6-4

 車に戻る足取りはなんとなく重かった。雨に洗われたのとあの男の小屋にしばらく置いてあったせいか、スータンに鼻を近づけてもクリスのにおいはしなかったし、あのホームレス野郎以外のにおいもよくわからなくなっていた。

「だけどクリスなら……自分がシャツ一枚だったとしても、寒くてふるえてる人がいたら、シャツをあげるって言うと思うな」

 ニックは軽蔑したように俺を見た。

「私は吸血鬼ヴァンパイアだが、泥棒じゃない」

 ……こいつの倫理観はよくわかんねーな。

 マセラティは奇跡的に無事だった。

「クリスの体重がどれぐらいか知らねーけど、俺と同じくらいだとしたら、一四三ポンド〔約65㎏〕はあるだろ。犯人がひとりだったとしたら、雨の中、気を失ってる大人の男をひきずってくるのはけっこう重労働だと思うんだけど」

「たしかに、の人間だとしたら、鼻歌まじりにやる仕事ではないだろうな」

「あ……兄貴じゃないよ」勝手に言葉が口から出た。

「兄貴? お前に兄弟がいたのか。教会なんかで神父に飼われているから、てっきり一匹狼なのかと思っていたが」

「犬扱いすんのはやめろ。ここが密室なのを忘れんなよ」

「まあいい。それでどうしてお前の兄が出てくるんだ?」

「それは……」さすがにこいつの前では言えない。「前にあんたがそう言ったんじゃないか、クリスの……血を狙ってるのは吸血鬼だけじゃないって」

「そうだな。つまりお前がその兄にしゃべったわけか」

 ニックの声色がさっきの対ホームレス並みになった。

「しゃべってねーよ!」

「どうだかな」

 クソ、かけられるもんなら俺に催眠術をかけてしゃべらせりゃいいんだ。

「俺を疑うなら、あんたのほうこそどうなんだよ」

「先日も言ったが私ではないし、旧大陸の同類ならあんな野蛮な方法はとらない。お前がまったく要領を得ない電話をかけてきたから、それとなく探ってはみたがね。やつらは虚栄心の塊なんだ、噂にならないはずがない。むしろ可能性のほうが高いだろう。お前の言っていた南米大陸の不気味な生き物ならわからんがね」

「……兄貴たちなわけないよ」俺はそれこそ祈るような思いで言った。キースの兄貴が違うって言ったのに、どうしてまたこんな不安な気持ちになるんだろう。「俺たちは食べるための獲物を、食いかけのまま放り出したりはしないもん」

「ジェヴォーダンでは残していただろう」

「あいつは俺たちの先祖じゃないよ。遠い親戚みたいなもんだけど」

「親戚といえば、お前たち以外の人狼の可能性は?」

「近くのふたつの州にそれぞれ群れがいるよ。俺たちはたまに一緒に狩りに行ったりするんだ。商売敵ってわけでもないから……。それに、あんまり同族を悪く言いたくないんだ。そりゃ……過去には縄張りをめぐって殺し合いをしたこともあるって聞いてるけど。俺たちは馬鹿じゃないんだ、なんのためにべつの州にいると思ってるんだよ」

「ひとつの州で悪事をはたらいても警察に追われないようにするためだろう。スーパーナチュラル世界のFBIなんてものはないんだからな」

 超自然界スーパーナチュラルのまともな住人なら、狼人間の群れのメンバーに手を出そうなんて考えるやつはいない。十三人の呪われた女のサークルにもだが。

 ニックは(これまた奇跡的な確率で!)俺を教会まで乗せていった。

 あと数日でクリスは退院できるって言ってたっけ……掃除くらいしとかなきゃな。マジでなんにもする気が起きなかったから、家の中は散らかり放題だ。病みあがりのクリスを働かせるわけにはいかないもんな。今の俺にはそんなことしかできないし。

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