第12話 あーしの持ち物、なんか勝手に動くヤツ多くね?



 ネズミちゃんから色々と話を聞けたあーしは、服屋から出て今は街中を歩いていた。

 

 今のあーしは街中に溶け込んでいる。現に、誰もあーしに注目する人はいない。

 ネズミちゃんの店で買った服一式とマントを着て、それから例のカブトを被った現在のあーしは、ちゃんと目立つ特徴がすべて隠されているワケなのである。

 んーでも兜ってのもけっこー目立つんじゃね、とも思ったけど、このゼンゼン注目されていないところを見ると、兜の魔法の効果ってのがちゃんと効いてるってことなのカナー。

 まあでも周り見てみたら、あーし以外にも兜被ったヤツもいるっちゃいるんだよねー。だから言うほど珍しくもないのかもしれんね。


 さて、それで着替えも終えて次はどうするかなんだけど。

 まあどうするにしろ今日はもう遅いので、どっかの宿に泊まってまずは休む。

 泊まる宿については目星がついてる。ネズミちゃんにオススメの宿を聞いておいたからね。まあ、安宿なんだけど。

 ネズミちゃんに服のおカネ払ったら所持金がかなり減ったんで、ぜーたくは言ってられないのだ。


 そうしてあーしは、どことなくさびれた通りの奥にある宿屋にたどり着いた。

 確かに見た目はボロっちくて、いかにも安宿って感じだけど……もうあーしもだいぶ疲れてっから、泊まれるならどこでもいーよって感じ。まあカネもねーし。しょーがねーし。


 宿の中に入る。

 一階はなんだか食堂っぽい感じ。——ネズミちゃんに聞いてたけど、ここでご飯も食べられるんだって。

 

 あーしはとりま、カウンターっぽいところにいる女の人に話しかけてみる。——たぶんこの人が女将おかみさん的な人と思う。


「あのー、一泊お願いしていいっすかー?」

「あいよ! 素泊まりなら六百リブリス、晩ご飯付きなら九百リブリスだよ」

「えーっと、じゃあ晩ご飯付きで」

「はいよ! ……ほら、先払いだよ」

「あ、ハイ、じゃあこれ——」


 あーしは言われた通りの額のコインを渡す。


「どうも! それじゃ、この札で飯と引き換えだからね、なくすんじゃないよ。飯の時間は……あと半刻ってところかね。遅れないように来るんだよ。でなきゃ食べられないからね。

 部屋は階段上がって右側の空き部屋から、どこでも好きなとこ選びな。鍵は内鍵だけだからね。言うまでもないけど、荷物は自分でちゃんと管理するんだよ」

「あ、はい、りょーかいです」

「しっかしアンタ、けったいな格好だね。女の子なんだろ? ……まあ、詮索するつもりはないけどね、面倒は起こさないでおくれよ」


 そんな釘を刺されるまでもなく、面倒をおこすつもりはまったくないっす。マジでもう面倒事は御免ゴメンだし、こりごりだっつの。

 だからとーぜん、——そりゃもちろん、面倒なんて起こさないっすよ——と言おうとしたあーしの口からは、しかし、


「“どうかな……すでに起こしてきたあとだからね”」


 なんて言葉が勝手に出てきたのだった。


「何だって? そりゃ本当かい。いったい何をやらかしたんだい?」


 あーしはトツゼンのことに何が何やら分からなくなっていたけど、とりあえず誤魔化さなきゃと思って言葉を続けた。

 しかし出てきた言葉は、またしてもあーしの意図とは違うもので——


「“おや、知らないのかい? 教会であった騒ぎは”」

「いやあ、聞いてるさ。なんせ相当大きな騒ぎだったらしいじゃないか」

「“へえ、耳が早いね”」

「まあね、これでもアタシは顔が広いもんでね」

「“それじゃ、犯人についても聞いてるわけかい”」

「どうかね、かなり特徴的な姿をしてるから、一目見たらそれと分かるって聞いたけどね」

「“なるほど、中々どうして正確な情報じゃないか”」

「じゃあ、アンタも似たような話を聞いたんだね?」

「“話を聞くも何も——”」


 よせばいいのに、ひたすらに「違う」と言おうとするたびに、あーしの口からは意図しないセリフが飛び出す。

 致命的な何かを口走る前に、あーしは思わず口を塞ごうと手を動かしたら——口に届く前に頭に被っている物にぶつかる。

 そこであーしは電撃的に理解した。

 

 ——コイツっ!? コイツが原因かっ!!


 いや心当たりなんてコイツしかないわ! なんせのろいの兜だかんな!

 ……いや待てし、いや、マジで……聞いてねーんだけど!! こんな効果もあるとか!!


 口を塞ぐことは出来なかったけど、気づきの衝撃により結果的に言葉は止まった。

 ……どうやら、勝手なことは喋るけど、それはあくまであーしが出したセリフが変わってしまうということみたい。

 つまり……発言自体はあーしの意思で止められるワケだ。


「なんだい? まさか本当に、自分が教会で騒ぎを起こした本人だなんて言うつもりかい……?」


 あーしはトーゼン否定したかったけど、喋ると何を言うか分からないので迂闊ウカツに喋れない……

 ヤバい、ヤバい……マジ、どーする……!?


「——なんてね、そんなワケあるかいね! タチの悪い冗談を言うお嬢さんだね。人をからかうもんじゃないよ、まったく!」


 しかし女将さんは、笑いながらそんな風に言うのだった。


「アンタがどこまで例の騒ぎの話を聞いたのか知らないけどね。騒ぎを起こしたヤツは、その場に集まった何人もの衛兵をものともせず、果ては居合わせた魔術士すら振り切って逃げ出したっていうよ。とんでもない凄腕のヤツさ。それに、何やら見たこともない大層珍しくて上等そうな服を着てたってね。つまり、アンタのその薄汚れた格好とは似ても似つかないってことさ、おバカさん」


 ……ウム、まさかボロい古着であることが役に立つことがあるとはナ。


「だいたい、アレだけの騒ぎを起こしたヤツが今もこの街に居るもんかね。今頃とっくにこの街から出てどこぞに行ってるだろうさ。あんな騒ぎを起こしといてその街の宿屋に泊まるなんて、とんだ間抜けかのんびり屋さんだってのかい。ま、そんなヤツがあれだけの騒ぎを起こせるワケないさね。アンタも少しは考えてからもの言うんだね。

 ——いやぁ、だけどもしかしたら、相当神経の図太いヤツなら、そんなこともしかねないかも……? ——なーんてね。そんなやつなら、こんなボロ宿じゃなくてもっと高い宿にでも泊まるんだろうさ、ふん、アホくさい」


 ——そーとー神経の図太い間抜けなのんびり屋で、さらには貧乏人なのが犯人あーしってことカナ……。


「アンタは下らないお喋りしたいくらい暇なんだろうけどね、アタシは忙しいんだよ。そら、用がないならとっとと部屋に行きな」


 あーしは——ゆうて自分がメインで喋ってたやん……と思いつつも、すごすごと退散していくのだった。


 二階に上がって、言われた通り右側の空いてる部屋をテキトーに選んで中に入った。

 部屋の内装も、いかにもしょぼくれていた。……ま、ちゃんとしたベッドで寝られるだけマシってコトで。


 あーしはひとまず、ベッドのふちに腰かけて落ち着く。

 そうして思考に空白が生まれると——やっぱり、ついさっきの出来事が自然と思い起こされる。


 ——いや、てかさ、ナニ、コレ……こののろいの兜……

 

 お前人のセリフ勝手に変える機能とかあんのかよ……!

 

 つーか聞いてないって。ネズミちゃんは疲れるのと外れないのしかデメリット無いって言ってたじゃん。

 

 ……また騙されたんか、あーし。

 

 うーん、でもなぁ……ネズミちゃんは今まで会った中ではかなり親切な子だったし、それはそれで違和感イワカンあるんよねー。

 たぶん……知らなかったんじゃないかな。そもそも被ったら脱げなくなるんだから、自分で被ったことないハズだし。だとしたら詳しく知らなくてもしゃーないよね。

 

 んでも、だとしたら、聞いてた話もどれだけ本当なのか……。ネズミちゃんの知らない機能がまだあるかもしれないし、そもそも、言ってた機能も本当にあるのかどうか……。

 唯一のメリットである「目立たない」機能が効いてないんじゃ、こんなんタダの、やたら軽いだけのヘルメットだし。


 つーかよ、どーすんだよ。あーしこれから、この兜外すまでマトモに喋れなくなったってことじゃん?

 せっかくイヤリングのおかげで言葉分かるよーになったのに、迂闊ウカツに喋れんとかなんの罰ゲームだよって。

 くっそ……でも今は外せないし、とりまこのままいくしかねぇし……。

 ……しゃーない、こっからはなるだけ口数少ない無口キャラでやってくか。

 あーしは元々どっちかってーとお喋りな方の性格だから、ちょっちツラいけど……まー、今の状況であんま喋るもんでもないかもね……。


 ……えーっと、晩ご飯までは半刻っていったかな。

 ネズミちゃんに聞いた中には、時間についての話もあった。

 半刻ってーのはつまり、一刻の半分ってこと。晩ご飯は今から半刻経った頃に行かなきゃなんだけど。

 まあぶっちゃけ一刻がどんくらいの長さかも分からないから、半刻もどれくらいか知らんけどね。

 ネズミちゃんは、トーゼンだけど、一時間と比べて一刻はどれくらいとか説明くれなかったし。たぶん、一時間の方を知らないからしょーがないんだろうけど。

 だからまあ、てきとーなタイミングでちょくちょく下の様子確認しに行くかね。メシ抜きなっても困るし。


 あーしは主にカブトについてイロイロと考えて悩みつつも、ちょこちょこ下を覗いて晩ご飯はまだか確認した。

 そしていざ晩ご飯の時間になって降りていったら、女将さんに「アンタどんだけ晩ご飯楽しみにしてたんだい?」と笑われることになった。

 しかしあーしは無口キャラになってたので、特に反論することなくご飯を受け取る。

 

 テーブルについたら、兜の前面を押し上げて、被ったままでご飯を食べる。

 メニューはパンとシチューみたいなやつだった。

 パンが硬すぎて——なんの鈍器だよコレ、どうやって食えばいーんよ? 歯が欠けんぞコレ——とか思ったけど、周りで食ってた人見たらシチューに浸してふやかして食べてた。……あ、りょーかいです。

 味についてはまあ……まあって感じ。別に不味くはなかった。ただひたすらパンが硬かった。


 食べ終わったら部屋に戻る。

 ま、することもねーし、もう寝るかー。

 しっかし、コイツを被ったまま寝るのはさすがにキツそーだわ。——でも外せないんだよなぁぁ……!

 ……もうなんか、頑張ったら外れねーかなー? つーかゼッタイ外れないなんてこともないんじゃねーかなー? だって聞いてた話とケッコー違うしさコイツ。勝手に喋りやがるし、ゆうて今んとこそんな疲れてる気もせんし。やってみたらさ、意外といけたりとか……

 まあ、ダメ元で一回くらいは試しとくかー。したら諦めもつくし。


 よし、じゃ、いくゼ。

 ふんっ…………くぅ………………!

 なんの…………まだまだ………………!!

 ファイトォォ…………いっぱぁぁあああつッッッッッッ!!!

 ウラァァァ気合いダァァァァァァァァァ!!!!

 シャオラッッッッッ!! そんっ、こっ、のっ、かぁっ…………!!

 ………………………………ッッッッッッッッッッッッこっ、なっ、ゐっ…………!!

 

 …………いやもういい加減脱げろやっ!!! ————って抜けたっ……?

 

 や、脱げたわ……


 …………いや脱げるんかいッッッッ!!!


 なんやのコイツ……ハァ、ハァ……

 

 ——いやキッツ……!

 

 脱げたけど……めっちゃキツいじゃん。

 もうこれフルマラソンしたんかってくらい……いやフルマラソンとかしたことないけど、もうそんくらいって言っていいくらいのツラさ。

 だりぃ……ッ!! そりゃ脱げるなら脱ぐけど、寝る前とか……!

 でもこんなキツいなら相当な覚悟いるって。日に一度やで、こんなん、出来て。

 つーかこれまた被んなきゃダメなの? もうよくね……?

 いや、外せるなら被るのに抵抗なくなるかと思いきや、外す労力考えたらゼンゼンそーでもねーから。

 外せるなら外せるで、もっと簡単に外せてくれよって……使い勝手悪っ……


 ……まあいいや、ゆうて自力で外せるってのは大きいし。教会行かなくて済むし、力吸い取られすぎることとかあんま気にしなくて良くなるし。

 つーかこれ、アレかな? 剣くんたちのお陰かな?

 力吸い取られてる気がゼンゼンしないのも、その分鞘くんが回復してくれてるんかも。

 つーかさっき脱ぐ時も力貸してくれてたっぽいし。

 うーん、剣くんあればのろいの兜も恐るるに足らず、ってコト? はー、さすがは剣くん。これでグッスリ眠れそうだよ。


 ジッサイのとこ、この宿の治安とかどんなもんかと思うけど、ま、剣くん有ればなんとかなるっしょ。


 あーしはそれから、寝るための諸々モロモロの準備を済ませた。

 ……まあ、トイレの場所とかも聞いたりしてね。兜は外したから下手なことは言わんし。とりあえずフード被って頭は隠して女将さんに聞いたわ。


 モロモロ済ませたら、あーしは部屋に戻って寝ることにした。

 服もマントも身につけたままで、なんなら靴すら履いたままベッドに横になる。

 どうもこの辺は土足がデフォみたい。まあ、外国ならそんなもんだよね。

 ただその分、ベッドもあんまキレーじゃねーというかね。そんなんだから、服を脱いだり着替えて寝る気にはならなかった。まあ治安も気になるし。

 荷物もベッドのそばに置いてる。剣くんなんて抱きかかえて寝る。

 これでおそらくは、何かあったら剣くんが反応して起きられるはず。


 そうはいっても、果たしてすんなり寝られたものかどうか……

 ——なんて不安もそこそこに、疲れていたあーしは、フツーにあっさりと寝ついていたのだった。


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