5-4
急に鎖がひっぱられた。
抗おうとすると今度こそ苛立ったのか強く引き寄せられ
体をふたつ折りにしてえずいているのに構わず、土の詰まった袋のように扱われてまた馬乗りにされた。シャツが引き剥がされ両手首がうしろ手に回される。抜こうと動かすがさらに絡まる。
紙袋をさぐるガサガサいう音がして、鼻先と口元に布が押し当てられた。
こういうときに息をしないでいるというのはむずかしい。痛みのあまり空気を求めて喘いだとき鼻腔に流れ込んできたのは、熟した果物に似たにおい――亜硝酸アミルか。
瞬間的に動悸が激しくなって体が熱くなる。
落ちつけと自分に言い聞かせる。この薬効は数分間しか続かないはず――
「――この恥知らずめ!」
自由に動かせるのは口だけだった。布がはずされると同時に大きく息を吸って再び吐き出す。
「噛むんじゃねえよ、ったく、どっちが狼なんだかわかんねーな」
彼は瞬時に手を引っ込めた。が、私はすぐに自分の軽率さを後悔した。さきほどの薬剤が染みた布で猿轡をされたからだ。頭をふってもはずれない。
「こっちは親切でやってるってのに、わかんねえ神父さんだな。抵抗するだけ無駄だって。あんたにできるのはせいぜい
(なにが親切だこの
ふつうなら告解レベルの罪過かもしれないが、そんなことには頓着していられなかった。むき出しになった首筋に噛みつかれたからだ。
肉も噛み千切られたのかと思うほどの痛みを布地ごと奥歯を噛んで押し殺す。悲鳴をあげたりしようものなら向こうの思う壺だ。
傷口をぞろりと舐めあげられて背筋がぞっとした。
「やっぱり思ったとおりだな」鼻歌まじりの声。「あんたの血は美味いな――ゾクゾクする」
ひとの体の上で牙をむいて笑っているのが目に見えるようだ。それだけでも怒りで目がくらみそうなのに、さっきから動悸と熱っぽさがおさまらない。頭がくらくらしてきて……体がふわふわする。まさか、それほど出血したわけでも――
「――んッ?!」
また無遠慮に体内をさぐられて吐き気がせりあがる。もしここで嘔吐でもしたら、最悪自分の吐瀉物で窒息死するだろう――あまりきれいな死にかたではないけれどそれでも……。
「けっこうキツいな。力抜けよ、痛いのはあんただぜ」
意識を逸らすついでに耳をふさげるものならふさぎたい。こめかみが動悸にあわせてズキズキする。彼の言葉がどこか遠くから、近くから重なって聞こえてくるような錯覚に陥る。
「あいつとヤるときコッチはあんまり使ってなかったのかよ?」
下劣な揶揄に全身で抗うとようやく異物が抜かれた。
ほっとしたのもつかの間、ビニールのようなものを裂く音がして、冷たくぬめるなにかが尾骶骨を滴り落ちる感触に、毛虫のような悪寒が脊柱を駆け抜ける――最悪を覚悟した。
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