第57話 どうにも最近の風潮は、“かませ”みたいな扱いだからよぉ……、だから……な?



 ——ギリギリで、かわせたか……。


 オレはに身を潜めたまま、周囲の状況を探る。


 ——今の攻撃で、一気にがやられている。


 前衛の四人は存命ぞんめいだ。

 ——“武踊サーヴァル”が重傷、“繚乱トランシェ”が中傷(※中程度の負傷)、“聖壁マスカトール”が軽傷、“竜嵐ランスリータ”は、ほぼ無傷。


 後衛は、死亡——二。

 ——“颯唱ラナ”と“静謐エリーゼ”がほぼ致命傷、かろうじて息がある。

 ——“送走ポール”と『呪導師オリビア』は即死。

 ——オレは無傷。


 その他は、死屍累々。

 ——『波刃の剣心フランベルジュ』は全員死亡。

 ——付き添いの新参者ルーキーも、おそらく同様。

 ——イスタだけが、ほぼ無傷。


 生き残った人数が、オレ含めて——八人。

 しかしこの中で戦えそうのは——甘く見積もったとして、オレ含め五人。

 だが実際のところは、ランスリータとイスタの二人だけ、といったところだろう。


 なにせ相手は——、


 ——そこで、敵が二度目の攻撃を放った。

 オレは、隠れたままだったので、難を逃れた。

 しかし——


 ——今ので、さらに……。


 サーヴァル、ラナ、エリーゼが、それぞれ絶命した。


 ——クソッ……、エリーゼも死んだのか……!


 これでは、もはや戦況の立て直しは不可能だ。

 この時点ですでに、オレは撤退する意思を固めた。


 それにしたって、このまま逃げ切れるとは思えない。

 それはそうだ。なにせ相手は——真竜ドラゴンなのだから。


 

 空間の歪みより唐突に出現したのは……間違いない、あれはドラゴンだ。


 ドラゴン——危険度Lvデンジャーレベルが50を越える、まさに生ける災害。


 初めて実物を見た。そして、その脅威についても。

 出現とほぼ同時に放たれた、全方位に発散された衝撃波のような、まさに回避不能の攻撃によって——こちらはその一撃で半壊した。

 

 半数が死んだ。


 そしてついさっき、追加で三人が死んだ。

 どいつも高位の冒険者だった。しかし、ドラゴンの前では……そいつらとて、二撃ともたなかった。

 実際のところオレ自身だって、ヤツのあの攻撃をまともに食らえば、即死するか、よくて致命傷だろう。

 たまたま回避できたから、今も生きているだけだ。


 そういう意味では、直撃を受けても耐えた前衛たちは、やはりさすがと言えるだろう。

 しかし、その前衛陣も今やすでに一人が欠け、残りもボロボロだ。——ただ一人を除いて。


 “竜嵐”のランスリータランスリータ“ザ・ドラグストリーム”

 彼女だけが、いまだに戦闘を行えるだけの状態コンディションを維持していた。

 

 ——いや、もう一人、前衛ではないが、同様に戦える人物がいる。

 ギルド職員イスタ。……いや、彼女は——


『“われがヤツの相手をするッッ!! その間にッなんとか立て直せッ!!”』


 ランスリータより“念話テレパス”が飛ぶのと同時に、彼女が動いた。

 ふところより何かを取り出すと同時に、宙にばら撒く。


『“宿魔解放ドゥエルリベレイション”』


 するとその場に、それぞれバラバラの属性の飛亜竜ワイバーンたちが、幾体も現れた。

 ひとところにそれだけのワイバーンが揃ったその威容は、まさに圧巻といえ——


 ゴオオオオォォォォォアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!!


 ドラゴンが咆哮を上げた。


 たったそれだけで、ワイバーンたちは萎縮し、動きを止めてしまった。


 ランスリータは——自身も顔から血の気を引かせていたが——体を震わせて怯えている騎竜たちの様子を一瞥いちべつすると、苦渋に満ちた表情をその顔に浮かべた。

 しかし次の瞬間には、まなじりを決っしたかのようにドラゴンを睨みつけ——みずから戦う意志を見せた。


『“飛竜変化ドラグーン・トランス”』


 すると、ランスリータの体が光を放ち、巨大に膨らんでいき——

 光の収まる頃には、そこには一体の飛竜が現れていた。


 飛竜は自らを鼓舞するように一声、咆哮を上げると、たった一騎でドラゴンへと立ち向かっていく。


 ——まさかっ?! 本当に竜に変化できるとは……!?


 ——ではやはり、ランスリータが『竜装者ドラグーンアクター』の上級職ジョブを持っているというのは本当だったのか……?!


 それは本来なら、極めて強大な力となるべきものであった。

 しかし相手が悪い……なにせ相手は、本物のドラゴンだ。

 ——いくら竜に変身したとしても、まがい物では勝ち目はない……。


 大きさだけみても、ランスリータの扮する竜よりドラゴンの方が一回りも二回りも大きい。

 そしてその身に宿す脅威については……もはや計り知れない差が、ある。


『“いえ、もはや立て直しは不可能と判断します! ——これより撤退を開始! 申し訳ありませんが、ランスリータさんはそのまま殿しんがりをお願いします! 私もすぐに準備を終え次第援護します! 生き残ったお三方は、我々が足止めしている間に即座に撤退を! ——それと、他の皆さんの遺体を、出来る限り回収してから撤収してください! では、お願いします!!”』


 見ればイスタは、いつの間にか——それまでのギルド職員の制服から——戦闘装束へと変わっていた。

 その手には、一目見て相当な力を秘めていると分かる弓を持ち、その身には、風の力をまとっていた。


 ——あれはもしや、『風気操士エアロウィールダー』の能力……?? あの技は、“風装エアロフォーム”のように見えるが——


 イスタはまさに一陣の風のような速度で空中へと舞い上がると、ドラゴンとランスリータの戦う場へ向かった。


 すぐに空中では、イスタを交えた三者の(あるいは二体と一人——あるいは一体と二人の)熾烈なる戦いが展開された。

 その三者の衝突は、凄まじい轟音と衝撃を発生させる。それは大気を伝播して、地面までもを震撼させた。

 自分のいる地面のにまで伝わる震えを受けては……いよいよオレ自身も、覚悟を決める必要があるのだと思わされる。


 ——……そろそろオレも、このおびえ隠れるばかりではいけないな……。


 オレは意を決すると、“影中潜深シャドウスニーク”を使って隠れ潜んでいたより、地上に出た。


 ——あの二人が身命を賭して戦っているのだ。オレもオレの仕事をしなくては。


 

 それからオレは、生き残りのもう二人——トランシェとマスカトールと合流すると、迅速かつ慎重に、他の皆の死体を回収していった。

 死体は順調に回収されていった。しかし、どうしても一人だけ、あのルーキーの死体が見つからなかった。

 オレの目でも見つけられないほどにバラバラになったのか——とにかく、偵察役サーチャーのオレがこれだけ探しても見つからないのであれば、彼女に関しては諦めるしかない。

 オレは捜索を打ち切ると、本格的に撤退を開始した。

 

 迅速にその場を離脱しつつも、上空での戦いには常に意識を向けておく。


 今のところはまだ、二人は生きていた。奮闘していた。


 主人ランスリータの戦いに触発されたのか、呼び出された騎竜たちも、いまは戦列に加わっていた。

 そうなる前に一度、ランスリータはドラゴンの攻撃を受け、墜落し瀕死となった。

 変身の解けたランスリータに、慌てて駆け寄ったイスタが回復魔法やポーションによる治療をこころみていたが——もちろんのこと、ドラゴンがそんな隙を見逃すはずがない。

 しかしそこで、恐怖心をようやく取り払った騎竜たちがドラゴンに一斉に襲いかかったので、からくもランスリータはその命を繋いだ。


 それからランスリータは、一体の騎竜にイスタと共に搭乗すると、巧みに騎竜を操りつつ、他の騎竜たちも指揮しながら、ドラゴンとの攻防を展開していった。

 攻撃はイスタに任せ、ランスリータ自身は騎竜の操作と指揮に専念している。


 イスタは騎竜の背中で、その手の弓より多彩かつ強力な“弓技ボウアーツ”を放った。

 それは、一緒に戦っている巨大な魔物モンスターであるワイバーンらの攻撃——それらと比べてさえも、なお一層に強力な攻撃だった。

 イスタより放たれて宙を切り裂いて猛進する矢は、まるで昼中の流星のように、鮮烈かつ強烈な威力を体現していた。

 その戦いぶりを見れば、もはや疑いようもない彼女の類い稀な実力の高さを、まざまざと実感させられる。

 自然と思い返されるのは——事前に調べて聞き知っていた、彼女が現役冒険者だった時の等級クラスと、その実力に冠されていたという二つ名だった。


 伝説級レジェンドクラスの冒険者——“覇天”のイスタイスタ“レ・コンキスタドール”


 彼女ならば……あのドラゴンすらも、あるいは……!


 そんなオレの希望をあざ笑うかのように、戦況は酷々こくこくと変化していく。

 ドラゴンは、ワイバーンを——まるで羽虫のように——いとも容易く叩き落としていった。

 そして、最後まで粘ったランスリータの操る騎竜も、やはり仕留めてしまった。


 それでも二人は、まだ諦めてはいなかった。

 風をまとい宙に浮くイスタは、ワイバーンの飛翔速度にも勝るほどの速さで空を飛び、矢を放つ。

 おそらくはなんらかのスキルを使い、その身より竜の翼や尻尾を生やして竜人の装いドラグニュートフォームとなったランスリータも、イスタに遜色ない速度で空を飛び、手に持つ雷槍をドラゴンに突き立てんとはしる。

 

 ワイバーンよりもはるかに小さなその体は、しかしその大きさに見合った小回りでもって、しばらくは巨大なドラゴン相手に善戦していた。

 ——やはり、あれだけのワイバーン集団と比べてもなお、この二人の方が強い。

 それはまさに、人間の限界を超えた聖英級マスタークラスと、さらにその上をいく伝説級レジェンドクラスの、その人外の実力の証左であった。


 しかしそれでも——それでもなお、ドラゴンはひたすらに強大で、強力無比であった。

 なんのことはない、ヤツは今まで、まるで本気など出していなかった。

 なんなら今だって、本気のその半分も出していないのかもしれない。

 それでも——少しずつ動きを上げていくドラゴンに、二人の状況はどんどん苦しくなっていき……

 ついに、ランスリータが攻撃を食らい——その身を撃墜させた。


 ——…………死んだ、か。


 生命反応が完全に消失した。……ランスリータも、死んだ。


 ……違いすぎる。

 スピードが、パワーが、タフネスが、そしてなりより……“攻撃力”が。

 なにもかもが、圧倒的に上。


 ——これが、ドラゴン。


 ——これが、“最強”の名を冠する、魔物モンスター


 ——ただただ、圧倒的に……強い。


 一人残ったイスタは、もはや完全に防戦一方だった。

 ドラゴンの攻撃をかわして、躱して、躱して——食らった。——クソッ、イスタまでがやられ——て、ない……?


 イスタはまだ生きていた。

 確実に攻撃が当たっていたはずだが……?

 ——いや、あれは……?!


 風を纏っていたイスタは、今はもはや、風そのものになっていた。


 ——あれは……“風気同化エアロ・トランス”かっ?!


 どうやらイスタ、彼女は……『風気操士エアロウィールダー』——“風使い”のジョブを、上級職スペリオールに至るまで極めていたらしい。

 『風気操士風使い』の上級職、『真風気操師グレート・エアロウィールダー』、その奥義——“風化トランス”。

 自身に風を纏い、まさに風の速度で移動する“風纏装色エアロフォーム”、風使いの奥義の——その更に進化系。

 風を纏う——を超え、自身を

 まさに風そのものとなった彼女は、一切の物理攻撃を無効化する。——非実体化する。

 ——というより、今の彼女には、非実体を攻撃出来る『ホーリー』もしくは『ダークネス』の属性か、あるいは『エアロ』の弱点属性である『重力グラビティ』属性による攻撃しか効かない。


 ……確かにこの技を使えば、いかにドラゴンが強かろうが、それらの弱点を突かれない限りは無敵だ。

 こちらの攻撃も効いていないが、向こうの攻撃も効かない。勝てはしないが、負けることもない……。

 しかし“風化トランス”は、——あるいは奥義と呼ばれる程の——かなりの高等技術を要する技であり、切り札とも呼ばれるそれは、発動する使い手に多大な負担をかける。

 あの状態を維持している間は無敵に近い反面、実のところ、その消耗具合は極めて激しく——当然にして、長くはもたないのである。


 果たして彼女が耐える間に、オレ達は逃げ切れるだろうか。

 そもそも……逃げるべきなのか?


 イスタがオレ達に逃げるよう言ったのは——オレ達が参戦したところで大した意味がないというのもあるだろうが——報告のため、誰かは生還させる必要があるからだろう。

 だからこそ、自分の命をけて、あのドラゴンに立ち向かった。


 いや、元から勝ち目などないことは分かっていたのかもしれない。

 それでも……出来る限りの足掻きをするという決意なのか。


 そこでオレは——チラ、と、同行している二人を見やる。

 二人はオレの先導に従い撤退しながらも、折を見ては“繋がりリンク”を通して、戦う二人(今や一人となってしまったが)を魔法で支援していた。

 この二人も、やはりまだ諦めていないのだ。


 無論、このオレとて、最後まで諦めるつもりはない。

 しかし現実は非情であり、冒険者を生業なりわいとした以上は、いつでも死ぬ覚悟も出来ている。

 だからこそ、脳内の一部では冷静な思考が——イスタが落ちればそこで終わりだ——と、オレに告げていた。そして、それは正しい。

 どれだけ離れようとも、イスタの足止めが終われば、ドラゴンの飛行能力であればここまですぐに追いつく。


 可能性があるとすれば、イスタがドラゴンを引き留めている間に、ドラゴンの感知範囲より外に出て、そこで隠密に徹することが出来た場合か。

 しかしドラゴンというモンスターは、単純にその戦闘力だけではなく、魔法も扱えるほどの知能の高さや、逃げ隠れすることすら困難な機動力や感知力の高さも、その圧倒的な脅威に付随する要素として挙げられるのである。

 

 ドラゴンが感知をおろそかにするほど接戦を演じているのならともかく……そうでないのなら、助かる可能性は極めて低いと言わざるをえない。

 そもそも、ドラゴンがイスタにかかるのをやめて、こちらを狙う可能性もある。実際のところ、イスタにもオレ達にも、それを防ぐ方法もない。

 今だって、ドラゴンを刺激しないように地上をコソコソと目立たないように進むことで、なんとか見逃してもらえますように——と、祈りながら撤退しているに過ぎない。

 つまりは結局、オレ達がまだ生きているのは、ドラゴンの気まぐれであり、ただの幸運でしかないのだ。


 すでにオレの心の内は、その大部分が諦念ていねんに支配されていた。

 それでもわずかに残る意地と、今も戦っているイスタの決意に報いるべしとする想いが、オレの足を前に進めていた。


 そんな、もはや祈るようにイスタの様子を確認していたオレの感知に、その時、ノイズがはしった。

 すぐにそのノイズの元を確認してみると——これはっ、まさか、か……?


 まだ生きているヤツがいた……?

 いや、可能性があるとすれば、一人しかいない。——あのルーキーだ。


 オレの予想を裏付けるように、それからすぐに、死んだと思っていた相手より、念話が届いた。


 。

 。

 。


 どうやら、あのルーキー——ユメノは、最初の攻撃を無傷で生き延びていたようだ。

 しかし無事だったというわけでは全然なく、むしろ失神あるいは戦闘不能に近い状態になっていたため、今まで潜伏していたらしい。

 だが、今はなんとか戦えるほどに回復したので——なんと、これからあのドラゴン相手に戦いに行くという。

 止めることは出来なかった。死んだ仲間たちの仇を討つ——そう言われたら……オレにはなにもかける言葉はない。

 情報を共有した結果、彼女はすぐさま、戦うことを決意していた。仲間達の無念を晴らすために。


 オレ達は、出来る限りの援助をした。

 魔法使い二人は、“繋がりリンク”を通して、彼女にかけられる限りの強化バフと支援をほどこしていた。

 オレは魔法は使えないので、これまでに見たドラゴンの戦う様子を、なるだけ詳細に彼女に伝えた。


 そして、彼女へ施せるすべての援助を終わらせたところで——


 ついにイスタが、ドラゴンの攻撃によって、その身を地に落とした。


 ——あのドラゴン……魔法を使った……! それも、あれは、重力魔法か……?!


 イスタのトランスはまだ継続していた。それでもやられた。

 突いたのだ、弱点を。

 いや、それくらいのこと、あのドラゴンに出来ないはずはなかった……。

 あのドラゴンは、ドラゴンの中でも特に強力なドラゴンだろう。

 基本性能、使える魔法、そして知性。

 すべてが極めて高いレベルにある。いまだ、その全容を明かしていないほどに。


 イスタの敗北と前後して、すでにユメノは、ドラゴンの元へ向かっていた。

 このルーキーは、ルーキーとは思えない実力を持っていた。

 “死鎌の尾鞭獣テイルリーパー”を圧倒し、“潮騒の水蛟龍ハイドロシーサーペント”とも渡り合った逸材。

 その戦闘の実力だけを見れば、あるいは聖英級マスタークラスにも匹敵する可能性があるほどだ。

 それでも……あのドラゴン相手だと……さすがに……


 ——しかし。

 もはやオレ達にとっての希望は、彼女しかいない。

 彼女が負ければ、オレ達は全滅する。


 ——どうか……倒してくれ……ユメノ……!


 ——もしも、もしも君が、あのドラゴンを倒したなら、その時は……


 駆け出しルーキーにして、竜を狩りし者ドラゴンスレイヤー、なのか……。


 ——それはそれで、まるで、悪い冗談かなにかみたいだが。


 これまでの彼女の、いつでも明るく楽しそうに振る舞っていた様子を思い出して——なんだか案外、それもあり得そうな気がして。


 こんな状況なのに、オレはちょっとだけおかしくなって、少し笑った。


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