第9話 ハハッ! やぁ、みんな! 僕、ミッ——(自主規制)



 あーしはおっちゃんに聞いた通りに道を進んで、服屋にたどり着いていた。


 おそらくこの建物で合ってるハズ。看板はついてるケド、文字は読めないんスよね。まあ、なんか服っぽい絵もついてるから、たぶん服屋で合ってるっしょ。


 安いところって聞いたから、なんか古着屋的なところを紹介された。まあ別に古着でもなんでもいいから、今はとにかく早く着替えてしまいたい。お金もないし安ければそれで……。



 店に入ってみると、なんだか埃っぽいようなニオイがする。服屋のニオイかよコレが……。

 なんか一気に帰りたくなってきた。まだ入ったばっかなのに。

 いやもういいや、気にスルナ。さっさと買って出る。それだけじゃ。


 店内を見回してみる。

 ここはあーしが今まで行ったことのある店と違って、服がキレイに見やすいように並べられているということがない。

 フツーにごちゃまぜでテキトーに置いているとしか思えない。これ、どーやって選べばいいんだっての……?


 あーしはどちらかというと、服屋で店員の人が話しかけてくるのは好きじゃない方のタイプ。

 まず自分で見てじっくり選びたいし、何か用がある時は自分から話しかけるから、それまでは店の人には放っておいて欲しーと思う。

 しかし今は、とりあえず店の人に来て欲しかった。なんか初めての店でまるで勝手が分からん感じの状況ジョーキョーなので、ヘルププリーズなんスけど。


「あのー、すいませーん……」


 それなりの大きさの声で呼びかけてみる。軽く見回しても誰もいないから、たぶん奥にいるんだろうケド。聞こえたかな、今の。

 あーしがもう一度、もう少し大きな声で言うか、それとももうちょい奥まで行くか……と悩んでいたら、トツゼン後ろから声がした。


「なんだいどうしたいお客さん。ちゅっ立ってないで服を見なよホラ」


 あーしが驚いて後ろを振り返ったら、入り口のドアの上の壁に椅子みたいなのが引っ付いてて——そこに小学校低学年の子供くらいの体長の——服を着た喋るネズミが座っていた。


「うわっ! びっくりした……」


 ネズミが喋ってる……。服も着てるし。まあ、服屋の店員なら服は着て当然とーぜんか……。

 いやいや、そーじゃなくて、え、ネズミ?


「言っておくけど、ウチの商品はみんないい品ばかりだよ。ネズミのかじり穴一ちゅ空いてないよ。ハハハッ」


 のっけから飛ばしていくなー、このネズミ。

 つーかその見た目で笑い方がその甲高いハハハッってのは……いや、何も言うマイ。


「えーっと、店員さんですか?」


 ちっちゃいけどこの人(?)も、外を歩いてたケモノの人と同じ種類のヒトなんだよね?

 外の人たちもフツーに喋ってたから、この人(?)も喋ってもおかしくはない、のかナ?

 でも外にいたケモノの人って、トカゲの人を除いたら、みんな耳とか尻尾以外は人間の姿してたんだけど、このネズミさんはフツーにデカいだけのネズミなんだけど。……どういうことなんやろ。


「……そうだよ。アタシは店員さんだよ。ネズミの店員を見るのは初めてかい?」

「まあ、ハイ」

「アタシも黒い毛の人間を見るのは初めてさ。ハハハッ」


 くっ、またそれか。喋るネズミなんて珍しい相手に珍しがられるなんて、あーしもなかなかじゃん……。


「そーそー、なんかやたら目立つみたいだからさ、ちょっと目立たない感じのコーディネートにしようかなーなんて」

「確かに、アンタ頭の毛だけじゃなくて服も珍しいよね。そんな服アタシ初めて見たよ」

「うんうん、だよねー」


 制服も目立つんだよナー。やっぱ髪を隠すだけじゃなくて服も変えなきゃか……。

 でもショージキ、見た感じここの服って生地がゴツいんだけど。すげー着心地荒れそうなんだケド。


「そのー、全身まるっと一式揃えたいんスけどー、靴とかも含めてー、どーすかー?」

「もちろんいいよ。全身丸ごと、大歓迎だよ」


 よく分かんないから、とりあえずオマカセすっかな。なんかあんま見たことない形の服もあるしさ。着方からして分からん感じのとか。


「丸ごと変えるなら、今着ている服はどうするかい?」

「ん? どうって?」

「要らないならウチで預かるよ」

「えーと、売るってこと?」

「そう、うん、そうだよ」


 そう言われても、コレ一張羅いっちょうらだしなー。じっさい、お金もあんまないから、その点では売るのもアリかもしれないケド。出来れば売りたくないなー。


「珍しい服だから、高く買うよ」


 そう言われてもなー。やっぱ売るのはナシかな。


「あー、売るのは止めとく。それでー、あーしの着られそうな服、見繕ってもらっていーい?」

「いいよいいよ。どんな服でも出すよ。どんな服がいいんだい?」


 まー、どんなんでもいいんだけどねー。

 あーしも普段なら、ファッションにはワリとこだわるほーなんだけど、この店の服でファッションしようにも、ミッションがインポッシボーって感じだしな。

 もう物理的に不可能って感じ。ムダな努力をしてもしょーがない。


 質についてもタブンどーしよーもないよなー。どれも同じよーな感じのゴワさだし。着心地がいいやつとか、肌触りがどーとか言ってもムダと思う。

 なら値段かー? 出来れば安く済ませたいところだけどね。これもショージキ、どれ選んでも大して変わらんだろって感じなんスが……。


「……オススメなんか選んでくださーい」


 けっきょく、あーしが服屋で今まで言ったことのないセリフでまるっと丸投げっス。

 あーしはここに関しては素人シロートだわ。もうここはプロに任せる。


「了解だよ。それならアタシが選んであげるよ。女の子だから、とびきり可愛いのを選んであげるよ」


 カワイイのかぁ。ここの商品でそれは無理ゲーじゃねー? カリスマ店員でも尻尾巻いて逃げ出すでしょ。え、ネズミだけにってか。……ハハッ。


 なーんて思ってたら、ネズミちゃん(たぶん女の子だと思う)はサッと椅子から地上に降りると、あーしの周りをグルグルと何回か回った後、ごちゃごちゃした店の中をスイスイと進んでいった。

 あーしの周りを回ってたのは、たぶんあーしのことをじっくり見てから服を選ぶつもりということだと思う。

 ちなみに今までずっと壁の椅子に座ったまま話してたから、こっちはずっと上を見ながら話してたわけなんデスよ。

 あー、首痛い。ショージキ、とっとと降りてきて欲しかったっス……。


 ネズミちゃんが店内をバタバタ動き回ると、砂埃だかなんだかが盛大に舞い上がる。

 コレで服屋だって言うんだからなー。あーしにはちょっと理解出来んワ。

 まあ食べ物の店とかではないけど、でも服だって汚れたらダメじゃねーの?

 ま、考えるだけムダか……。


 なんか考えるのも少し疲れてきた。体も疲れてるし、アタマも疲れてる。だってそりゃ色々あったからね。

 こうしてふと立ち止まると、一気にそれを実感しちゃう。……つーか埃がさ、ホントに、いったん外出ていいカナ……。


 あーしが、ネズミちゃんが座ってた椅子のとこならホコリも平気じゃね? なんて思っていたら、ネズミちゃんが戻ってきた。


「これ、選んでみたよ。どう? どう?」


 と言って、重ねられた服たちを差し出してくる。

 広げてみたいけど、どこでやればいいんだろ。試着室とかあるんかなー?

 あーしは基本的に、服はネットで買うやつ以外はちゃんと一回試着してから買うことにしてんだよね。やっぱじっさいに着てみないと分からないコトもあるとゆーか。

 てか鏡は? この店鏡無くねー?


「あのー、これ着てみたいんだけど、着替えるところとかは……」

「それならこっちだよ。こっちで着替えるといいよ」


 と言ってなんか奥のスペースに連れられていく。

 そこは布で仕切られていて、まあ着替えられなくもない感じのとこだった。鏡は無かった。


 あーしはカーテンみたいな布の奥に入る。ネズミちゃんも後ろからついてくる。……えっ?


「え? キミも入ってくんの?」

「どうした? 早く着替えるといいよ」


 なんかトーゼンみたいにネズミちゃん居るんですケド。んーと、これが普通なの?

 えー、相手がネズミの人でも、それはちょっとなー……。


「そのー、ネズミちゃんは外で待ってて欲しいんだけどー」

「それはダメよ。お客から目を離す店員はいないよ。ネズミだって人間だってそうだよ」


 よく分かんねーけど、これってそういう感じなの? それならこのスペースに来た意味が分からんのやけど。マジで何のためにここに来たん? 鏡もねーし。

 うーん、ま、いっか。しょーがねーや。時間がもったいないし、相手はネズミ(たぶんメス)だし、気にするほどでもナイかな。


 とゆうわけで着替える。

 制服を脱いで、ネズミちゃんが持ってきた服を着ようとして……えーと、これはどうやって着るんだね……?


 けっきょく、ネズミちゃんに手伝ってもらいながら服を着た。むしろコレ、中に居てくれて良かったわ。

 試しに聞いてみたら、やっぱり女の子だったみたいだし。結果オーライですナ。


「うんうん、似合ってるよ。バッチリだよ」

「そーお?」


 鏡がないので外から見ることは出来ないケド、見た感じ変なところはないと思う。サイズもいい感じだし。

 問題の着心地は、まあ我慢出来なくはないってレベル。肌着は自前のものがあるし、それが無かったらちょっとヤバかったカモ。肌着もこんな材質ならフツーに死ねるヤツだわ。

 靴や手袋も付いて、ホントに一式って感じ。コレでとりあえずは街に溶け込めるでしょ。

 となると——


「あとは髪と……そうだ、剣もだった」


 そう、その二つをどうにかしたら大丈夫になる。しかしこれはどうしたもんでしょーか。


「気に入ったかい? それで気に入ったかい?」

「服はコレでいいんだケド、あのー、髪とか剣とか目立たない感じにしたいんだよねー。なんか、無いかな?」

「それを隠したいのかい? 頭と剣を隠したいのかい?」

「そうそう。なんかある?」

「それなら帽子を被ればいいよ。頭がすっぽり入る帽子を被れば大丈夫だよ。フード付きのマントをつけてもいいよね。そうだね、そうすれば剣だって見えなくなるよ。マントを買えばいいよ」


 帽子かー。あとマントね。

 体をすっぽりおおうマントなら剣も隠れるか。確かに。それならマントはいるナ。

 フードがあれば、それで髪も隠れるカナ?


 んー、でもずっとフード被ってるのは、それはそれで怪しくね? 外ならともかく室内とかならさー、いや、外でも十分怪しいかー?

 ずっとフード被ってるヤツとか、そんなん悪者か、絶対日焼けしたくない人じゃんねー。あるいはシスの暗黒卿くらいか。


 ……そーいやあーしの今着てる服、何となくジェダイが着てるヤツに似てるくね? その上フードまで被ったら、あーし完全にシスじゃん……。ヤベ、ダークサイド堕ちちゃう。。。

 ダークサイドに堕ちるわけにはいかないので、フードはなるだけ被らない方がよかろ。フツーに怪しいしね。

 となると帽子もいるなー。つーかフードだけじゃ完全に隠れるか不安だし、ボーシも買っとくか。


「んじゃ両方ちょーだい」

「分かった。持ってくるよ。カワイイやつを持ってきてあげるよ」


 と言ってネズミちゃんが持ってきたのは、マントと、ゴツいカブトだった。全力でヘルムってた。


「えと、なんそれ?」

「マントだよ」

「それは分かる。その上のヤツ」

「これ? これは頭に被るヤツだよ。だから帽子だよ」

「金属製じゃん」

「金属製の帽子だよ」


 まあ、そうかもしれんけどさ。これ帽子ボーシというより防具ボーグだよね?

 確かにこれなら、髪も完全に隠せると思うけど。髪どころか顔も完全に隠れるよね。いわゆるフルフェイスって感じのヘルムだもんね。


「これはここを、こうすると上に動くんだよ。ほら、これで被ったまま食事も出来るよ」


 なんか顔のところ覆ってる部分は上にスライドさせることが出来るみたい。うーん、まあ便利かもしれないけどさぁ……。

 ジッサイどうなんだろ、このヘルムは。とりあえず帽子ちゃうやんってところは置いといて、当初の目的から考えてみれば、髪を隠すという目的は達成している。それどころか顔も隠せる。

 いやいや、別に顔まで隠さんでいいし。つーかフツーに金属製のカブトとか重いでしょ。首疲れるわ。ただでさえ上向いてて疲れてんのにサ……。


「えーと、もうちょいフツーの帽子ないのかなぁ」

「これはオススメだよ」

「でもこれ、高そうだし」

「安く譲るよ。セットで安くするよ」

「あーしには重いんじゃないかなぁ」

「全然重くないよ。むしろ軽いよ」

「いやいや、まさか」


 言いながらネズミちゃんが手渡してきたヘルムを受け取ってみたら、マジで軽かった。

 え、何これ? 金属の重さじゃないんですけど。


「びっくりするほど軽い金属で出来てるから、全然重くないよ」


 確かにびっくりだわ。でも何でこんなに軽いんだろ。なんか逆に心配になるんだケド……。


「なんでこんなに軽いの?」

「これは普通の金属じゃないので作られてるのよ。魔法の兜なのよ」

「えっ、魔法の……?」


 それってすごいんじゃネーノ? 魔法のヤツって高いって言ってた気がするんだケド?


「それなら高いんじゃないの?」

「これは大丈夫。これは安いのよ」

「なんで?」

「……」


 いやなんでそこ黙るの?

 今まで聞かれたことには軽快に答えてきたのに、突然トツゼン黙るじゃん。


「さ、こっちのマントも見てみるといいよ」


 そして露骨ロコツに話題を変えるじゃん。……まあマントも見るけど。

 受け取ったマントを広げてみる。しっかりとした生地で、色合いも落ち着いてる。サイズも大丈夫そう。

 うん、特に問題はなさそーだね。


「マントは良さそーだね。それで、さっきのヘルムのことなんだけど——」

「さ、着てみるといいよ」


 うーん、このネズミちゃん。まあ着るけど。着るけどさぁ。これただの時間稼ぎにしかならんと思うんだケド?


 ネズミちゃんに手伝ってもらってマントも付けてみる。結構長い。足首近くまでくる。ただその分、腰の剣も完全に隠されてる。

 なんか雨の日にレインコート着てるみたいな安心感があるね。——ジッサイ、そういう使い方も出来るとネズミちゃんが教えてくれた。……マントについては何でも答えてくれるんだよなぁ。


「マントはオッケーだよ。マントは」

「良かったよ。これですべて揃ったね。それじゃあ精算しようか」

「待って待って。しれっと会計に進まないで」


 問題のブツが残ってるよぉ。銀色に鈍く光るブツがよぉ、残ってるダロぉ。なんで無視するのさぁ。


「ちゃんと教えて? これについてさ」

「これは頭を守るよ。大切な頭を守るよ」


 そりゃ頭はみんな大切さ。でも大切なのはその頭をどう使うかってコト。ちゃんと頭を使ってるやつは、はぐらかされてもなあなあで済まさないんだよね。

 あーしはちゃんと聞くべきことは聞くヤツなので、たとえ相手があーしの腰くらいの大きさしかないネズミちゃんでも、ためらったりはしない。

 そういう意味では、あーしは動物にも厳しい女なのだ。てか喋るなら動物とか関係ないわナ。


「そうだね。大切な頭を守るヤツがさ、なんかよく分かんないヤツだと困るよね」

「……それは困るよ。よく分からないモノを被るのはおバカさんだよ」

「そうそう。だからあーしはバカじゃないワケ。被るとしてもちゃんとどんなモノか理解してからじゃないとね」

「ちゅぁんと理解したら、買ってくれるのかい?」

「……危なくないならね」


 なんか安全なら被るみたいな流れになってるけど、別にこのヘルムじゃなくていいんだけどなー。フツーの帽子でいいんだけど。……まあ、それは今言わなくてもいいか。

 ナゼか知らないケド、ネズミちゃんがやたらこのヘルムを推してくるから、とりま理由くらいは聞いてあげようカナ。


「この兜はね、のろいの兜なんだよね」


 はいアウト。


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