第11話 ホント、親切なのは人間以外だけよ



 あーしがイマサラながらに、これからの自分の進退についてがワリと絶望的かもしれないことに気がついて気落ちしていたら——ネズミちゃんがそれを見て、気づかうような調子で話しかけてきてくれる。


「まあ、そんなに落ち込まないで、元気を出しなよ。確かに教会に目をつけられた事は大変だろうけど、アンタならなんとか出来るよ。自信を持ちなよ。アタシだって、出来る事は協力してあげるからね」

「ネズミちゃん……。慰めてくれるのは嬉しいよ、ありがとね。……でも、ネズミちゃんはあーしのこと、なんも知らないジャン……あーしってここにはゼンゼン頼れる人とかいなくてさ、一人ぼっちで、途方にくれてるんダヨ……けっきょく、あーしって一人じゃ何も出来ないのカナ、なんて……」


 あーしは、ネズミちゃんが優しく接してくれたことを嬉しく思う気持ちもありつつ——でもそれは、あーしのことを何も知らないネズミちゃんの、無責任なただの言葉でしかないと——心の内の冷めた自分は、せっかくの慰めにひねくれた反応も見せるのだった。


 どうもここまでの経験から、あーしもだいぶスレてしまったようだ。

 だってここに来てからロクな目にあってないし、それで親切にしてくれた初めての人が……つーかまずヒトじゃないし、ネズミちゃんだし。

 人間はみんなロクでも無いヤツばっかりだし。……なんなんだよここは、マジで。


 でも、それでネズミちゃんのせっかくの好意に冷たい反応を返すなんて、間違ってるよネ。

 でもホント、あーしもけっこー余裕よゆー無くなってるんよ。これからのこと考えたら、マジで不安しかないし……。


 ネズミちゃんはしかし、あーしの心の空模様など気にしていないようで、変わらぬ調子で喋りかけてくる。


「確かにアタシは、アンタとは会ったばかりだけどね。それでも、何も知らないってワケじゃないのよ。アンタならどうにか出来るってのは、なにも適当に言ってるわけじゃないよ。

 だってアンタはとっても腕が立つじゃないのよ。教会では駆けつけた大人数の衛兵を蹴散らしたし、しかもその場には魔術士まで居たって聞いたよ。でもそれも退しりぞけたって?

 それはすごい事だよ。普通は魔術士が相手なら、なすすべもなくやられちゃうものだよ。そう、それだけの腕前があるんだから、アンタならなんとでもできるよ。アタシが保証するよ」

「ネズミちゃん……」


 ウデマエ、か……。

 ソレについては、ゼンブ、剣くんのお陰なんだけど……。

 そうだね、あーしには剣くんがついてるからね。この剣くんと一緒なら、なんとかなるヨネ……!


「そう、そうだよ。だからあとは、この兜さえ買えば完璧よ」


 ……ああ、そう言えばその話の途中だったね。

 きっちりしてるね、ネズミちゃん。ちゃんと店員さんしてるワ。


「そのカブト、やっぱあった方がいいカナ……?」

「そうだよ。これは持っといた方がいいよ。大丈夫、のろいと言っても、そんなにすぐにどうこうなることは無いよ。よっぽど弱ってるとかならともかく、アンタは強そうだから、きっとしばらくは全然平気だよ。だから焦らずに次の街を目指しても大丈夫よ」

「そうなの……うーん、でもさ、実はあーし、あんまりお金も無いんだよね。普通の服だけならともかく……のろわれてるとはいえ、このカブトも魔法のヤツなんでしょ? ちょっとオカネ足りないカモなー、なんてさ……」

「……大丈夫よ。このカブトはのろいの品だから、安くするよ。金がないとはいっても、少しはあるんだよね、ね?」

「まあ、タブン……。でもさー、考えてみれば、このアトも街から出て行くにしても、イロイロとオカネいるワケじゃん? つーか今日の夜に泊まるところも探さなきゃでしょ? さすがに、今日このアトすぐから街を出て行くわけにもいかないだろーし。でも、そーなると宿代もいるわけジャン? ってなると、なるだけオカネは残しておいた方がいいのかなーって、思うし」


 まーこんなワケワカランな状況じょーきょーになってしまえば、もはやあとはオカネだけが頼りってなモンじゃん。

 普段はオカネの使い方なんてあんまり気にしないよーなあーしも、今回ばかりはムダ使いしないように気をつけねーと、なんても思うわけよ。


「……まあ、それなら、とりあえず今ある所持金の額を教えてくれるかい? それを聞いてみないことにはなんとも言えないよ」

「あー、いいよ。でも、ちょっと、あの、アレ……今、数えてないからさ、ちょっと出してみてもいい?」

「大丈夫よ。アタシは触れたりしないから。なんなら離れておくよ」

「え? いや、別にそんなことしなくていーけど。……ってかさ、数えるの手伝ってくんない? ちょっとあーし、数えるのニガテだからさー……頼んでいーカナ?」


 ホントはニガテどころか数えられないんだけど、さすがにそれを言うのはハズカシイっていうかね。


「……アタシに数えて欲しいってのかい? それで、アンタのオカネに触ってもいいってのかい?」

「えーっと、まあ、フツーはそんなことしないのかもしれないけど、まあ、サービスってことで、ダメ? なんならチップとか、払ってもいいけど。……少しなら」

「チップって何だい?」

「え、チップ知らないの? えっと、なんていうのかな、まあ、いくらかオカネを払うこと、みたいな? そう、お駄賃っつーか。いや、そんな子供に渡すヤツみたいなアレではないけど。もっとなんか、大人の、仕事の、ヤツだけど……」


 説明が下手すぎてワロ。マジであーしの説明下手すぎない? もうちょい上手いこと言えないんかい。うん、ムリでした。

 なにがお駄賃だよ。確かにネズミちゃんは小さくてかわいいから、ふとした拍子に子供みたいに思ってしまう時はあるんだケド。


「アタシみたいなのにお金を触らせた上で、さらに小銭まで渡してやるってのかい……? アンタすっごく変わってるね」

「ううん、いや、あーしが変わってるというか、これは文化の違いってヤツのハズ。……あーしだって、別に好きでオカネも数えられないわけじゃ……。——そもそも、いきなりこんなワケの分からない場所に来たのがまずイミフなワケだし……それでいきなり——、……マジでそれ——、……チョーふざけ——」

「? 何をブツブツ言っているんだい……? ——まあいいよ、見せてくれるっていうなら、見せてもらうとするよ。んじゃ、ここに広げておくれよ。大丈夫、ちゃんと数えるだけだよ。ちょろまかしたりしないし、別にお駄賃もいらないよ。アタシも子供じゃないからね、ハハッ」

「——だしよ……、——マジ……、——だいたい、あのおっさんとか、もう分かっててあーしからぼったくってただろあれ——って、え、なに? やってくれるの? ネズミちゃん」


 なんだかあーしが気づかぬ内に、ネズミちゃんはなんか納得してくれてた。

 なんかもう、この歳でオカネすら数えられないのが地味にめっちゃハズカシくなってきて、途中から一人でブツブツと言い訳めいたことをつぶやいちゃってたから、ネズミちゃんが言ってることも、ちょっと聞き流しちゃってたワ。


「そうだよ。ホラ、ここに出しなよ」

「サンキュー、あんがと! ……つーかなんなら、アレだわ。数え方もちょっと教えてくれない? あーし、このコインにもちょっとうとくてさ……」


 つーかもう開き直った。このネズミちゃんに数え方を教えてもらうことにした!

 だってアレじゃん。「聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥」ってゆーじゃん。そのとーりだよね。

 知らんもんは仕方ないから、恥を忍んでイマここで聞く! それに相手はネズミちゃんだから、普通の大人の人とかに比べたらまだハズカシくないし。



 そうしてあーしは、ネズミちゃんと一緒になって手持ちのコインを数えながら、その場でオカネについて色々とレクチャーしてもらった。

 その結果、あーしの今の持ちガネは、五十万リブリスちょいだということが分かった。


 んでその五十万あれば、普通にやってそこそこの間暮らせるということも分かった。……えーっと、つまり、それなりの生活レベルで、それなりの間は暮らせる額だってこと。

 ……うん、いや、だって説明聞いただけじゃぜんぜんピンとこなかったんだもん。まず、この辺りの普通の暮らしなんてやつを、あーしは知らんわけなので。


 説明の中に知らん単語とかバンバン出てくるから、途中からはもう理解することを放棄していた。あーし自身というより、あーしの脳がね。

 あーし自身はだって、ホラ、この着替えた服のチクチク具合が早くも気になってきて、それどころじゃなかったからさ。

 いやマジで。服買ってるまさにその最中さいちゅうに思うことじゃないケド、もっと高いカネ払ってでも高級で肌触りのいい服が欲しくなってきたヨネ。


 どーしよ、寝る時くらいは制服に着替えようカナー? フツー寝る時は制服は脱ぐモンだけど、このヤスリ——おっと失礼——この服を着て寝るくらいなら、制服のがナンボかマシじゃね?

 つーかもう肌着で寝よっか? やー、でも、さすがにそれはなぁ……宿の治安とかも、地味に気になるし。


 と、あーしがいろんなことを気にしつつも、ネズミちゃんのレクチャーをとりあえず終わらせたところで、ネズミちゃんからこんな風に言われる。


「というかアンタ、アレだね。なんも知らないんだね。アタシは物知りなネズミだと自負してるけど、そんなアタシと比べるべくもなく、アンタは無知すぎる人間だよ。アンタよりとおは下の子供でも、もうちょい色々と知ってると思うよ」

「……いや、まあ、あーし、出身が別なんで……そこでなら子供よりも物知りだし。まあ、あーしは自分が物知りな方だとは思ってはいないケド……」

「アンタ、ちょっと不安になるくらいに物を知らないよね。……そんなんで今までどうやって生きてきたんだい?」

「や、確かにジブン、今までもボーッとしたカンジに生きてきた感はイナめないっスけど……でもいくらボーッとしてても、変な外国っぽいところに突然やって来るくらい迷子になったりとかしないからね!? 気がついたら知らん土地に来てたから、ホント、あーしにも何がなんだか分からんのデス……」


 つーかマジでさ、ここどこなん? それも誰にも聞けてないのよね。まともな話し相手が今までいなかったからサ。


「……ふぅん、よく分からないけど、アンタ迷子なのかい?」

「まあ……そうなのかな……? うん、そう、あーしってマジでこの辺のことナンも知らんからさ、出来れば誰かに教えてもらいたいんだよねー」


 |ू•ω•` )チラッ、チラッ、とな。


「……それならアタシが教えてあげようか?」

「えっ、いいの?」

「あんだけチラチラ見ておいて、わざとらしいねアンタも」

「てへっ」(๑´ڡ`๑)


 さすが自称物知りネズミさん♪ 頼りになるっ!


「まあいいよ。どうせ他の客なんて全然来ない店だし、暇だものね。——ここにいる間は教会の連中にも見つかりはしないだろうから、ゆっくりお話ししても大丈夫さ。まあ、長話になるかは分からないけど、ここじゃなんだから奥へ案内するよ」

「あ、はい。りょーかいっす」


 そう言ってネズミちゃんは店の奥へとあーしを案内してくれるのだった。

 そういや、あーしってイマ追われてたんだったね。——や、別に忘れてたわけじゃないケド。


 案内された先、店の奥まったところには、こじんまりとした部屋があった。

 あーしとネズミちゃんはその部屋の中に入って、座って落ち着く。



 というわけで、期せずして自由に質問できるぜタイムが始まってしまったので、あーしはネズミちゃん相手に、知りたいことをバンバン遠慮なく質問していくのだった。


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