第39話 人はそれを、“拗らせボッチ”と呼ぶ



 ——ふうん……“空装領域レイヤーフィールド”ってこんな感じなのね。なんだか、“迷宮ダンジョン”に入った時の感覚と少し似てるかも。


 真っ暗な洞窟を進みながら、わたしはそんな風に思う。

 

 フィールドに入るのは初めてだった。

 確かに不思議な感覚がする。以前行った“迷宮”にも近い印象を受ける。おそらくは通常の空間とは違うことを表す特有の感覚。

 空気中の魔素マナの濃度も極めて高い。元々、“魔の森”の内部は高いマナ濃度を有していたけれど、ここはそれに輪をかけて濃い。


 ——ま、わたしにとっては好都合ね。マナが濃いということは、それだけ強力な魔法を使いやすいということなんだから。まあでも、それならそれで、気をつけなければいけないこともあるんだけど……


 そう、マナの濃い場所には奴らがいる。“魔物モンスター”が。

 連中は、基本的にマナの濃度が濃い場所に生息している。そして、強力な個体ほど、より濃度の高い場所を好む。それこそ、魔の森の奥部のような場所を。

 奥部のモンスターは、噂にたがわぬ脅威を持った連中だった。


 ギルドから急遽呼び出しを受けて、今回の依頼クエストを打診されて。少し悩んだけど、受けることにして。

 そしてギルドに向かって、他のメンバーと引き合わされた時は驚かされた。

 どいつもこいつもトップクラスの実力者揃いだったから。

 

 ギルドがこれだけの面子めんつを集めたということで、魔の森の脅威度を改めて認識するのと同時に、これだけのメンバーが揃ったなら大丈夫でしょ、とも思っていた。


 確かに、ここまでは問題なく来られた。

 この洞窟に入る時には若干手こずったけど、それも結局アイツが一人で解決しちゃったし。

 なんでルーキーが参加してるのか、なんて最初は思ったけど、あの実力なら納得よね。

 ていうかアイツ——ユメノって、単純な実力だけなら聖英級マスタークラスなのよね? 死鎌の尾鞭獣危険度Lv44を倒したってことは、そういうことだし。


 わたしはチラリと視線をユメノに向ける。

 当の本人ユメノは、この場所がどんな場所か分かっているのかいないのか、まるっきり気楽な様子で、今はポールとかいうあの運搬役ポーター蜥蜴人リザードマンとお喋りしている。


「——えっ、それじゃポールさんって、『探索者シーカー』のジョブも持ってんの?」

「おう、そーだぜ」

「え、でも、紹介の時に言ってたジョブは別のじゃなかったっけ」

「ああ、今のオレっちのジョブは確かに『運送士トランスポーター』と『斥候スカウト』さ。だけど、以前は『探索者』をやってた時期もあってな。ま、もう“習熟完了フルコンプリート”したから他のジョブに変えたんだけどよ」

「フルコン……? はぁ、そーなん。——あ、そーいやポールさんって、なんかジョブ二つ持ってるんだよね? 他はみんな一つみたいなのに、なんかスゴくね?」

「は? いやいや、逆だろ! 他はみんな上級職スペリオールなんだから、そっちの方がスゲーよ」

「スペ……? 何それ?」

「なんだ、知らねーんか? 上級職スペリオールってのは、職能重度ジョブウェイトが“二重ダブルウェイト”のジョブのことさ。つまり、これ一つで通常職ユージュアル——つまりはジョブウェイトが“一重シングルウェイト”のジョブ二つ分の“重さ”があるってことだ。それだけ強力なジョブだから、まず選択候補に出現するまでが、かなり大変なのよ。よっぽど才能があるやつならともかく、そうじゃなきゃひたすら努力しないと出てこねぇ。なんせ、オレっちもまだ出てきてねーからなぁ。まーオレっち自身、自分のことを才能のあるやつだとは、思っちゃいないけどさ……」

「はぁ……ナルホド。とりま、一つで二つ分ってコトなんね。なら確かに、そっちの方がスゲーわけなんか」

「そーゆうことよ。……んー、まあでも、一番スゲーのは“トリプル”のヤツだけどな」

「ん? 何それ?」

「“トリプル”ってのは、霊杯器ソウルグレイルの器量のことで……いや、まあ、つまりはジョブの枠のことさ。一つのやつが“シングル”で、二つが“ダブル”だろ。だから、“トリプル”なら枠は三つ。三つの枠があれば、上級職についたうえで、さらに通常職一つを持てる。——ああ、ランスリータがこれだな。だからアイツも、オレっちと同じくジョブを二つ同時に持ってるってことになるなー」

「え、マジ?」

「そうだぜー。でもまあ、枠三つとなれば、目指すはやっぱり“最上級職スーパーレイティブ”だよなぁ」

「スーパー?」

「ああ、“最上級職”。コイツは一つのジョブで枠を三つ使う。その分めちゃくちゃ強力だ。最上級職コイツを持ってるヤツなんてそうそういねぇ。実物に会ったことなんてオレっちもな——あ、いや、あったわ……ああ、うん、あったな」

「え、誰か知ってんの?」

「いやー、知ってるも何も、イスタの姐御あねごのコトだぜ」

「え、イスタさん?」

「今は引退してるけど、姐御も元々は冒険者だったからなー。というか、とんでもない実力の冒険者だったのよ。……だいぶ昔の話だけど。まー、その頃の姐御は最上級職を持ってたからな。何を隠そう、姐御の持ってた最上級職はかの『弓せマスターア——」

「ポール。あまり人のことをベラベラ話さないでください」

「——あ、わ、わりぃ、姐御」

「ちょ、マジ? イスタさんって、そんなスゴいアレだったんスか」

「別に……過去の話ですよ、ユメノさん。とっくの昔に引退して、今はただのギルド職員です」

「いやでもよー、実力は今も現役だよなぁ、姐御? 引退したって言っても、別におとろえが理由ってわけでもないしよー」

「何を言っているんですか、ポール。あれから何年経っていると思っているんです?」

「いやでも、姐さん、半森人ハーフエルフだし、まだまだ現役だろー?」

「……歳のことはともかく。——現役時代とは違いますよ、色々と。第一、ジョブ構成も当時とは変わってますし」

「アレ、そーなの? オレっちてっきり、現役の頃のやつに戻してるんかなって思ってたんだけどなー?」

「いえいえ、まるで違いますよ。なんせ“通常職”三つですから。完全に非戦闘系構成ですね」

「マジかよ、姐御……。魔の森のフィールド相手だろーが、姐御ならそれで平気ってわけ? うわぁ、さっすがー」

「いやいや、違いますよ。変える暇が無かっただけです。今回は急ぎでしたから。時間が有れば、ちゃんと準備しますよ私だって」

「なんだ、そーなのかぁ。久しぶりに姐御の本気で戦う姿が観れるのかもと思ったんだけどなー」

「何を期待しているんですか。私はただの付き添いの職員ですよ? 事務員なんですから、戦いは基本的に皆さんにお任せします。私の職務は、調査結果をギルド職員として見届けることです。それ以外のことは、私の仕事ではありません。——大体、経費で落ちるならともかく、自腹でジョブを元に戻すとかやってられませんから……」

「ああ……まぁ、そーだよなー。金かかるからなぁ。……亜人は特になー」


 聞くともなしに聞いていた会話は、何やら興味深い内容になっていた。


 ——最上級職を持ってた、ですって……?!


 それが本当なんだとしたら、このイスタって人、とんでもない実力者だってことじゃない……!

 ……確かに、これまでの行動を見ても、ただの受付嬢というにはやたらと高い能力を有していたように思う。

 いや、そもそもが、今回の依頼について来ている時点で、並の人物でないことは明白だった。

 なるほどね。普通のギルド職員なら、これだけのメンバー相手なら気後れの一つもするところだろうけど、この人は最初からまるでそんな様子はなかった。それはつまり、自分も同等の——いや、それ以上の実力があるという自負によるものだったわけか。


 イスタの過去の話を聞いた周囲の面々は、わたしも含めて、みんなその内容に大なり小なり驚きを受けている様子だった。——約一名を除いて。


「——あー、分かる分かる。めっちゃ金かかるよねー、あのブレスなんちゃらってヤツ。いやまぁ? ジョブもらえるならあの値段もアリなんかなぁとも思わなくもないケドー、でもやっぱり高いよね〜」


 ユメノ、アンタ……反応するのそこ?

 はぁ……まあ、どうせコイツのことだから、最上級職がなんなのかもよく分かってないんでしょうね。

 

 だけど、ユメノに関しては無知であるからこその無頓着さが、むしろいい方に働いているのかもしれない。

 事実、イスタの経歴を初めて聞いた他のメンツが軽く恐れおののいているところで、ユメノはなんの遠慮もすることなく普通に会話を続けている。

 そうして結局は、なんやかんや相手の懐に入っていってしまうのだから、それもある種の才能と言っていいのかもしれない。……ええ、そうね、わたしには無い才能だわ。


 自分でもよく自覚している。わたしがユメノみたいに、人の輪の中にたやすく溶け込めるような人間じゃないってことは。

 これまでもそうだった。

 学院アカデミーでも結局、最後まで気心の知れた友人と言えるような相手は作れなかったし。

 冒険者になってからも、友達はおろか、固定のパーティーを組めるほどに親交を深めることが出来た相手もいない。

 どんなパーティーに入っても長続きせず、固定のパーティーを組むことは出来ず、いくつものパーティーを転々と渡り歩いてきた。


 今回の依頼では、実際のところ、かなり緊張していた。なにせ他のメンバーには、わたしよりもランクが上の冒険者がたくさんいたから。

 そんな状況になるのは初めての経験だったし、自分でもこのメンバーの中で今回の依頼にどんな姿勢スタンスのぞめばいいのか、迷いがあった。


 そんな風に緊張していたわたしに、最初に話しかけてきたのがユメノだった。今思えば、あれはいいハプニングだったと言えるのかもしれない。

 いきなり飛空艇フライトセイルなんて出てきたから流石のわたしも驚かされたけど、それを表に出したら舐められると思って殊更に気を張っていたところで、なんか突然上から降ってくるもんだから、ユメノにはついつい最初からキツく当たってしまったように思う。

 

 だけどユメノは、そんなわたしにもなんら臆することなくグイグイと距離を詰めてきた。

 歳が同じだから対等とかいう謎の理論を振りかざして、格上の冒険者のわたしに対してもまったく遠慮せずに接するその態度に、最初は眉をひそめたものだけど……。

 いつの間にやら、そんなアイツのペースに乗せられていて、気がつけばユメノを通してモイラとも仲良くなっていたのには、自分でも驚いた。

 

 そもそも、これまでのわたしは、ついぞ同年代の冒険者と馬が合うことがなかった。

 年齢からすれば、わたしの実力は事実として飛び抜けていた。だから、本来なら他よりはうまく付き合える可能性の高い同世代の冒険者からは、わたしはいつも浮いた存在だった。


 本当はわたしも——気心の知れた相手と固定のパーティーを組んで、いくつもの冒険を一緒に乗り越えて、より深い信頼と絆をつちかっていく——なんて、そんな理想を思い描いたこともあった。

 だけど理想はあくまで理想。現実のわたしは、実力はあるけど人付き合いが苦手で周りと馴染めないひとり者ソロプレイヤー……。


 だけど……いや、だからこそ、わたしはユメノの事が気になっている。

 ユメノは——歳はわたしと変わらなくて。だけどその実力はわたしと対等、いや、むしろわたしよりも高いくらいで。

 わたしと違って人付き合いが得意で、誰とでもすぐに仲良くなれる。そう、他でもないとだって。


 そんなユメノとなら……彼女とパーティーを組んだなら、上手くやっていけるんじゃないかって、がらにもなくそんな事を夢想している自分がいる。

 会ったばかりの何も知らないルーキーに、一体何を期待しているの? ——わたしの中の冷静な部分はそう言っている。

 でも、なんだかユメノって、不思議な魅力があるような気がする。魅力というか、引力というか、人を引きつける——あるいは惹きつける、そんな所がある。……なんて考えてる自分も確かにいる。


 それに、ユメノを気にしているのは、わたしだけじゃない。あのモイラだって、どうもユメノにはパーティーに加わってほしいみたいに思ってる節がありありだったし。

 そのパーティーのリーダーであるフランツにしたって、ユメノが加わる事に反対することはないでしょう。むしろ、自分から誘うかもしれない。なんなら、もう誘っていてもおかしくないくらいよね……。

 

 というか、ユメノを狙っているのは別にフランツのパーティーに限らない。他の高ランクの連中から見ても、ユメノの実力は抜きん出ているはずなんだから。

 なんせ、全員で挑んで苦戦したテイルリーパーを、一人で全部倒した逸材がユメノなんだから。目をつけていてもおかしくない。

 現に、あのキザったらしい『魔剣士マギアフェンサー』は、しつこくユメノに付きまとって弟子入りをせがんでいたし。——ま、本人からはまったく相手にされてなかったけど。その様子を見たら、思わずちょっとホッとした。

 だって、アイツの場合は、実力だけじゃなくてあの顔の良さルックスも脅威だからね、女の子にとっては。

 まあ、少なくとも、ユメノは面食いではなかったみたいだけど。


 ユメノがどうゆう人物なのか、まだまだ私はなにも知らない。

 なぜあれだけの実力があるのか。何を求めて冒険者をしているのか。

 どこで生まれて、どんな環境で過ごして、どんな風に成長して、これから先、どんな道を歩んで行こうと思っているのか。

 

 なにも知らないんだから、パーティーを組んでも上手くいくとは限らない……のかも。

 でも、知りたいなら、自分から聞いてみるしかないわよね。

 思えば、自分から人の心の内に深く踏み込んだことって、今までなかった。というか、そうしたいと思うこと自体がなかったかも。

 だけどユメノに関しては、そうしたいと思っている。知りたいと思う。彼女のことを、もっと。

 

 でも……自分から踏み込むのは躊躇ちゅうちょする。というより、やり方が分からない。どうやって心を通わせればいいのか、今までに経験がないから、どうすればいいのか、全然分からない……。

 今だって、ユメノの方からわたしに興味持って色々聞いてきてくれればいいのになぁ——なんて、虫の良いことを考えている。


 まったく、高難度クエストの途中に何を考えているのか……と、自分でも思う。

 だけど、実際のところ、フィールドに入ってからも特に何かがあるわけでもなく、今のところは何の変哲もない自然の洞窟を進んでいるだけなので、つい余計な思考を働かせる余裕もあるというか。

 すでに結構な距離を進んでいるはずなのだけれど、変化はおろかモンスターの一匹すら出現していない。まあ、モンスターなんて出ないに越したことはないんだけど。


 結局その後も、わたしは自分からユメノに話しかけることは出来ず、彼女が他の人とお喋りしているのを聞いているだけだった。

 なんども話しかけようかと口を開きかけて、そして閉じるを繰り返して、きっかけが見つからず、かと言ってすっぱり諦めることも出来ずに、ただ時間のみが過ぎていった。

 冒険活動仕事中に、こんなに浮わついた気分でいるのは初めてだった。


 

 さすがにこんなメンタルでこの後もずっと進むのはマズいかもなぁ……なんて思い始めた辺りで、状況に変化が訪れた。——敵だ。

 ちょうど良い。気分を切り替えたいところだった。戦闘となれば、嫌でも気待ちは切り替わる。そこは、曲がりなりにもベテランクラスまで至った、これまでの経験の賜物たまものか。

 ——さて、どんな敵か知らないけど……良い感じに活躍出来たら、それが話しかけるキッカケになったりしないかな……?


 この時点のわたしの頭には、まだそんな、浮ついた思考が残っていた。


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