7-4

「出てこいよ、吸血鬼野郎」キースがこっちを向いたまま言った。かすかなあかりの下でも、琥珀色に変わった両眼が月の光を反射してぎらついているのがわかる。「いるのはわかってんだよ。風下にいれば気づかれないとでも思ったか? 俺の鼻をなめんじゃねえ」

「……」

 ニックが影のように木立の中から姿を現した。

「よくわかったな」氷みたいな声だった。

「くっせえんだもん」キースは首をひねって笑った。「死体のにおいがぷんぷんする」

「ディーン、なんでお前がこんな、生きてる死体と手を組んでるんだよ。そこまで馬鹿だったのか?」

「兄弟揃って教養の欠片かけらもないやつめ」

 ニックは銃を構えていない――が、手をおろしてるわけじゃない。引き金に指をかけたまま、けっこう重量のあるショットガンを、腕と腰で支えるようにしてる。

「あんまり俺を怒らせないほうがいいぜ。そこのまぬけな弟はあんたに丸め込まれたのかもしれないが、あんたらと俺の一族は不俱戴天の敵同士デッドリー・エネミーなんだからな」

 ニックがそろそろと動く。やつがなにをしようとしているのかわかって、俺もそうっと逆方向に回る。

 キースの注意の大半は、銃を持ったヴァンパイアのほうに向いている。

「奇遇だな、私も同じことを考えていた」

 聖フランシスコ、聖女ブリジット、そして聖パトリックよ我らにご加護を、とニックが早口で唱えながら腰だめで散弾銃ショットガンをぶっ放した。ハロウィンの飴玉キャンディみたいに景気よくばら撒かれた弾から、俺はなんとか横っ飛びに逃れた。

 吸血鬼がお祈りするのを聞くなんて――この世の終わりか?

 キースは――信じられないことに――一瞬で狼の姿になって、ダンスのステップでも踏むみたいな軽々とした動きで体をひねって、散らばった弾をけた。それでも、にぶく光るいくつかがたしかにやつのうしろ脚に食い込むのが見えた。

「散弾なのに外してんじゃねえよこのへたくそ!」

 ってかまさか俺もついでに的にしたんじゃねえだろうな!

「うるさい、お前が邪魔な位置にいるからだ!」

 ニックはキースから目を離さず、ちょっと後退して、おなじみの派手な装填ポンプ音を響かせた。車泥棒にはビクッとくる音だ。

 ショットガンには六発込めることができるが残りは一発だ。

 狼は鹿よりは小さいが鳥よりは大きいから、ほとんど人間ヒトと同じだ。そうすると、対人用の鹿弾バックショットを使うことになる、とニックは説明した。中に入ってる弾も鳥のエサみたいな小粒のやつじゃなく、カフスボタンくらいの直径があるやつで、そのぶん、数は少なくなる。

 袋一杯にあるように見えた銀製品でも、加工してみたらじゅうぶんとはいえなかった。

ってえなあ……実の兄に弾撃ち込むなんてひどいだろ、しかも銀の」

「お前なんか――お前なんか兄貴じゃねえ! なんでクリスにあんなことしたんだよ! 今さらあれは冗談だったって言うのかよ⁈」

 どうしてか、俺の喉はひどく痛んだ。体の節々も痛い。変身しかけてるんだ。そうしなきゃキースと――兄貴とは戦えない。

 キースは否定しなかった。ハァ? なに言ってんのお前、とは言わなかった。言ってほしかった……わけじゃないけど。

「なんでだったかなぁ……美味うまそうだったからだよ、前にも言ったろ。なのにお前はらないみたいなこと言うから」

 痛いとか言いながらキースの姿は狼のままだし全然動けてる。牙をみせて俺を威嚇しながら、じりじりと距離を詰めてくる。一方で、ちらちら横目でも見てる。

 キースはニックのこともりたくてうずうずしてるみたいだが、やつがまだ銃を持ってるのと、俺がいるから、俺を盾にして、撃たれないようにうまいこと距離をとっている。あいつが俺のことを気にするとは思えないけど。

 厄介な相手だと思ってるのはニックのほうで、俺のことはおまけみたいにしか扱ってないのがわかる。

 ニックがちゃんと血を飲んでるなら、もしかしたらキースの首を絞めホールドして殺せるかもしれない。その前に腕の一本くらい噛み切られるかもしれないが――また生えてくるんだよな?

 ニックがまた俺にはわからない呪いの言葉をぶつぶつつぶやいているのが聞こえた。

「そんで、どうしてナニしたのかって話だったよな。ああそうだ、ついでにお前の大事な大事な神父さんになにを使ったか教えてやろうか。あんまりお堅くてかわいそうだったからさ、特別製のヤツだよ。バナナ・スプリットと狼の陰茎アレとあといろいろ――ちょっとオエッとくるようなブツらしいけどさ、魔女の薬はさすがに効くよな、最後にはけっこう乱れてたぜ。お前にも見せてやりたかったよ。だから返したんだけどな。あれから味見はしたのか? してねえよな、してたら今ごろ――」

「うるせえ、黙れよこの人でなし! よくもクリスを――それになんだって――狼の? なんでそんなひでえことすんだよ!」

「ただのアレじゃないぜ。親父のだもんな。そりゃ効き目も別格だぜ」

 ……親父?

 俺は耳を疑った。頭に血がのぼってるから、聞き違いだよな?

「キース、今なんて……」

「だから親父のだよ」

 やつはぺろりと頬を舐めた。うしろ脚から滴っていた血が止まった。なにか硬くて小さなものが落ちて、石に当たってはね返る、カチンという音がする。ヤバいもう傷が回復してる。びっこすらひいてない。銀の弾なのに! 絶対クリスの血のせいだ。

「親父の……? なに言ってんだよ、嘘だろ、だって……」

「嘘じゃねえよ。今まで俺がお前に嘘ついたことがあったか? 男がアレを切り取られて、生きていられると思うのかよ――親父は俺が殺したんだよ」

 俺は妙な感覚に襲われた。まとわりついてたクモの巣みたいなものがひきはがされたような。体から力が抜けて……

「なんで変身を解くんだ馬鹿!」

 ニックが叫んだが――俺にはどうしようもない。

「なんで……まさかそんな……親父を……なんで殺……したんだよ、どうして……」

 俺はキースに体の正面をさらして案山子カカシみたいに突っ立っていた。あの親父がられるわけない、ほんもののアルファが……。

 もうキースのことを信じられなくなっていたが、俺の中のなにかが、それでもやっぱり、キースきょうだいはウソをついてないって告げていた。

「知りたいか?」キースはにやりとした。

 それはまだ俺がほんとにガキだったころ――車泥棒家業の手伝いすらさせてもらえないくらいの足手まといだったころ――に、とっておきの獲物をみつけたって、親父の前で兄貴たちが報告し合ってるときに見せた会心の笑みだった。俺が一日も早く仲間に加わりたいと願っていたときの。

「俺の女をろうとしたからだよ」唇をゆがめる。「俺の、っていうか、まあもうどっちが先に目ェつけてたんだか忘れたけど。あのクソ親父もホントいいトシしてるくせに、再婚しようなんてするからさ。けど、若いほうがいいだろ――いろいろとさ」

おぞましいブラッディ人狼め、私でさえそんな理由で父親を殺してはいないぞ」ニックが顔をしかめて吐き捨てた。

「アルの兄貴が……許すわけない、そんなこと」俺は喉の奥から絞り出すみたいにそれだけ言った。

「だろうな、あいつは自分の足元も見えてないからな、いつまでも色ボケの親父の影ばっか追ってさ」

「――アルフレッドの兄貴を馬鹿にすんな!」

 俺はカッとなって、キースの野郎に飛びかかった。

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