第4話
研究発表はホテルの会議室を五つ借りて行われた。日程二日目の午後がそれに当てられた。六十余名の人が発表するのだが、半日しか時間が取れないので、一人の持ち時間は十五分に制限された。午前中は開会式、大連の外国語大学の教授による特別講演、記念撮影などが行われた。予定されていた瀋陽の師範大学学長の挨拶は会場キャンセルとともに中止となった。
発表者は大学院生クラスの研究者が大部分だった。若い女性が多い印象を与えた。会場毎の発表者の氏名と題目を発表順に印刷した冊子が予め配られていたが、それは会場が変更される前のものだった。会場がホテルに変ったため、六つの発表会場が五つに減り、発表者の五会場への再配分が行われた。また当日になって判明した発表者の欠席もあり、事前に配布された発表者リストは参考にならなくなった。O氏はそのリストで聴こうと思う発表に〇印をつけていたのだが、会場も時間も不確かになったので、適当に目星をつけて会場を廻った。発表時間が短いうえに質疑応答の時間も削られ、どの発表も表層だけの接触となった。もっとも、O氏の目的はそこになかったので落胆することもなかった。
一行は大学院生を除けば大学の教員が殆どだった。学会の中枢は教授・准教授が担っていた。高校の教員はO氏の他にはいなかった。高校関係者は県立高校の図書室司書の女性が一人いるだけだった。五十代と思われるこの女性は三年前の北京の大会の時にも参加していた。O氏はその時には挨拶程度の接触しかしなかったのだが、今回の旅行ではこの女性とよく話をした。一行の中にO氏と平生からつきあいのある人間は誰もいない。これまでの大会での遭遇から何人かの顔に見覚えがある程度だ。こういう旅の場合、話を交わせる人がいるのは救いとなる。孤独や不安が和らぐ。O氏はこの女性司書と三日間、ホテルでの食事を共にした。別に示し合わせたわけではないが、食堂で顔を合わせれば同じテーブルに座るのだった。彼女は万葉集を研究していて、大会には毎回参加し、発表も毎回しているのだった。O氏は大学の教員たちには隔たりを意識し、その間に入っていくのには躊躇いを覚えた。同じ高校関係者であるという気安さがO氏を女性司書に近づけたのだろう。
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