6-7
雄叫びをあげる寸前で、すごい力で肩をつかまれた。
全然耳に入ってなかったが、警察官が
スピードメーターが一瞬見えたが、時速七十マイル〔約112km/h〕ギリギリだった。……なにやってんだよ。
「――わ」
やつは俺のパーカーのフードをぐいとひきあげ、同時に片手でハンドルを操って、滑るようにマセラティを道路の端に寄せて、停車した。
やっべえ、俺、今、思いっきり変身してるんですけど……。
「そのまま丸まって、具合の悪いフリをしていろ」
ポンコツのパトカーがようやく追いついてきて、怒り狂った象みたいな足音を立てながら、警官が四人もやってきた。前にも逃走経路をふさぐ形でパトカーが一台割り込んでいる。そりゃあ、こんな目立つイタリア車に大通りを堂々とサーキット扱いされたら、まちがいなくアタマに血がのぼってそのうえ沸騰しているだろう。この大バカ野郎!
「さっさと窓を開けろ!」声だけでガラスを割る勢いでサツが叫ぶ。
吸血鬼野郎の言うとおりになんかしたくないけど、俺んちの稼業にケーサツはご法度だ。もちろん教会にも。
俺はフードをできる限り深くかぶって、胎児みたいにシートの上で丸くなった。
「すみませんね、急いでいたもので」
ヴァンパイアの声は納骨堂みたいに静かだった。
「家でも燃えてるのか?」
警官のほうは、下手な冗談なんてかましたらすぐにでも一発ブチ込むぞってくらいピリピリしている。
「私の息子の具合が悪くなったので病院に行こうとしていたんですよ」
それを聞いて、今にも自分の膝の上に胃の中身をぶち撒けそうな声が出た。これで少しは信じる気になってくれればいいけど。そんなみえすいた言い訳、たぶん一万回は聞かされてる。ふざけたことぬかしてないで免許証を見せろ、車を降りろ、ここを一体どこだと思ってるんだ、天下の公道だぞ、酔っ払ってないか呼気検査をしてやる――って怒鳴られるに決まってる……。
ところが、
「ああ、それは大変だ。ですが病院は反対方向ですよ。よければ先導しましょう」
「ご親切にどうも」
ウィンドウがするするとしまり、警官の気配が消えたのを見計らって、俺はニックの野郎を盗み見た。
「……四人全員騙したのか?」
「少々位置が悪かった。せいぜいふたりか」
パトカーは派手に警告灯を点滅させて、中央分離帯の切れ目でUターンした。マセラティもそれに続く。半分は騙せてないから、うしろにもう一台のパトカーがぴったりくっついている。
「もっとうまい言い訳なかったのかよ」
「警察のエスコートでドライブというのも悪くない。それに私は今日はまだマクファーソン神父の顔を見ていないんでね」ニックは口笛でも吹き鳴らしそうだった。
「……マジで吐きそう」
「シートに吐くな。窓から顔を出せ」
三台の車はお行儀よく連れ立って、もと来た道を逆戻りした。
病院の車寄せにすべり込むと、パトカーを降りてきた警官にニックが白々しく礼を言い、相手は敬礼して去った。行きより時間のかかったドライブのおかげで、俺はケーサツに顔を見られても大丈夫になっていた。
やつが病室に行くというので俺は猛反対した。こいつがクリスに術をかけて口を割らせたってことは、やろうと思えばそれ以上のこともできるってことだ。
「顔を見るだけだ。神父はお前の持ちものじゃないぞ」
「うるせえこの
「お前の兄には好き放題させたのにか?」
やつの目と声が一転して寒々しいものになった。
チクショウ、こいつは俺が老衰でくたばるまで、百年だってこれをネタにゆすろうとするだろう。
「――ああ、そうだよ、けど誓って俺がヤツにバラしたんじゃない。キースのやつに思い知らせてやりたい――俺のクリスをあんな……」
「お前のじゃないだろう」
黙れハゲ、俺は心の中でののしった。
「私も一枚噛ませてもらおう」ニックが言った。
「
「だからお前は馬鹿だというんだ」
野郎の声は氷山みたいで、俺の反論なんか全部はねかえすつもりだってのがよくわかった。
「“できそこない”のお前が、ほんものの人狼に
このとき俺が変身しなかったのは――それが事実だったからだ。
「あんたの手を借りると思うと有難すぎてシートにウンコ漏らしそうだぜ。代わりになにを要求するつもりなんだよ。俺は金も持ってねえし、あんただって俺の血なんかほしくねえだろう」
「私はお前に多少の武器を提供できると思うがね。
「それであんたを
俺が舌を出したので、やつは皮肉に唇をゆがめた。
「男の子はどこかで父親を殺して自分の家族をつくらなきゃならないのさ。通過儀礼というやつだな」
「俺がブッ殺すのはクソ兄貴だよ。
ニックのグレーの目がすうっと透明に近くなった。
「そうだ。経験者が言うんだからまちがいない」
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