7-5
あったり前だけど、狼のときでもかなわないってのに、人間の姿で太刀打ちできるわけない。
キースは仔犬がじゃれついてきたみたいに笑って、余裕しゃくしゃくって感じで、俺の好きなようにさせた。人間の歯で噛みついても分厚い毛皮に歯が立たないし、爪だって、ひっかき傷さえつけられない。
けど、俺だってほんとの仔犬じゃないんだ。百五十ポンド〔約68㎏〕はある。それに、ふつうの人間よりは力がある。狼の首を押さえつけるぐらいには。
首周りに両腕を巻きつけて締めあげると、さすがにウザいと思ったのかキースは唸って、ふり払おうと牙をむき出して激しく頭をふった。
それでも脚も使ってしがみついていたら、マジでイラついたらしく、腹にくる唸り声をあげながら、俺をダニみたいにひっつかせたまま地面を転がった。
向こうは背中がかゆいから掻いてるってぐらいなんだろうが、生身の人間のままだと、木の根っ子や石なんかがゴツゴツしててかなり痛い。
俺たちはひとつの塊みたいになってゴロゴロ転げまわった。尖った岩に肩甲骨のあいだを刺されてもトゲのある葉が目に入っても俺はキースを離さなかったが、体重はあっちのほうがあるのと、ぶっとい前脚の爪を地面に食い込ませて、ついにキースが俺を抑え込んだ。
「なにやってるんだこの馬鹿!」ニックがまた怒鳴る。
「ニック、いいから撃てよ!」俺は牙をむいた灰色狼の顎の下から叫んだ。
俺が一世一代の覚悟で言ったのに、あの野郎は舌打ちして走ってくると、両手でキースのたてがみをひっつかみ、ひっぺがしてブン投げた。すぐさま銃を拾いあげて二発目を放つ。
やつの真うしろで至近距離だったから一瞬耳が聞こえなくなった。
「――ニック!」
ふたり――ひとりと一匹っていうか――は上になり下になりしていた。
でもキースのぶっとい牙は銃身にさえ食い込みそうだ――だから銀のバックルにしときゃよかったんだ!
ニックが渾身の力をふり絞ってショットガンをキースの口からもぎ離し、台尻で横っ面を殴り飛ばした。
これにはようやくキースも離れたが、そのとき前脚の爪がニックの青白い顔をざっくり切り裂くのが見えた。
情けない声をあげかけたのは俺のほうだった。
ニックはうめき声すらあげなかったが、片手でおさえた顔の右半分は血まみれだ。
それでも銃から手を離してはいない。まだタマが尽きてないと思わせるためだろうか。
キースが体勢を立てなおして再び吸血鬼目がけて飛びかかろうとするのへ俺は割り込んだ。
目の前にかざした左腕に衝撃があった――キースの牙が前腕にガッチリ食い込んでる。たぶん骨まで
怒りで俺は吠えた。別種の痛みが体中を襲う。また勝手に変身しかけてるんだ。
俺の腕が硬い黒い毛に覆われていっても、キースは口を離そうとしない。どころか、そのまま噛みちぎろうとギリギリ顎を閉じにかかる。右手でキースの眼のあたりを殴りつけたが、うるさそうにまばたきするぐらいでほとんどこたえてない。
腕が痺れて感覚がなくなってくる。爪が剥がれそうなくらい必死に顎をこじ開けようとしてるけど、そんなことしても無駄なのは俺が一番よくわかってる。狼は一度咥えた獲物は離さない。離すのは次に俺の首に噛みつくときだ。
――ちくしょう、俺がこんなあいのこみたいなのじゃなくて、もっとちゃんとしたほんものの狼だったら、もうちょっとましな戦いができたかもしれないのに!
血と
キースが笑ってるのがわかる――わかるんだよ、兄弟だからな。ものすごくむかつくけど。
「――ディーン!」
ニックが叫んで、なにかを投げてよこした。
とっさに右手を伸ばしてつかんだが、思わずとり落としそうになった。けど構うもんか。
俺は痛みをこらえながらそれを逆手に持つと、顔面数インチに迫ったキースの首に突き刺した。
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