第40話 フハハハァッ、ン無駄無駄ァ! いくら攻撃しようがァ、効きはせんのだァ!



 偵察役サーチャーのスニィクが敵の気配を察知して、しかもすでにこちらも補足されていると分かると、わたしたちは移動を急いでそこへ向かった。

 スニィクの案内に従ってわたし達がたどり着いたその場所は、戦いやすいように開けた空間が広がった大空洞だった。

 その空洞には、わたし達が出てきた穴以外にも、いくつもの横穴が接続していた。横穴に限らず、天井や地面にも大小さまざまな穴がいくつも空いていた。

 そんな大空洞にたどり着いてから、すぐさまわたし達は戦闘準備を始める。


 まずは前衛組に魔法で強化バフほどこしつつ、安全な横穴を一つ選んで、その入り口に簡易的な防御結界の魔法陣を敷いておく。

 後衛などの面子は、この横穴の中から援護する。広間の中で戦うのは、前衛の四人だけだ。

 

 細かい役割としては、“武踊サーヴァル”が回避盾役フラッターとして敵を引きつけ、“繚乱トランシェ”と“竜嵐ランスリータ”の攻撃役アタッカー二人が遊撃、“聖壁マスカトール”はこの横穴の前に陣取って、敵の攻撃から後衛を守る。

 そしてわたしを含めた後衛は、穴の中から援護する、という布陣だ。

 

 ちなみにユメノは、役割ロールとしては前衛だけど、最初からいきなり前に出すのは……ということで、まずは後衛と同じところで待機することになった。


 

 慌ただしく準備を終わらせたところで、その魔物モンスターは現れた。


 最初に聞こえたのは、ゴゴゴゴ、と何やら水が流れているかのような音だった。

 その音が近づいてくるにつれて、どうやら流れて向かってきているのは相当な量の水らしいと分かった。

 そして水音はいよいよ大きくなって、ついに一つの横穴から、大量の水が噴き出した。

 

 最初は鉄砲水でも流れ込んできたのかと思った。しかし違った。

 モンスターが水に乗って現れたのか。いや、そうでもない。

 飛び出してきた水はその勢いのまま空中でうねると、重力を無視してその場に形を成していった。それはまるで、蛇のような、あるいはそう、龍のような——そんな姿をしていた。

 

 ——……?!


「なっ、何よこれ……っ?!」


 思わず口から、疑問の声が漏れた。


 これは……何? モンスター、なの?

 水の体を持つようなモンスターというのも、確かに居ないわけじゃないけれど……じゃあコイツは、“魔素族エレメンタラー”に属するモンスターの一種……?


 わたしはまず“鑑定”を試す。


『“汎用鑑定ノーマルアナライズ”』


 判定……結果——『“幻物ファンタズマ”の水』


 ——ッ?! どういうこと……っ!?


 “幻物”ということは、つまりこの水は、魔力によって生み出されたまぼろしの水ということだ。それって——


「これは……! もしかしたら、『潮騒の水蛟龍ハイドロシーサーペント』かもしれません! 仮にそうだとしたら、危険度Lvデンジャーレベルが50を超える難敵です! 最大の警戒をして下さい!」


 イスタの放った言葉を聞いて戦慄する。


 ——レベル50を超えるモンスター!? 何それっ! ヤバすぎるでしょ……?!


 わたしが戦慄している間にも、戦闘は既に始まっていた。


 水の体を持つ龍は、まず最初にサーヴァルに襲いかかった。


「んにゃっ!」


 頭から突っ込んでくる水龍を、サーヴァルは華麗に飛び上がってかわした。

 水龍は連続してサーヴァルに突撃していく。しかし彼女は、ひょいひょいと危なげなく躱していく。


「水を操るモンスターか……では、これでどうだい?」


 トランシェはそう言うと、水龍にむけて剣を振りかぶる。

 すると、剣先より冷気を帯びた魔力の刃が出現する。そして、その長大な間合いでもって、人など丸呑みに出来る太さの水龍の極太の胴を一閃した。

 冷気の刃は一瞬、水龍を素通りしたかに見えた。しかし次の瞬間、刃の抜けた部分が凍りつく。すると斬られた先の首は形を失い、ただの水へと戻り地面にぶちまけられる。


「さて、これで倒せたら苦労しないんだけれど……」


 ガリッ、という音と共に、斬られて凍りついた断面部が地面に落ちた。

 凍った部分が捨てられると、すぐさま新しい首が生成された。


「やっぱり……どうやら、この水の体には攻撃しても意味がなさそうだね。一応は、凍った部分は操れなくなるようだから、完全に無意味でもないようだけれど……」


 水龍が今度はトランシェの方を向いて、そちらを標的にした。その時——


 ——閃光。


 強烈な光と共に放たれた衝撃により、水龍の体は根本から弾け飛んだ。——ランスリータの攻撃だ……!

 水龍をかたどっていた水は力を失い、地面に崩れ落ちた。


 ——た、倒した……?!


 そう思ったのも束の間、次の瞬間には、新たな水龍が元の穴より出現する。

 とか思っている内に三体目が現れた。最初に水龍が現れた穴からは、今や三つの首が飛び出していた。


「——やはり効かんか……コイツが“潮騒の水蛟龍ハイドロシーサーペント”だとするなら、狙うべきは実体部分だ。この水の体を操っている本体が、どこかにいる」

「なるほど……しかし、これはどうにも、本体は奥の方に引っ込んでいるみたいじゃないかい……?」

「てか首! 増えてるにゃ! これ全部あちしが引きつけるのはキツ——ってアブにゃっ!?」


 三つに増えた首との戦闘が始まった。

 戦闘の内容は、中々に厳しいものとなっていた。

 

 なにせ水龍には攻撃が通用しない。攻撃によってその体を吹き飛ばしても、すぐに復元される。

 水を凍らせたら、氷になった部分は操れなくなるようだった。しかし結局は、凍った部分は切り離されてしまうし、新たな水もどんどん追加されるので、効果的とは言えない。

 さらには首の数自体も、三つに限らずそれからもどんどん増えていった。今や八本以上の首が、縦横無尽にこの大空洞の中を暴れ回っており、もはやこの大空洞ですら手狭になってしまっている。


 わたしも横穴の中から攻撃を放って援護をしていた。

 だけど、いくら首を吹き飛ばしても、まるで痛痒つうようを与えていないのは明白で、ただただこちらが疲弊していくだけだった。

 

 それに、あまり攻撃し過ぎると今度はこちらが狙われる。

 多少の攻撃なら、入り口に張ってある結界と、その前に居る“聖壁マスカトール”が防いでくれる。

 しかし首が増えて相手の攻撃の勢いが増していくにつれて、その守りも厳しくなっていた。


 そしてついには、その守りも破られた。

 三つの首が同時に襲いかかってきて、マスカトールが入り口より吹き飛ばされた。同時に、入り口前に張った結界も消滅する。

 ——マズい! と思った時には、すでに新たな水龍がこちらに攻撃を放とうとしていて——


 その時、わたしの横を何かが通り過ぎた。

 横穴より飛び出したその人物が抜剣と同時に放った飛ぶ斬撃によって、その水龍の首は弾け飛んだ。


 ——ユメノ!!


「あっ、ユメノさん!」

「イスタさん! あーしもちょっと加勢する! 別にいーよね!?」

「い、いいですけどっ、気をつけて下さいね!」

「うん、りょーかい!」


 そのままユメノは、広間の中での戦闘に加わった。


 ——ユメノっ、だ、大丈夫なの……?


 ——……いや、なんか、大丈夫そう、ね?


 最初こそ心配したけど、ユメノは問題なく戦えていた。広間の中を動き回って水龍の攻撃を避けて、反撃でその首を飛ばしている。

 わたしはてっきり、ユメノは技量テクニックに傾倒した使い手なんだと思っていた。だけど……実際の戦いぶりを見たところ、大技も使ったりと破壊力も中々のモノを持っているようだった。

 

 ——小型だけじゃなくて、大型にも問題なく対処できるのね……これは、ますますユメノの評価が上がっちゃうわね。


 ユメノが戦線に加わったことで、状況は少しこちらが優勢になった。

 相手も首が十本を超えてからはそれ以上増えることもなく、状況は拮抗していると言える。

 エリーゼの協力を受けて結界も張り直せて、とりあえずは一安心といったところだけど、依然として攻略の糸口が見えないのも事実だった。


 結局のところ、水龍にはいくら攻撃しても意味がない。

 いや、まったく無いこともないのかもしれないけど、このまま水龍を相手にしているのでは、消耗戦にならざるを得ない。

 相手の強さを考えれば、ソレは明らかにこちらに不利でしかないだろう。


 どうにもこのモンスターには本体がいて、そいつは水ではなく実体の体を持つらしい。

 だから、その本体を攻撃するべきなんだけど……どうもその本体は、水龍の出てきている横穴の、その奥深くに潜んでいるようで、この場からでは攻撃する手段がなかった。

 他の穴から回り込もうにも、前衛なしでは厳しいだろうし、この拮抗状態から仕切り直すこと自体が、もはや不可能だ。

 逃げることすら無理なんだとすれば、この状態から倒す方法を見つけるしかない。


 なにか……ないかしら、このモンスターを倒す方法が……。

 ヤツの本体は遠方にいて、そこから水を操ってこの場のわたし達を攻撃してきている。

 操っている水の龍は、実物の水ではなく、魔力によって生み出された“幻物”によるものだ。ゆえにヤツから切り離された水は、そこに込められた魔力が尽きるのと共に消失する。

 水を生み出したり操るのにも魔力を消耗しているはず。だから水龍を削れば相手の魔力も削れる。

 だけど相手がどれだけの魔力を有しているかも不明だし、これほどの規模の攻撃を出来る相手なのだから、相応の魔力量を有しているはず。……やはり消耗戦では不利か。


 やっぱり、こうなったら本体をどうにかして攻撃するしかない。だけど、どうやれば……


 その時、“同調の契りリンクス・コネクト”を通じて飛んできた“念話テレパス”が脳内に響いたことで、思考の海に沈もうとしていたわたしは現実に引き戻された。


『“にゃぁ! 〈韋駄天の加護ハイスピードブレス〉が切れそうだにゃ、追加頼むにゃ! 今切れたらあちし死ぬにゃ! なるはやで頼むにゃ!”』


 後衛で魔法役メイジのわたしは、後方射撃以外にも様々な援護をしている。前衛に強化バフをかけてそれを維持するのも、わたしの仕事の一つだ。


 わたしはサーヴァルからの切実な援助要請を聞いて、瞬時に頭を働かせる。

 ——“韋駄天の加護ハイスピードブレス”は対象の“素早さアジリティ”の能力値ステータスを一時的に大きく強化する加護ブレス

 ——途中で切れたら身体感覚が狂って致命的な事態を引き起こしかねない。だから確実に効果を持続させる必要がある。

 ——身体に直接作用するような強化バフである加護ブレスは、主に“奇跡ミラキュラス”の領域の魔法で、このパーティーで使えるのは三人。わたしと“静謐エリーゼ”と“聖壁マスカトール”。

 ——だけどマスカトールは防衛に専念しており他者の補助をする余裕はない。だからこの場合は、通常ならエリーゼの出番となる。


 そこでわたしはエリーゼの方を確認する。

 エリーゼは、今まさに魔法を行使していた。

 

 ——なんだ、もうやっていたのね。……さすがプロクラス、仕事が早い。

 

 一瞬そう思ったけど、すぐにハッと気がついた。

 エリーゼが使っているのは“韋駄天の加護”じゃない、別の“奇跡”だ。——ええと、あれは、“回復リカバリー”の……

 ——っいや、今はそんな事を気にしている場合じゃないでしょ! エリーゼがダメなら、わたしがやるしかない……!


 わたしはすぐさま詠唱を開始すると、“同調の契り”の“繋がりリンク”を通して、サーヴァルにその対象を定めた。


『“韋駄天の加護ハイスピードブレス”』


 発動した呪文スペルはリンクを通してサーヴァルへと届き、正しくその効果を発揮して、彼女のバフの継続時間を延長させる。


『“完了したわ! これでまたしばらくはもつはずよ!”』

『“お、ラナ! サンキューにゃ!”』


 念話によりサーヴァルにそう伝えると、快活な返事が返ってきた。


 ——ふう、間に合ったようね。良かったわ。


 一安心していると、今度はエリーゼがわたしに声をかけてきた。


「助かりました、ラナさん。ありがとうございます。……わたくしの手が回らず、ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません……」

「べ、別にっ、そっちが忙しそうだったから、こっちでやっておいただけよ。気にしないでちょうだい!」

「そう言っていただけると……助かります。……不甲斐ない事ですが、この分ですと、またラナさんの助力が必要になるかもしれません……その時には、お力をお貸しいただいてもよろしいですか?」

「も、もちろんよ! いくらでも頼りにすれば、よくってよ!」

「はい……ありがとうございます」


 なんて丁寧な物言い……釣られてわたしも変な言葉遣いになっちゃいそう……。


 しかし今の状況、思った以上にギリギリなのかもしれない。

 エリーゼの支援が間に合わなくなれば、わたしがそっちに加勢することになる。しかしそうなると当然、わたしが攻撃する機会は減ることになる。

 わたしの攻撃も立派な支援だ。無くなればその分、前衛は苦しくなる……かと言って、バフや回復が切れればもっとマズいのも事実……


 ……手が足りない。このままじゃジリ貧だ。やっぱり何か起死回生の一手を見つけないと……!

 なにか状況を好転させられそうな要素はないの……?!

 ふと視線を向かわせた先には、実はとんでもない実力を持っているらしいギルド職員——イスタの姿があった。


 彼女は今のところ、この横穴の中で何をするでもなくじっとしている。

 いよいよともなれば、彼女も参戦してくれるんだと思う。だけど今のところは、ただ様子見しているだけだ。

 実際のところ、この場と戦場である広間との間には結界が張ってあるから、ここからでは彼女は攻撃出来ない。——彼女の得物は、おそらく弓なんだろうし……

 わたしは結界の向こうに魔法を発生させられるから、ここからでも攻撃出来る。そういう意味では、この場から援護できる者は、魔法を使えるものに限られてしまうということだ。

 

 なら結局、わたしとエリーゼしかいないか……。

 いや、モイラもいたわね。彼女も一応は“奇跡”が使える魔法使いだ。

 だけど現実問題、モイラの実力じゃ大した加勢にはならない。大勢には影響しない。

 ……そもそも、彼女はまだ“同調の契りリンクス・コネクト”の扱いに慣れていない。それじゃ、どっちにしろ戦力にはならないわね……

 

 ……あ、“同調の契り”といえば、『呪導師アークシャーマン』の人がいたっけ。そうだった、もう一人、魔法使いがいた。

 えーっと、あの人、名前なんだったっけ……ん、あ、そうそう、オリビア、だったわよね。

 

 “同調の契り”くらいならわたしも使えるけど……そもそもわたしって“呪術シャーマニック”はちょっとニガテなのよねー。三系統の中じゃあ一番不得手だわ。

 まあ、“呪術”って基本、直接的に攻撃するような術って少ないし、大抵は間接的に効果を及ぼすようなものだから、なんとなく使い方が……あっ——!!


 瞬間、電撃的にわたしの脳内に思いつきの火花が発火スパークした。


 ——そうだ、“呪術”を使えば、あるいは、この水龍も攻略できるかもしれない……!!


 ……だけど、わたしにあの術を上手く制御できるかしら……? そもそも“呪術”はニガテ意識が……。

 ——そう、どんな天才にだって弱点はあるものよね。

 いや、そうね……だったら彼女にも協力してもらえばいいんだわ。

 向こうは“呪術”を専門としている呪術使いシャーマニアンなんだから、彼女と協力すれば、いける……わよね?


 そう思ったわたしは、さっそくオリビアに相談を持ちかけてみるために、彼女の元へ近寄っていった。


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