6-8
やつがさもトーゼンのようにキーを取りあげて車を降りたので、俺もあわててドアを開けた。
「どこ行くんだよ」
「言っただろう、顔を見に行くだけだ」
「明日退院なんだから一日ぐらいガマンできねーのかよ、大体あんた毎日病院来てたけどマジでクリスになんかしてたら承知しねえからな」
やつは足下にまとわりつくやかましいスピッツでも見るみたいに俺を見た。その顔には電光掲示板みたいに「お前が言うか」って書いてある。
「神父とは聖書の話をしただけだ。年寄には、長い人生における張りあいと規則正しい生活習慣が必要なのさ。――ひとつ休戦協定といこうじゃないか、坊や」
ロビーを通り抜けて、ニックはエレベーターのボタンを押した。中には俺たちふたりしかいない。
俺はしぶしぶうなずいた。俺だって、こいつの言うようなまるきりの馬鹿じゃない――って、前にクリスが言ってくれたのを信じることにする。この際だから使えるものはなんでも使おう。あとになってこいつのたくらみがわかったとしても、そんときはそんときだ。
病室のある階でエレベーターを降りる。
クリスの病室はスタッフステーションのすぐ近くにあって、エレベーターのそばからでも、彼が巡回に来たらしい女性看護師となにか話しているのが見えた。看護師のほうはなんだか名残惜しそうに、書類を挟んだクリップボードを抱きしめるみたいにして話し込んでいる。たぶん告解してるわけじゃないと思うけど。
「さてと、それじゃどうやって、そのろくでなしのセクストゥスをおびき出すんだ?」
ニックの口調は、ちょっとそこまで用を足しに行ってくる、みたいな感じだった。
「セクストゥスって誰」と俺が聞くと、やつはやれやれとでもいうように肩をすくめ、
「セクストゥスが誰だかわからなければ、トロイアのパリスと言ったほうがいいか?」
「えーと誰だっけ、ブラピが出てた映画で、他人の奥さんを
歴史の授業で教師がちょこっと見せてくれた。
「四〇点だな」
それ絶対五〇点満点じゃないだろ。
「んなこたどうでもいいよ。兄貴は俺をナメてる。クリスを俺のお気に入りの毛布だぐらいに思ってる」
大好きなおもちゃをとりあげて目の前でバラバラにしたり、何日もかけてつくったレゴブロックを変な形に組み替えて接着剤でくっつけて二階の窓から放り投げるのはバートとバーニーの兄貴たちだったけど、キースはそれ以上だ。
にいちゃんがあんなことしたって親父に訴えてもムダなのはわかってたから、俺は裏庭に、かわいそうなロボットたちを埋葬した。最終的に家のバックヤードは穴だらけになり、そこに
「あんな状態で返してよこしたのは……きっと……飽きたからだ。俺がいつも兄貴たちのお古で満足してたから……してると思ってるから。俺を底抜けの甘ちゃんだと思ってる。だから……俺が教会と……クリスに嫌気がさしたから家に戻るって言ったら……兄貴は迎えに出てくるよ」
ヴァンパイアに向かってこんなことを告白するのは、授業中にノートの下でクラスの女王に捧げるキモいポエムを書いていたのを数学教師にかっさらわれて、クラス全員の前で伴奏つきで披露されるみたいなものだった。耳に入っているのかいないのか、やつのグレーの
「兄貴は俺ほどの阿呆でも意気地なしでもないから、クリスをやったのが兄貴のクソ野郎なら、絶対クリスの血を飲んでる」
吸血鬼野郎は顔をしかめた。
「おいおい、群れの上位メンバーと戦うのに、相手が神父の血の力を得ているって? ちと荷が重いな」
「まさか今ごろケツまくろうっていうんじゃないだろうな」
「見くびるな。ただ私にも腹ごしらえが必要というだけだ。しばらく“キリストの血”も飲んでいないことだしな」
ちょっといやな目でクリスのほうを見る。
「これ以上勝手にクリスに触るやつは、たとえあんたでも咬み殺してやる」
「……私にだって好みというものがあるんだよ。こんな病人ばかりのところでなにをどうしろというんだ」
「あんたここをどこだと思ってるんだ? 医者だか看護師だかをちょこっとだまくらかして、輸血用バッグでもなんでも持ってこさせりゃいいじゃないか」
しばらくして戻ってきたニックは
「……全血だろうがなんだろうが、血液製剤は味気ないんだよ」俺と視線が合うと、聞かれてもいないのにごにょごにょ言い訳を口にした。
「いいじゃないか、器具を通さずに献血したのだと思えば」
「べつに気にしないよ」俺は言った。
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