7-3
十日後にまた待ち合わせ場所に現れたニックはマセラティでもアルファロメオでもなく、レンタカーの
こいつが黒のジーンズにマウンテンブーツなんて履いてるの初めて見た。
「ひとのことを変な目つきで見るな」やつは言った。
「ヘンな目つきってなんだよ。――そのベルトのバックル、銀?」
「いや、違うが」
「なんだ。もし狼があんたにのしかかって喉笛を食いちぎろうとしたら、お守りになってくれたかもしれないのに」
車は禁煙車だったし、やつからはいつもつけている、動物の臭腺と防腐剤みたいな香水のにおいもしなかったから、車の中はマジで納骨堂だった。車酔いしそうで俺は窓を開けた。風が冷たい。
「いいか、私は風下にいる。なんでもいいからやつに話しかけて、射程に入るまでできるだけ話を長引かせろ」
「それって卑怯じゃね」
「恋愛と戦争においてはあらゆる手段が許されるんだよ、坊や」
……まあ俺も、あんたに
「どうしたんだよディーン、しけた
とっくに立入規制のチェーンが張られた国立公園の入り口で会ったキースの兄貴は、いつもと変わらない……というか、いやに機嫌がよかった。
「せっかくお前から久しぶりに一緒に走ろうって連絡よこしたくせにさ。腹でも痛いのか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
俺の肩に腕を回してくるのもべつに力が入ってるわけじゃないし、会えてすごく嬉しいってのが伝わってくる。
「じゃなんだよ、寂しいのか? ロジャーとかバートたちを呼んだほうがよかったか? けどあいつら今日はさっさと飲みに行っちまったからさ――仕事を放り出して!」
「あいつら変わってないよな」俺は無理して笑顔をつくった。
「そうそう、お前のほうがよっぽど頼りになるぜ。言われたことはちゃんとやるしな」
――やめてくれよ、キース、なんで今そんなこと言うんだよ。ちくしょう――ああもう――笑えないぜマジで。
まあまあ
人間としてはふつうだし、狼としては平均的だ。
親父もだ。目をかけてて、だからキースには高校出とけって言ったんだし、実際キースは優秀だった。俺なんかよりずっと。
そんな兄貴に、お前も見どころはあるんだからちゃんと学校行け、
勝手に鼻が鳴る。ニックのことなんかほっといて、クリスのとこに帰りたい。クリスにはほんとすまないと思うけどでも――ここまできても、今になってものすごく情けないけど、ヴァンパイアに腰抜けとののしられようがどうだっていい、俺はほんというとどっちも失いたくない。
そうだよ、クリスじゃなかったら……ちょっと耳に挟んだんだけどジョーダンだよな、兄貴がそんなことするわけないよな、ったりめーだろなに言ってんだよどこの誰がんなホラ吹き込んだんだよお前アタマ沸いてんのかって言って笑い合ってそれでなんにもなかったことにできるのに……どうしてこんなことになっちまったんだろう。
俺たちは散歩するみたいに、黙って森の中の暗い道を歩いた。
「お前それで、自分がなりたいときに変身できるようになったのかよ?」
「……いいや、まだだよ」
「そっか。こんなとこに呼び出すくらいだから、きっとできるようになったんじゃないかと思ってたんだが。そしたら一緒に……おいどうした、そんな悲しそうな顔するなよ。わかってるさ、お前を置いていったりはしないぜ。ギルの野郎じゃあるまいし」
「……うん」
俺は本気で回れ右したくなってきた。クリスにぜんぶ白状して……そんでいくらなじられてもいいから俺が代わりに謝るってのは……。だけどクリスのあの眼を見たあとじゃ……これから先ずっとああいうふうに俺を見るんだろうか。俺は兄貴じゃないのに。
涙をガマンしてると、ワサビを食ったときみたいに鼻の奥までツーンと痛くなる。
みっともねえな、こらえろ。今ツッコまれたら全部ぶちまけちまいそうな気がする。……なんかイヤな表現だな。
「……さ、こんなとこでいいかな」
ちょっとひらけたところでキースが足を止めた。
上に着ていたウィンドブレーカーと、その下のカットソーも脱ぐ。狼になる準備だ。
一緒にモッズコートを脱ぎかけた俺のほうを見てちょっと首をかしげる。
「その前にさあ……ディーン、お前、俺になんか言うことあるだろ」ランニングシューズも蹴っ飛ばすように足を抜いて裸足になる。
「……なんかってなんだよ」俺は用心しながら言った。
「いやべつに、お前が言いたくないならいいんだよ。無理して聞き出そうとか思ってないしな」
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