第41話 とっさの時に、人の本性が出る



 わたしから話しかけられたオリビアはすさまじい慌て具合で、その口から出る返事は盛大にどもっていた。

 かと思えば、ことが“呪術シャーマニック”の話となった途端、突如として饒舌じょうぜつな早口に変貌した。——まあ結局、どっちも聞き取りづらいことに変わりはないのだけれど……


「——な、なるほど。“呪怨響傷グラッジエコー”を使ってみるわけですか。はぁ、はっはぁ、ふぅむ、それはアリかもしれない。あぁ、なるほどぉ……」

「ど、どうかしら? 試してみる価値はあるんじゃない?」

「はぅ、そうですね。確かに、この術を上手く使えば、……かもしれません、フフ……ええ」

「でしょう? それで、術の構成は、あなたにも手伝ってもらいたいんだけど——」

「しかし、問題がありますね。この術を発動させるためには、触媒しょくばいを用意する必要がありますが……使えるものがない気がします、ね? ね?」

「ええと、だからそこは、前衛の武器に“付与エンチャント”するって形にしたいんだけど……ど、どうかしら……?」

「のっ——!? ……“呪怨響傷グラッジエコー”を“付与”、ですと……? ンフフフっ、フヒッ、なるほどぉ、それなら確かに、あの水成体へのダメージがそのまま本体に届くかも……おっ、おおぉ〜、——。あぁ、そ、その発想はなかった……ぬぬぬ、にゅ」

「……、それで、どうかしら、可能そう? わたしもちょっと、そこが自信ないというか……」

「ふむ……いえね、あなたもご存じの通り、“呪術”には“付与”に類する音節リリックがありませんのですが、そこは——」

「もちろん、そこはわたしが担当するわ。だからあなたには、術の根幹である“呪怨響傷グラッジエコー”の方の術式構築コードアセンブルをやってもらいたいの」

「……では、“共同詠唱コンチェルト”をするということですか……あなたと、私で」

「そうよ。……ダメかしら?」

「いえ全然? 構いませんよ。面白いこころみです。是非とも試してみるべきでしょう。フヒヒ……腕が鳴りますねぇ……」

「そ、そう……。それなら、さっそく取り掛かってもらっていいかしら。その間わたしは、みんなにその事を通達しておくから」

「あ、はい、それはお願いします……。——さぁて、どんな構成がいいかなぁ……武器に“付与”するとなると、やっぱりそれなりの——」


 何やらブツブツと呟いて自分の世界にこもってしまったオリビアのことは、さて置いて。

 

 わたしは、前衛陣に——試したいことがあるから、これから武器に“付与”をほどこすので、そのつもりでいてくれ——ということを、“念話テレパス”で伝えた。

 現状に手詰まりを感じていたであろう前衛陣は、あっさりとわたしの提案を受け入れた。

 ——約一名、いきなり頭の中に声が聞こえたことで、何やら騒いでる“念話テレパス”初体験のルーキーユメノとかもいたけど。


 そして、わたしとオリビアは、二人がかりで構築した呪文スペルを放った。


『“呪怨響傷付与グラッジエコー・エンチャント”』

 

 発動した呪文は、“同調の契りリンクス・コネクト”の“繋がりリンク”を通して、前衛陣の武器に対して特別な効果を“付与エンチャント”することに成功した。


 ——さて……果たして、思惑通りの効果を発揮するかしら……? いや、発揮してもらわないと困るわ……! お願いっ、上手くいって……!!


 今回使った呪文のキモである“呪怨響傷グラッジエコー”は、いかにも呪術らしい呪術と言える術式だ。

 その効果を簡単に言うと、“対象にゆかりある品を介することで、(離れていても)対象そのものに影響を及ぼすことができる”、というものだ。

 通常の使い方としては——まず、対象ターゲットとする相手の体の一部や愛用する品、あるいは肉親などを、その対象へ近い性質を利用して特別な“触媒”へと仕立てる。その触媒が完成したら、あとはその触媒を介することで、離れていても対象本人にのろいをかけたり、触媒へのダメージをそのまま本人に降りかからせたりすることができるようになる——という感じで、いわば、呪受体を作成するための術なのだけれど。

 

 今回は、本来の「触媒を作成する」という手順を変更して、武器にその術式の特性を“付与”してしまうという荒技を実行した。

 本来の手順と違うので、かなり高度な技術が必要な詠唱となったが、そこは彼女オリビアが協力してくれたことでなんとかなった。——さすがは本職の『呪導師アークシャーマン』だわ。彼女、かなりの腕前だった。

 “呪術”では“付与エンチャント”が出来ない(それは“魔術メイジクラフト”の領域なのである)ので、そこだけはわたしが手を貸したけど、実際のところ、術が成功したのはほとんど彼女の功績と言っていい。

 じかに触れてみて感じた、彼女オリビアの実力は、この天才わたしを持ってして驚嘆きょうたんに値するものだった。……まあ、そう、呪術に関してはね。


 さて、それでは肝心の呪文の効果なのだけど……効果自体は単純——“この呪文の付与された武器であの水龍を攻撃したら、そのダメージが”、というもの。

 実際のところ、どれくらいのダメージが本体に入るのかは未知数だ。おそらく、本来の攻撃の威力よりは数段低い値となるであろう。

 それでもまったくの無影響ノーダメージだった今までと比べれば……と、思うしかない。


 

 武器に付与が成功した確かな手応えを受けて、わたしは効果をその目で確認するために、祈るように戦況を見つめる。

 しかし、すぐには成果を確認出来なかった。なんと言っても、戦場の状況は苛烈を極めている。前衛陣はそもそも敵の攻撃をさばくので精一杯であり、なかなか簡単に攻撃に移れるような状況ではないのだ。

 “付与”の特性として、なるべく武器で直接攻撃した方が効果が高い、というのは事前に通達しておいたけど……難易度の高い直接攻撃を使えるのかという以前に、そもそも攻勢に出ること自体が難しい状況だ。

 

 わたし自身、呪文の詠唱に取り掛かっている間は他の支援が出来なかった。その分の影響も、劣勢となっている原因の一つかもしれない……。

 だが、今はもう、わたしも戦線に復帰している。前衛が攻勢に出れるように余裕を生み出すためにも、わたしが助力しなければ……!


 わたしの加勢が効いたのかは分からないが、程なくして、最初の攻撃を水龍にかました人物が現れた。

 一番槍をになったのは、やはりというか、“竜嵐ランスリータ”だった。

 

 彼女は、水龍たちの熾烈しれつな攻撃の合間を縫うように一瞬の猶予を見つけると、“付与”を受けた自前の武器である槍と一体となったかのような突撃チャージを敢行し、竜の首の一つを吹き飛ばした。

 ——その時、この戦闘が始まって以来初めて、水龍が攻撃を受けたことに対して

 すなわち、破壊された水龍が即座に復活せず、さらには周囲の他の水龍たちも、一瞬、その動きをにぶらせたのである。


 その隙を見逃すはずがなく、他の面々も直ちに攻撃に移った。

 “繚乱トランシェ”の剣の一閃により、水龍の首が一撃の元にはね飛ばされる。

 “武踊サーヴァル”の両拳同時の突きにより、これまた一体の水龍の首が弾け飛ぶ。

 さらには、ずっと守りに徹していた“聖壁マスカトール”さえも、手に持つ大楯を盛大に投擲とうてきし、一体の水龍を吹き飛ばす。

 そして……それまで必死に逃げ回ってなんとか生き延びていた感じのユメノは、ここぞとばかりに手に持つ剣を思いっきり投擲して——放たれた剣は複雑かつ自在な軌道を描き——なんと! 残りすべての水龍の首を、全部まとめて一投の元に粉砕してしまった……!


 全員の一斉攻撃を受けて、すべての水龍が撃破された。

 一度に全部の水龍が倒され、意思なき水にかえったことで、大空洞の広間の中は水浸しになっている。

 しかし前衛陣は一人として油断しているものはおらず、びしょ濡れの体にも構うことなく、皆ただ一点、水龍の湧き出ていた穴を凝視していた。

 

 今までは水龍の根元にあり、水によって満たされていたその穴からは、しかし、ついぞ新たな水龍が出現することはなく……どころか水がどんどん引いていっていた。


 ——これは、まさか……倒した? や、やったの?!


 ——とにかくあの“付与エンチャント”が効いたのは確かだわ! ……でも、こんなに一気に倒しちゃうくらい効果覿面てきめんってのは……自分でもちょっと違和感があるんだけど……


 ……まあ、そうはいってもウチの前衛陣もかなりの実力者揃いだから、ちゃんとダメージが入りさえすれば、けっこうこんなものなのかもしれないわね。

 あるいは、力の大半が水を操る能力に特化していて、“生命力ライフ”は低いモンスターなのかも……?

 完全に倒せたのかはまだ分からないけど……とにかく、大打撃を与えられたのは確かなようね。


 他のみんなも大方おおかたわたしと同じように考えたようで、少しずつその場の雰囲気も戦闘時の緊迫したものから変化していっていた。

 誰からともなく、お互いの顔を見合わせたりして。——それじゃあ、追撃するなり、いったん立て直すなり、とにかく次の行動に移りますか……? なんて空気が生まれようとして——、


『“総員警戒ッ! まだ終わっていないッ!! ”』


 突然の——“影瞳スニィク”の“念話テレパス”による——警告が、脳内に響いた。

 それとほぼ同時にスニィクは、自分の感知した事実を、テレパスによって言葉ではなく心象イメージとして直接わたし達に伝えてきた。

 それは——水龍達の出現した穴のその奥より、こちらに向けて怒涛の勢いで押し寄せて来ている……荒れ狂うおおみずのリアルなイメージで……


 ——なっ、な……何これ……?!!


 瞬間的にわたしは、その水が“幻物”ではなく現実リアルの水であることを直感した。


 スニィクに見せられた映像の衝撃は大きく、わたしはとっさに行動を起こすことが出来なかった。

 ——いや、そもそもが、行動を起こすには圧倒的に足りなかった。覚悟も……時間も。

 なぜなら、大水がこの場に押し寄せるまでには、ほんの幾許いくばくかの猶予しかなかったのだから。


 しかし、前衛陣はその僅かな猶予に瞬時に反応してみせた。

 わたし達のいる穴に一番近かった“聖壁マスカトール”は、穴の内部に入り込むと、その場で障壁を展開する。

 残りの四人は、それぞれ上方に跳び上がって襲い来る大奔流をなんとか回避した。


 しかしその後も、水は途方もない勢いと量で止まることなく流れ込み、あっという間に大空洞を埋め尽くしていく。

 わたし達のいる横穴は、障壁により水の侵入をなんとか防いでいたが、それも長くは持ちそうになかった。

 早急に対処しなければ——と思うわたしの脳内に、その時、悲痛な叫びのようなものが木霊こだました。


 ——これはッ、ユメノッ……!?


 “同調の契りリンクス・コネクト”を通して伝わってきたのは、ユメノの感情——焦り、恐怖、困惑、……そして、苦しみ——それらが一瞬、わたしの感覚と共鳴リンクした。


 ——アイツッ、ッ!


 ——!


 わたしはそれまでの考えや目の前の状況のすべてを放棄して、ただユメノの状況を想い、そして必要な処置を瞬時に模索する。


 ——水にまれて流されてる、息が出来なくて苦しんでる、ならまずは、呼吸を確保する——!


 “颯唱”と謳われる“颯の如く疾き詠唱”に相応しい速度で、わたしは呪文詠唱を終わらせる。そして放つ——


『“気泡の衣バブルウェア”』


 “繋がりリンク”を通して、ユメノに限らずすべてのメンバーに対して——“空気の衣を全身にまとい、水中でも呼吸が可能になる”——術を行使した。

 その後すぐにユメノの内心が安定した事を感じて、わたしはホッとする。

 しかしすぐに意識を切り替える。依然として事態は逼迫ひっぱくしている。

 ユメノはどんどん遠くへ流されていっているし、広間はすでに完全に水に埋まっているし、わたしたちの居る横穴も、水の圧力によって今にも障壁が決壊しそうだ。


 判断を迫られていた。

 どこから手をつけるのか。一番優先するべきはなにか。今、自分がなすべきことは何か……!

 ——迷った時は、直感に従え。

 それは、わたしがこれまで冒険者をしてきた中で、たどり着いた一つの答えだった。


 瞬間、迷いを振り切ったわたしは、一つの呪文を唱えた。


『“再逢の誓いオース・リユニオン”』


 しくもそれは、わたしが苦手としている“呪術”の呪文で。

 さらに言えば、今までのわたしにはまるで必要のない効果の術だった——。


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