もう生きているのか、死んでいるのか、よく分からない顔色になります。


「ど、どうしよう、兄ィ…。俺、今から返して来る!」


慌てて来た道を戻ろうとする三太に、「待て、待て、待て。」と言いながら、腕を掴む与助。


「今さら返しに行ってどうするよ? 盗んだ物を、あとで返しに行ったからと言って、盗んだことが帳消しになるワケじゃねぇーだろ?」


「そうだけど…。」


「今から行っても、後の祭りよ。持って来ちまったものは仕様がねぇー。諦めろ。」


「じゃあ、どうしたらいいんだよ!俺は、どうなるんだい? 祟られるのかい?」


「十中八九。」


「やっぱり、返して来るよ!」


(泣きそうな顔をして、来た道を戻ろうとする三太)


「待てって!慌てんな。大丈夫だ、俺に任せろ。」


「兄ィに?本当かい?」


「あたぼうよ。いや、実はな、昔、おめぇーと一緒で、間違ってお稲荷さんから、石持って来た奴がいてよ、名前は、たしか、とめって言ったかな。そいつがそのまま、お稲荷さんの石、持っていたもんだから、お稲荷さんの怒りに触れて、ヒドイのヒドくないの、そりゃもう、大変だった。」


「ど、どうすりゃいいんだよ、兄ィ!俺もここままじゃ、その留とかいうヤツと同じで、祟りにあっちまうよ!」


すがるように、与助に助けを求める三太)


「仕方ねえーな。俺も、その石のこと知っちまったし、祟られたも同然だ。それに、可愛い弟分の三太を、このまま見殺しにすることはできねぇーからな。おしっ、乗りかかった舟だ!三太のためにひと肌脱ごうじゃねぇーか!」


「ありがとう!与助兄ィ!」


(目を潤ませて感謝する三太)


「おうっ!任しとけっ!」


与助は、ポンっと自分の胸を叩き、「三太、大船に乗ったつもりで、俺に任せな!俺が、お稲荷さんの祟りを鎮めてやるからよっ!」


「兄ィ!」


突然、やって来た禍。

いくら知らなかったこととは言え、三太にとっては、一大事。良い子とご縁が何て悠長な話をしている場合では御座いません。

祝言を挙げる前に、葬式を挙げなくてはならないかもしれない。

そりゃあ、顔もなすびのような色になります。

そんな時、現れたのが与助。

祟りの鎮め方、清め方を知っているというのですから、三太にとっては、お稲荷様より神々しく見えたに違いありません。


「よしっ。そんじゃあまず、どんな祟りに遭うか知っとくことが大事だ。どんな祟りがあるか分からねーで、清めたところで、本当に清められてかどうか分からねぇ。そうだろ?」」


「うん、確かにそうだ。兄ィの言う通りだ!」


「おい、三太。飲み込み早えーじゃねーか。」


「俺は祟りはイヤなんだよ。」


「そりゃそうだ。祟りが来るようにお稲荷さんに頼むバカはいねーからな。」


「で、祟りってどんな祟りなんだい?」


「まぁ、まぁ、慌てるな。モノには順番があるんだからよ。そう慌てるな。」


(三太を諭す与助9


「三太、おめー、お神酒、持ってるかい?」


「オミキ?」


「そう、お神酒だよ。お神酒。どこだ。」


(三太を周りを探す与助)


「なんだい、オミキって?」


「酒だよ。酒。」


「あっ!酒のことかい。」


「あたりめぇーじゃねぇーか。神事にはお神酒って、相場が決まってんじゃあねぇか。それで、まずは体を清めるのよ。」


「なんで清めるんだい?どんな祟りか知らないで清めても仕方がないって、兄ィ、さっき言ったじゃねーか。」


「留もそう言ってた。アイツもそう言って、てーへんなんことになったな~。」


「よしてくれよ、兄ィ。怖いこと言わねーでくれよ。」


「バカだねお前は。いいか良く聞けよ。穢れたままで祟りのこと言えば、他にじゃなものが寄って来るかもしれねーじゃねーか。」


「そうか…。」


「たださえ祟りなのに、祟りの神様が船に乗って、たくさんやってきたらどーするよ。正月、掛け軸として、床の間に飾るか?」


「七福神みてーに言わねーでくれよ。」


「言うにしても、穢れたままなじゃダメだから清めるんだろ。」


「なるほど、兄ィの言う通りだ。」


「だろ?…お神酒は、どこだ?持ってんだろ?」


「いや、持ってない。」


「持ってないのか!そういや、留もそんなこと言って…。」


「分かった!分かったから、言わねーでくれよ。俺も初めて祟られるから、どうしていいか分からねーんだよ。」


「そうだな。初めてだもんな。それはしょうがねぇ。人には何でも初めてってものがあるからな。三太は初めて祟られたから分かんなかったか。」


「うん。」


「まぁ、それなら仕方がねぇ。今度、祟られる時は、お神酒をちゃんと持参して、祟られろよ。」


「うん。分かった。今度、祟られる時は、お神酒を持って祟られるよ。」


「うん。おめーも少しは、大人になったじゃねぇーか。」


「へへへ、そうかい?」


「そうかい。お神酒持ってないのか、弱ったなー。何かお神酒に代わるものがねぇーかなー。」


(与助が思案していると、三太は後ろを振り向き)「兄ィ、兄ィ、あれなら、どうだい?お神酒の代わりになるかい?」


三太が指さした先にあったのが、“めしや”と書かれて提灯。


「めしやか…まっ、お神酒の代わりになるんじゃねぇーかな。」


「そうかい!そりゃあ良かった!」


そういうと三太は与助の手を取り、めしやへと一目散に走って行きます。

































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る