Under the Mistletoe

9-1

 今年のクリスマスイブ、俺とクリスはモリソンさんの家にいた。モリソンさんが産気づいたので、急遽チビたちのシッターを頼まれたのだ。この時期の神父はクソ忙しいが、いつも来てくれるシッターだって、この日ばかりは他人の子供と一緒にいるよりは自分の家族を優先する。

「あのじいさん倒れたりしない?」

 俺はまた代打で祭壇に立ってくれることになった、べつの教会から来ている年寄の神父がちょっぴり心配になって聞いた。

「深夜のミサをあげるわけじゃないからなんとかなるだろう。それに、子供の面倒をみるよりはミサのほうが数段楽だ」

 まあな、教会に来るやつらは説教中に奇声をあげて走り回ったり、聖水盤で水遊びしたりはしないもんな。

 せっかくマクファーソン神父さまが戻られたのに、とかなんとか言うやつはいたが、二千年以上前に生まれた赤ん坊の誕生祝いより、今夜生まれるかもしれないって赤ん坊のほうが大事だいじだろう。

 さすがのクリスも、シッターをやるのに、あのぞろぞろしたスータンを着てきたりはしなかった。俺たちはなにか楽しい遊びとカン違いして大騒ぎしながら逃げ回るガキをとっつかまえてフロに入れ、クリスが甘いパンケーキを焼いてやり、そのあとでまたテーブルと床とチビたちの顔を拭きなおすはめになった。絶対に作業のフローチャートの順番をまちがえたんだ。

「ディーン、大丈夫かい? “洗い”の最中に洗濯機が故障したみたいな格好になっているけど」

 俺は返事の代わりにくしゃみをひとつした。

「やられたよ、Tシャツの替えなんかもってきてないからさぁ……。最悪、モリソンさんのを借りるよ。あの人のなら俺でも着られるだろ」

 サンタクロースが来るまでは寝ないとがんばっていた小さな怪獣たちも、じゃあそれまで起きていて本を読んであげるというクリスに絵本を読んでもらっているうちに本当に寝てしまった。神父の説教用の声ってのはすげーな。

「……あいつらさあ、クリスの前ではわりかし行儀がいいんだよなあ。やっぱ神父だからかな」

 乳首が透けそうな編みかたのサーモンピンクのセーター姿の俺に、クリスはココアを淹れてくれた。

「それはお前が本気であの子たちと遊んでいるからだよ」

 そのとき俺のケータイが鳴って、写真が表示された。

「――見て、生まれたって!」

 最初は赤ちゃんのアップ、それから、赤ちゃんを抱っこしているモリソンさんの写真。ふたりとも、サウナから出たばっかりみたいに顔が赤くて汗まみれだ。

「女の子だって! うわぁ、可愛いなあ、可愛いなあ!」

 モリソンさんのメロンぐらいある胸のあいだに抱かれた赤ん坊は、人形みたいにちっちゃくて、生まれたばかりなのに小むずかしいことを考えている哲学者みたいに、ぎゅうっと目をつぶって、狭い眉間に二本のほっそいしわを寄せている。もう食べちまいたいくらい可愛い。

 画面に頬ずりしそうな俺を見てクリスは苦笑した。

「女の子の世話するの、俺はじめてなんだよ。あいつらにもよく言って聞かせなきゃ。ゼッタイに乱暴にしちゃダメだって。両手両足を持ってぶん回すなんてもってのほかだって」

 それ以上写真は送られてこなかった。あんなにお腹が大きかったんだから、あとひとりかふたり入っていると思ったのに。

「ねえ、いつ帰ってくるの、明日? 明後日あさって?」

「今生まれたばかりなんだから、モリソンさんを疲れさせたらいけないよ。明日私から聞いておくから……。なにも問題がなければ、二、三日のうちには戻ってくると思うよ」

 まるでお前が父親みたいだね、とクリスは微笑わらった。

 これから名前を考えなきゃいけないし、きっと幼児洗礼もするんだろう。そのときのゴッドファーザーは俺じゃだめなのかな……キリスト教徒じゃなきゃダメだっていうんなら、信者になってもいい。

 ああ、今夜は眠れそうにない。サンタクロースが来たら、予定にはなかったかもしれないがプレゼントを余分においていけと脅してやるところだ。

「なあ、サンタクロースってマジでいんの?」

 暖炉の煙突からあんな派手な赤い服を着たカーネル・サンダースが侵入してこようもんなら、兄貴たちが下から火を焚いてあのたっぷり脂肪のついた腹をこんがり丸焼きにしちまうだろうから、それをおそれてか俺んちに来たことはないが(そうでなくても、俺たちは全然「いい子」じゃなかったし)、エクソシストなら知ってるだろう。

「聖ニコラウスが? もちろんいるよ」クリスの顔はウソついてる感じじゃなかった。「私は子供のころ、サンタクロースの実存を証明しようとしたことがあるんだ」

 もう遅いから戸締りの確認をして寝よう、とクリスが言い、俺たちはキッチンの裏口と窓を見て回った。

 玄関まで来たとき、

「あ、忘れてた。モリソンさんから、チビたちのプレゼントを準備しておいてくれって頼まれてたんだ。ガレージに隠してあるから取ってこなきゃ」

 モリソンさんは正直がらっぱちだし、離婚したのかどうなのかは知らないけどシングルマザーだし、うるさいじいさんばあさんから見たらほんとにカトリックなのかあやしいもんだって思われてるのは知ってる。でも子供たちに罪はないから、スミスのばあさんとか何人かの人は、こういうときにいろいろ用意してくれたりする。

「私も一緒に行こうか?」

「寒いからいいよ」

 ポーチに出た俺は階段を降りる前に、ドアのところにいるクリスをちょっとふりかえった。うしろから家の中の照明あかりがさしていて、逆光になっているせいで顔がよく見えない。

「なんだい、私はどこにも行かないよ。狼が帰ってくるまで仔山羊たちと一緒に待っているさ」

 一体なにを読んだんだ。

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