第52話 それ多分、人気投票がずっと八位になる呪いにかかってしまうやつ



 聞き慣れたメロディで着信を告げる、あーしのスマホ。

 

 画面には、誰からの着信とは表示されていない。非通知——とすらなく、そこはただの空白になっていた。


 少しの逡巡しゅんじゅんを挟んで——あーしは“応答”の文字に触れた。


「……あ、あのー、も、もしもしぃ……」

『……』

「あ、アレっ? あ、あの——」

『あなたは、明晰夢を見たことはある?』

「——、えっ?」

『この世界は、寝ている間に見る通常の夢とは少し違うのだけれど、それでもあなたの夢が元になっているのは間違いない。夢を夢と自覚している今のあなたなら——明晰夢の中で自分の想像を実現するかのように——この世界を操ることも、不可能ではない』

「は、はぁ……」

『この世界の外——つまり、現実の世界に戻るには、まずはあなた自身が、自分の力を覚醒かくせいさせなければならない』

「か、覚醒カクセイ? っすか……?」

『そうすれば夢からも覚醒できる』


 ——えっ、いきなりのダジャレ……?


「——あっ、アノっ、そ、それってつまり、どーゆう……」

『詳しくは、直接会ってから話す。すぐにまで来て』

「え、どこまで……?」

『それは。——じゃあ、よろしく』


 そして電話は切れてしまった。


 ——えぇ? えっと、見れば、って、何を……?


 あーしは混乱しながら、通話を終えたスマホをとりあえずしまおうとして——その画面には一件の通知の表示が。

 タップして開くと、マップアプリが表示された。

 マップの中のとある地点には、すでにピンが立っている。


 ——見れば分かる……ってのは、コレ……?


 このピンの位置は……こっからもそんなに遠くない場所だった。

 ——だけどそれは、あーしの周囲の“世界が存在している範囲”よりは、確実に外だった。


 

 あーしはとりま、そのピンの場所に向かった。

 もちろん、イロイロな疑問が頭の中を渦巻いていたケド……どっちにしろ、そこにいる人に聞くことになるハズだから、んならもう、すぐに行くっきゃねーし。

 

 あーしはすでに夜も深まった街中を、チャリをゴリゴリこいで進んだ。

 そしてほどなくして、ピンのあった場所に到着した。


 ピンの立っていた場所は、フツーの一軒家だった。

 初めて来る家だ。つまり、あーしの知らない人の家……のハズ。

 いや、もしかしたら知ってる人んかもしらんけど。家まで行ったことないだけで。

 あ、そーだ。表札、見れば分かっかな。


 軽く探したケド、無かった。


 ……うん、まぁいいや、入ろう。


 あーしは玄関に行くと、とりまインターホンを押す。

 すると、少ししてから『……どうぞ、二階にいるから』と、さっきも電話越しに聞いた声がこたえた。


 あーしは玄関から家の中に入ると、そこで靴を脱いでから、すぐ目の前にあった階段を登って、二階に上がっていく。

 一階に他の人の気配は無かった。ある気配は一つ。二階の一室から。

 まあ、そこだけ電気がついてるってコトなんだケド。


 あーしは明るい光を漏らす部屋の前まで来ると——ひと呼吸の間止まって、気分を落ち着けてから——その扉を開いた。


 中はフツーの部屋だった。

 おそらく……あーしと同年代の女の子の部屋、だと思う。

 軽く見回してみれば、どーもそんな印象を受ける。

 だけど、やっぱり中でも何よりイチバン目を引くのは、ベッドに腰掛けている一人の人物だった。


 その人は、あーしが今まで見てきた中でもイチバンにインパクトのある第一印象を、あーしに与えてきた。

 まずカラーリングがヤバい。

 髪は銀髪ギンパツ、肌は褐色、そして瞳の色は……金。

 服もまるで見たことがないカンジの服。少なくともフツーの洋服ではない。まるで、どこか遠い国の……不思議な職業の人が着てそーって思う。

 そしてその顔立ちは、それこそ夢の中から出てきたんかとゆーくらいに……そう、まるで、想像から生まれたと言われても納得なホドの……とにかく、そう、ビックリするくらいに幻想的に——美しかった。


 そんな彼女(——タブン。……だいぶ中性的なので、もしかしたら……?)に、あーしは真っ正面から見つめられていた。

 その視線を受け止めた衝撃は大きくて、思わずその金の瞳に吸い込まれていっちゃいそーな錯覚を覚えるレベルだった——ケド、あーしはその衝撃により固まるコトはなく、むしろ反射的に口から言葉が飛び出した。


「うわっ、めっちゃキレーな瞳してんね!? てかその銀髪もめっちゃキレーだし、すっげー似合ってんね?!」

「それなら、あなたのその黒髪と黒い瞳も、素敵だと思う」

「えっ、黒?」


 言われて自覚した。

 うわマジだ、今のあーしって黒髪に戻ってんジャン。


「まだ慣れていないから……あなたにとっての自分の姿が、そのような形になる」

「な、ナルホド……?」

「夢の世界では、自分の姿は自己認識によって変化する。当然、現実と乖離した姿になることもある」

「う、うん」

「あなたはまず、現実の自分と同じ姿を取り戻す必要がある。まずはそこから」

「は、はぁ……」

「じゃあ、現実の自分の服装や持ち物をしっかり思い浮かべて。——それを身につけている自分を」

「あ、えっと……今から? すぐ?」

「時間に余裕が無いことは、すでにあなたも理解しているはず。ここは現実ではないから……もしもあなたが——気合いと根性さえあれば、いくらでも徹夜出来る——なんて甘い考えを持っているなら、すぐに捨てるべき」

「や、タイムリミットがあんのは、あーしも分かってるケド……んでも——」

「ここから出ること以上に、他に一体、なにを気にすることがある?」

「いや、そりゃとーぜん——」

「そう、あるはずがない」

「いやあるある! つーか目の前にいる!」

「あなたの目の前には、あなたの命の恩人となるであろう、銀髪がトレードマークの頼りがいのある夢先案内人しかいない」

「ソレソレ! その素敵な頼れる案内人のことがイマめっちゃ気になってんだわ! あーし!」

「注意散漫になるのはいけない。これからすることには、高い集中力が必要になる」

「いや、だけど……」

「……そんなに気になる?」

「そりゃぁ……ハイ」

「なら、仕方ない……」

「おぉっ——!」

「部屋の外で待ってるから、出来たら教えて」

「——ええぇっ!?」

「視界に入ると気になるんでしょう?」

「そ、そうだけど……、——い、いやっ、視界から消えたくらいじゃ、ゆーて変わらんって! もう存在がこびりついてるんよ! 部屋の外にいよーが気になってしょーがないんやって!」

「人のことをよごれか虫かのように言うのは酷いと思う」

「——いやそれはスマン。そこはマジで、言い方がヘタクソすぎた自覚はアル……」

「そこはちゃんと反省して。——それで、あなたを助けにわざわざやって来た案内人の、なにがそんなに気になる?」

「なにが、ってか……いやもう、全部っすケド」

「せめて一部にして」

「なかなかムリゆーね!?」

「あなたには言われたくない。あなただって、あの占い師にはずいぶん無茶を言っていた」

「うぐっ……こ、これがブメーラン……刺さるっ……!」

「……仕方がない。それでは一つ——一つだけ、あなたの質問に答える。それでひとまずは満足して」

「えー、一つだけー? ……ケチィ」

「……どうやら、誰のための配慮なのか理解していないらしい。——グズグズしていたら、あなたは永遠にここの住人になってしまう。……あなたと違って、こちらは別に、いくらでもゆっくりしていたって構わないのだけれど……なんなら、やっぱりここで一生を過ごすことにする?」

「いえりょーかいっす。一個でマンゾクっす。格別のご配慮がマジサイコーです、ホントにありが——」

「いいからさっさと質問決めて」

「——ウッス」


 いやそれはそれでクソ悩むやん……!!

 いやマジ、なに聞く……??

 マジで聞きたいことが山ほどあるんやケド……一個だけ!?

 

 いやまずアナタは誰なのって……コレ聞いて、答えてくれるんか……?

 ——なんであーしを助けてくれるの? どっから来たの? その服はなに? あーしとどんな関係が? てか会ったことないよね? ——いや会ったコトあったらゼッタイ忘れねーってこんな人。初対面ならマジでどーゆう流れでこの人がここに来たんよ? そしてこの家は誰の家なん? てか名前は? 自己紹介すらしてねーが? つーかどっち? の人? それともの人? てかやたらワケ知り顔と態度っすけど……アンタはマジで、何者……? 正体はナニ……?

 というか、そもそも——


 ……?


 いやマジで、ここまできてソレ聞くのもアレだケド……

 ——いや、でも、これだけは聞いておかないと、か……。

 そこに確信が持てたら、まあ……他の疑問は、ゆーてすべて飲み込める。


 ——剣くんがない状態で聞いたら、嘘言われても見抜けないかもだケド……


 ——あっ、そーだ、あーしには“鑑定”があるじゃナイ!


 鑑定なら——


「——遅い。悪いけど、これ以上待たせるなら、質問は打ち切る」

「えっ、ちょっ、待っ——」

「待たない」

「——ってくれナイっ」


 ならもうコレっ、いったれ——!


『“汎用鑑定ノーマルアナライズ”』


……(——!)


 判定……結果——


 不明???——『???不明

 不明???——『???不明

 不明???——『???不明

 不明???——『???不明

 不明???——『???不明


 ほ わ あ ぁ ぁ ? ? !


「……で、が“質問”ということ——?」

「えっと、う、その……」

「これで、満足した?」

「い、いや……」

「……」

「……お、怒ってる……?」

「それが質問?」

「あ、いや——」

「……怒ってはいない。——ああ、それに、これは質問の回答には数えないであげる。……だから、いまからすぐに言うなら、まだ質問は受け付ける」

「——っそ、それじゃ、あの、アナタは……あーしの、“”、で、イイ、の……?」


 あーしの質問を聞いた彼女は、少し驚いたような反応をして、それから少し口元を歪めると——微笑ほほえんだ。

 しかし目元はまったく笑っていなかった。

 ——だけどそんな表情も、すごくサマになるナ、コノ人……。


「——なるほど……それが気になるなら、集中なんて出来るわけがない。それは当然——敵かもしれない相手がいる場所で、しかも、敵の言いなりになってしまいそうなんだとすれば、それは——」

「あの、お、怒った……?」

「……いいえ。——確かに、事をくあまり、肝心なたった一言が抜けていた。『あなたを助けに来た。もう大丈夫。安心していい』——この一言が」

「……っ! ぱっつぁん……!!」

「待って、呼び方は……! 唐突に、なぜ……?」

「え、いや、銀髪だから、ぱっつぁんかなって」

「……銀髪なら、銀さんでは?」

「へ? まあ、確かに……? え、そっちがよかった? そんならまー、そー呼ぶケド」あーしがそう言うと——

………………………………(——別に、新八も嫌いではないけれど。…………………………………………でも、メガネもかけてないのにそう呼ばれるのは……)」なにやら彼女は無言で考え込んでしまった。

「……えっと……?」

「……じゃあ、呼び名は“銀さん”の方にして」

「あ、うん、分かった」

………………………………(——でも、メガネをかけた時なら、………………………………ぱっつぁんと呼ばれるのも、あるいは……)

「ん……? あの、どーかした……?」

「……別に、なにも。——さあ、質問はこれで終わり。じゃあ、これからすぐに、脱出に向けてのレクチャーを始めるから」


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