7-2
一ブロック離れたところにシルバーのマセラティが停まっていた。
やつはなにも言わずに俺を車に乗せて、そのまま都心のどこかの高級アパートメントへ連れていった。黒服を着た黒人のドアマンは俺のだらしない格好が目に入ったはずだが、表情は変わらなかった。
やつが前の住人を皆殺しにして不動産屋からカギを奪い取ったんじゃない限り、ここがホントにやつの
(すっげえ家……)
思わず口にしそうになったのを呑み込む。こいつをいい気にさせてやる義理はない。
「そこで待っていろ。そのへんのものにべたべた触るなよ」
やつは俺をフットサルができそうなだだっ広いリビングに残して消えた。こんなとこにひとりで住んでるなんて、スペースと資源の無駄遣いもいいとこだ。棺桶ひとつで足りるだろうに。
俺のベッドより寝心地のよさそうな革張りのソファでトランポリンをするのは後回しにして冷蔵庫を開けてみたが、ミネラルウォーターのボトルとビール、野菜室にライムとトマト、レタスが入っているだけだった。
(あいつ、ギネスなんか飲むのか……?)
「ちょっとこれを持っていろ」
奥のドアから戻ってきたやつが投げてよこしたものをうっかりキャッチしようとした俺は、触った瞬間に放り出した。
「あぢ! なんだよこれ?!」
「乱暴に扱うな。お前の小遣いではとても買えない品だぞ」
見ると、右手の平にヤケドができていた。みるみるうちに、ヒリヒリした痛みが襲ってくる。
「ヴィクトリア朝の銀の嗅ぎ煙草入れだ。美しい細工だろう?」平べったいそれを野郎がつまみあげる。
「ふざけんじゃねえ!」
……あーあ、銀でできたヤケドは治りが遅いんだよ。
「これぐらいで足りるだろう」
手の平を水で冷やしている俺の前で、ニックがカウンターに黒いビロードの袋を置く。中をのぞきこんでぎょっとした。タンブラー、カフスボタン、やたら
「……えーと。あんま聞きたくないんだけど、これでなにするつもりなんだ……?」
「決まっているだろう。
……これだけありゃ人狼の一個中隊でも殺せそうだな。
次にやつが車を停めたのは
ショーウィンドウに鉄格子がはまっているのは、刑務所とは逆で、中のやつらはおとなしいが外のやつらはヤバいってことなんだろう。でもそれ以外は、
明るく照らされた店の中には数人の客がいた。女性もひとりいたけど大半が男で、
「あんた銃撃てんの?」
「私をいくつだと思っているんだ?」
……せいぜいがマスケット銃ぐらいじゃねえかと思ってたけど。
「お前は?」
「ねえよ」
飛び道具は卑怯じゃねえか。
やつは意味ありげにニヤニヤした。
「そうか。もったいないな。男が好きなものは車か銃と相場が決まっている――男なら、自分の
「……下品な冗談言うなよ。クリスにぶっとばされるぜ」
ニックが店員と弾について話し込んでいるあいだ、俺はずらりと並べられている“商品”を見て回った。
銃なんか触ったこともないけど、たしかにやつの言うとおり、なんつーか、キレイだ。ヘンな意味じゃなく。銃身のまっすぐなラインからグリップにつながる曲線。リボルバーのごついシリンダーと、対照的なピストルのすっきりしたシルエットが。それからオートマチック・ライフルの複雑な凶悪さに、尾骶骨のあたりがゾクゾクする。
それは
「どうだ?」ニックがいつのまにかうしろに立っていた。
「俺、これが気に入ったな」
壁にかけられた商品のひとつを指さす。
「お前にライフルはまだ早い。買うのは
「俺に撃たせてくれんの?」
「自分の手で憎いきょうだいを穴だらけの敷物にしたいというならやらせてもいい。が、一応練習は必要だ。まあ、お前ならすぐにできるようになるだろうが」
蛍光灯の下でも青白い吸血鬼の顔を見て俺は言った。
「できるなら自分で咬み殺したいよ」
「その心意気だ」
ニックは、狩猟に使うんだと言って、散弾銃と、ふつうのショットガン用カートリッジを買った。
「弾薬ができあがるまではしばらくかかるからな。試し撃ち用だ」
IDの提示もなにも求められなかったので、やつがまた店員をだまくらかしたのがわかった。それでもちゃんと金を払うのが謎なんだが。
「帳簿外の取引でも、金はきちんと払ってやらないとな」
俺の視線に気づいたのかやつは言った。
こいつの倫理観も俺たちとはだいぶ違うみたいだ。
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