6-3
俺たちはその足でダウンタウンのはずれに向かった。
華やかな舞台の裏が配線や使われていない大道具でごちゃごちゃしてるみたいに、ガラスと鉄筋コンクリートのぴかぴかのビルの林から離れるにつれて、ベニヤ板の打ちつけられた窓やスプレーで落書きだらけの欠けたレンガ塀が増えてくる。
ニックがスミスさんから聞き出した話じゃ、ホームレスの野郎は最初、誰かがマネキンかなにかを不法投棄したんだと思ったらしい。夜が明けてからよく見てみたらどうやら人間みたいだとわかったんだと。たまに食料を届けてくれる教会の神父だって気づかなかったら放っておいただろうと言っていたそうだ。
「スミスさんていえばさ」俺はクリスについてちょっと気になってることを口にした。
「あんたとかスミスさんは平気みたいなのに、どうして俺にはおびえるんだよ」
「記憶がないだけで、案外、“狼”になったお前がやったのかもな」
「俺じゃねえよ! マジで殺すぞ!」
「あと考えられるのは、神父が犯人の顔を見ていて、そいつがお前に似た特徴を持っている可能性だな。少なくとも三人とも白人だし、私とあの警官は三十代でお前は十代、目の色も全員違うし、あとはお前だけ黒髪だということかな」
……あんたは三十代じゃないだろ。
「このへんは俺たちの
「どっちだ?」
のろまな吸血鬼野郎はせっかくのマセラティにナマケモノみたいな動きをさせた。フェラーリだったらイラつかれて、ヘタクソな乗り手がふり落とされてるところだ。
「違う、そっちじゃない――イライラすんな、ねえ、俺に運転させてくんない?」
「お前は免許を持っていないだろう」
「あんただって同罪だろ?」
第一どうやって免許とったんだよ。吸血鬼は鏡に映らないんじゃなかったのかよ。
ホントにヤバいブロックのふたつ手前のビルの陰にニックは車を停めた。
「車に目くらましとかかけらんねえの」
ニックじゃなく、ぴかぴかのシルバーのセダンのほうが心配で、俺は何度もふりかえった。こんないい獲物をそのへんの、ジャンキーに毛の生えたみたいなシロウト集団にパクられるのは、ウチのコケンにかかわる。
「私が飲むのはガソリンじゃないからな。駐車違反切符を切られるぐらいならどうにでもなる」
こんなとこに駐禁とりにくるほどヒマな警官がいるもんか。俺は思わず兄貴たちに連絡しようかという衝動に駆られたが、かろうじてやめた。
「あんたの車もそのカッコもすごく目立つぜ。もうちょいどうにかなんねえのかよ」
「悪かったな、お前ほどみすぼらしくなくて」
「いちいちひとこと多いんだよ!」
ひとつおきに切れかかって点滅している街灯の下を歩いて、クリスが見つかったっていう、雑居ビルのあいだの空き地に向かう。
歯が抜けたまま入れ歯さえ入れてもらえないでいる年寄の口ん中みたいに、そこだけぽっかりと空間があいていて、砂利と、解体の廃材が散らばっている。使える廃材は“家”の材料にされたみたいで、隣のビルとの境に掘立小屋がへばりついてた。
「私は少しこのあたりを見てくる」とニックが言って、スッとどこかへいなくなった。
俺は砂利を踏んで、カーキ色のテント屋根の小屋に近づいた。酸っぱいにおいと、人の気配がする。
「こんばんは」一応、礼儀正しく呼びかける。
俺はここに来たことがないから、このへんの住人とは顔見知りじゃない。
「ねえ、いるんだろ? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「こっちはガキに用はねーよ、さっさとおウチに帰んな」
毛布を垂らした“ドア”がちょっとだけ開いて、頭がドレッドヘアみたいになった男が顔を出した。
「このあいだここに神父が倒れてただろ、通報してくれたの、あんただって聞いて」
「……お前、教会のやつか?」
「うんまあ」
「なにが聞きたいんだ? サツには全部話したぜ」
「悪いけどもっかい話してくれないかな。どんな小さなことでもいいよ。日が出てから気づいたっていってたよね。ってことは夜中にその……連れてこられたんだろ。そのときなにか音とかしなかった? 車のとか、話し声とかさ」
男はふちが赤くなった眼でじっと俺を見つめた。ほこりと汚れで固まった頭を掻いて、
「……覚えてねえなあ。トシのせいかここんとこちょっとばかし物覚えが悪くなっちまってさ。ことと次第によっちゃ、なにか思い出すかもしれねえけど」
「ことと次第って……」
俺はパーカーのポケットの中でこぶしを握りしめた。
俺だってまるきりカタギの家の出じゃない。卑屈な表情がなにを意味しているかくらいわかる。通報してくれたから荒っぽいことはしたくないが、いっそのことこいつを締め上げて吐かせようかと思ったとき、闇の中からのっそりと、靴音もさせずにニックが姿を現した。
こいつも耳はいいほうだから、今の話を途中から聞いていたんだろう。全身から、いいから黙ってこっちに注目しろみたいなすごい
「だ……誰だいあんた」男がかすれた声でつぶやく。キレそうな吸血鬼相手に声が出せるのはすごいな。
「私が何者かなどお前にはどうでもよかろう」
ニックの口調はほんとに血も涙もないって感じだった。
「お前がここで神父を発見して通報した経緯を細大漏らさず話せ」
そう言われてすぐ、男は尻に火がついたみたいにべらべらしゃべり始めた。
その日の夜は雨が降っていたこと、だからほんとに外には出てない、気づいたのは明け方だまちがいねェ……そんでなにかが……誰かが倒れてるってわかって、死んでんのかと思って近づいてみたら息してたからさ、ここで死なれんのも寝覚めが悪ィと思って通報したんだよ嘘じゃねえ……
「だけどさ、クリスが――その倒れてた神父がひとりでここまで歩いてきたんじゃないだろ、ケガしてたんだし。足音とかもしなかったのかよ?」
「物音がしなかったか思い出せ」
「車の……音はしなかった……と思う、雨だったし、中まで入ってくりゃヘッドライトでわかる……」
男の声は熱にうかされてるみたいだった。
「ああ……でもなんか口笛が聞こえたな」
「口笛?」俺とニックが同時に言った。
「そう、ご機嫌だなって思って、で、そいつがなにかを捨てたんだよ。ドサッて音がしたからさ。俺んちの前にゴミなんか捨てやがって、って思ったけど出てくのがおっくうで、まあ朝になればなにか使えるものがないか探そうと思ってその日は寝ちまった……それ以外なにも聞いてねえよ」
「誓って本当だよな?」
「本当だ」ニックが言った。「こいつは私に嘘はつけない」
「お前が神父を発見したとき、彼の様子はどうだったんだ?」
「頭をこっち側にして倒れてたよ……金髪が見えて……顔色も真っ青で人形みたいだったから、
男の顔が苦痛をこらえているみたいにゆがんだ。ニックの目がさらに冷たくなる。
「小僧、お前がこいつを締め上げてもよかったかもしれんな」
「こいつクリスからなんか
「話せ」
「ズボンと……それから神父が着てるあの長い上着だよ。シャツは血がついてたからやめたんだ……あとなんか十字架のついたネックレスみたいなのがポケットに入ってたな……あれたぶん銀だろ、売れると思ったんだ。べつにこれぐらいいいだろ、神父なんだからさ、貧しい人たちには施しをするようにっていつも言ってるだろ」
「ふざけんなよ!」俺は叫んだ。ただでさえ夜は冷えるのに、朝まで放っておかれて……それで他人の持ちものを全部
「服はいいけどさ、ロザリオは返せよ!」
泥棒野郎は俺のほうを見ようともしない。
「いいや駄目だ。盗んだものをすべて出せ」
ニックが命令すると、男はのろのろと向きを変えて、テント小屋の中に入っていった。
持って出てきたのは見覚えのある黒い
「もう帰ろうぜ、ニック。俺、胸がムカムカしてきた」
「ああ」
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