UNLEASHED

7-1

 クリスが教会に帰ってきても、それで前みたいな日常が戻ってきたわけじゃなかった。

 ゴミ屋敷みたいなのを想像してたのかもしれないが、それほど汚れてもいない司祭館を見たクリスは俺に礼を言ったけど、どこか心ここにあらずって感じだった。

 大きな声を出したりするとまだ胸が痛むっていうんで、しばらくは平日のミサも中止、日曜のミサは、二週間にいっぺん、べつの教会から来てくれている爺さんの神父がメインであげて、クリスは補佐みたいな形ですることになった。学校のほうはもう少し休んでいていいと校長から言われたらしい。

 信者の人たちはクリスが帰ってきたと知ると、前以上に教会や司祭館を訪ねてくるようになったが、もちろんクリスはやつらを追い返すようなことはしなかった。相変わらずにこにこしながら対応している。

 その笑顔がなんか不自然に見えるのはたぶん俺だけだろう。たまたま、信者じゃないやつから相談を受けていて答えてるのが耳に入ってきたが、声はおだやかだし丁寧なのに、なんでだか「お前の悩みなんかどうだっていい」って言ってるみたいに聞こえた。だからなにを聞かされても動じないで話ができるんだ。

 それ以上に、俺たちはひとつ屋根の下に暮らしている赤の他人になったみたいだった。

 クリスは俺に学校行けとは言わなかった(たとえ言われたとしても、クリスと一緒じゃなきゃ行く気はしなかったが)。

 時々だけど、今まで飲んでいなかった薬を飲むようになったし、ひと晩中部屋の常夜灯電気をつけたまま寝るようになった。

 一度、またうなされてるみたいな声が聞こえたからドアを開けようとしたら、開かなかった——カギなんかつけてなかったはずなのに。

 ブチ破ろうと思えばできたけど、そんなことしたらまたクリスをおびえさせるだけだと思って、俺はおとなしく耳をふさいで自分の部屋に戻った。クリスが俺を部屋に入れたくないんなら、それにはゼッタイ理由がある。

 飯を作ってくれるのだけは相変わらずだったが、会話らしい会話はほとんどしなかった。天気のこととか、TVでやってたニュースのこととか、そんな話ばっかりだ。

 礼儀正しいし、やさしいけど、冷たい――

 もしかして、前に言っていた、“昔の自分わたし”って、こういうことを言ってたんじゃないよな? これじゃまるで、天使の皮をかぶった吸血鬼だ。まさかニックの野郎が手を出していたりはしないと思うけど。

 これがほんとのクリスなんだとしたら、俺は今までなにを見ていたんだろう。

 それでもやっぱり信じたくはなかったし、時々俺がまぬけなことを口にすると小さく笑うのを見ていると、今のクリスはほんとのクリスじゃないって気がした。俺(やニック)が好きだったクリスはたぶんどこかに隠れている。

 それに、俺は、こんなふうになっても、クリスを嫌いにはなれなかった。



 陽の出ているあいだは、俺は吸血鬼みたいに教会から動けなかった。

 クリスは前みたいにスクールカウンセラーの仕事に行くようになり、ようやく俺も学校へ行った。でも、事件前なら、ヒマができたらカウンセリングルームでダベってたけど、今は気まずすぎて、とてもじゃないけど十分もいられない。

 代わりに、スクールバスの出発時間ギリギリまで俺が図書室なんかに居座っているもんだから、リズがヘンな顔して、「ねえディーン、メルがいなくなったと思ったら、あんたが図書室に入り浸ってるなんて、神父さんとなんかあったの?」と聞いてきた。なにもねーよと答えたけど、クソ、なんで女ってのはあんなに鋭いんだ。ビーグル犬じゃあるまいし。

 それ以外のときはどこへ行くんでも絶対携帯を携帯しろと口を酸っぱくして言うと、クリスはさすがにおとなしく言うことをきいた。ほんというと、もし人間が、いやそれ以外のやつらも含めて人狼おれ並みに鼻がきくんなら、エア・タグどころかにおいをつけマーキングしておきたい――そんなことできないけど。

 だからどうしても、棺桶から抜け出すのは、クリスが絶対教会から動かないってわかってる、ミサとか決まったお祈りの時間とか、それから夕方以降の、ふつう出歩いたりしない時間帯ってことになる。

 好き勝手やってるように見えて、吸血鬼って意外と不自由だな。ま、あいつに同情の余地なんてないけど。

 を提供できるって言ったあと、なにをするのかと思っていたら、土曜の夕方にスマホにやつからメッセージが入った。

 俺はちょっと買い物に行ってくると言って家を出た。

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