4-5

 しばらくそうしているうちに、白衣を着た医者がやってきて、名前を名乗った。

「マクファーソン氏のご家族ですね。息子さんの容態をご説明したいのですが……」ベンカレンのほうをちらりと見て、「未成年のかたと、もしかするとご婦人には同席を遠慮していただいたほうがいいかもしれません。ちょっとその……」

「トニー、あなたが行ってきてちょうだい。わたしはここで、この子たちと一緒にあの子をみているわ」

「ディーン、君もくるかい?」親父さんが言った。

 俺は首を横にふった。

「俺はいいよ……聞いてもむずかしいことはわからないからさ。それより俺もここにいたい」

「ディーン、いらっしゃい」

 おふくろさんが俺の肩を抱き寄せた。

「私も同席させてもらって構いませんか?」

 突然ニックが口を挟んだ。

「あなたは……失礼ですがどういうご関係で? ご家族ではないでしょう」

「治療費を払う以上、患者の容態説明を聞く権利はあると思いますがね」

 医者の目をじっと見つめてニックがそう言うと相手はうなずいた。今のは催眠術をかけたのか、金の力なのかよくわからない。

 ニックと親父さんが医者についていき、残った俺たちはまたベンチに腰かけてクリスを見守った。

 血や泥は落としてもらったみたいだけど、やわらかい金髪はぺたりとして額に張りついて、頬にも血の気がない。ピンク色だった唇も、乾燥して、荒れて色が悪くなって、治療で管を入れられたせいなのか殴られたのかわからないが、端に乾いた血がついているのが見える。長いまつげが伏せられている目の下には隈ができていて、俺が好きだった、いつも澄んでいて、冗談を口にするときには子供みたいにきらきらするあの青いが見えない。なんだか痩せたみたいだし、表情は静かで眠ってるみたいだけど……俺は、どんなに説教されてもいいから、目を覚まして、動いているクリスが見たい。

 俺の隣でおふくろさんが小声でロザリオの祈りを唱えていた。手に持っているのは薄いピンクと銀色の珠でできたロザリオだった。

「それ、クリスのと同じデザインだね。クリスのは青だけど」

「あの子、あれをまだ持っていてくれたのね」おふくろさんは微笑んだ。「もう何年前になるかしら。あの子が神学校に行くって言ったときに、ベンとカレンが贈ったのよ。お小遣いを貯めてね」

 俺がカレンのほうをふり向くと、彼女はちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。

「クリスはどんな子供だったの?」

「あの子は乳児院から迎えたの。わたしは妊娠しにくい体だって言われていたから、結婚したらすぐに、養子縁組をしようと思っていたの……」

 ……ああ、やっぱりな。道理で匂いが違うわけだ。

「まだみんな特徴もなにもない赤ちゃんで、抱いてみてって言われて渡されたときに、目をひらいてにっこりしたの――今でもはっきり覚えているわ、なんてきれいなでしょうって思ったのを。それで、どうかこの子をわたしたちの家族にさせてくださいって神様にお願いしたわ。障害があろうとなかろうと、この子がどんな子でも構いません、この子をきっと愛しますからって。でも神様のお恵みで、クリスは本当に手のかからない子だったわ。同い年の男の子と比べると物静かなところはあったけれど、インディ・ジョーンズみたいな考古学者になりたいって言っていたこともあったのよ……」

 それはちょっと想像つかないな。あいつの遺跡の破壊ぶりは考古学界に貢献しているとは思えないし。

「あの子が十四歳のときにベンを授かって、まさかと思ったら二年後にはカレンが生まれて。ふたりのこともクリスはずいぶん可愛がってめんどうをみてくれたわ。まるで自分の子供みたいに。そのころには、将来はお医者さんを目指すんだって勉強をしていたわね……」

「それがなんで神父なんかに?」

「わからないわ」おふくろさんの表情はちょっぴり哀しげだった。「大学に入ってから進路を変えた理由はわたしたちにもわからないの。あの子は話してくれないから。でもどちらも人を癒す大切なしごとだし、わたしたちはカトリックだから、神様にばれたことはとても喜ばしいことだと思っているわ……だからたとえあの子がどうなったとしても……それが神様のご意思なら……ああ……でも……」

 おふくろさんの声はどんどん涙声になっていき、最後には両手で顔を覆って泣き出してしまった。カレンがおふくろさんを抱きしめるのを見ながら、俺は暗い気持ちで考えていた。

 なにが神のご意思だよ。こんなふうに、俺や、やさしいおふくろさんからクリスを取り上げるような神は、とんでもないロクデナシのクソ野郎だ。

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