4-2

 翌日の夕方に再び病院を訪れると、人狼の小僧は天地創造の初日からその場所にいるかのような姿勢で病室の前に座り込んでいた。

 うちひしがれたその様子さまを目にして、憐憫の情や優越感を抱いたかと問われれば……特になんの感慨も覚えなかった。そんな高級な感傷はとうの昔に枯れ果てていたからだ。

 それに、フランチェスキーニ司教のいるボストンの司教座聖堂カテドラルに連絡して神父の両親への言伝ことづてを頼みはしたが、マクファーソン神父の贖罪罪のゆるしについてはそ知らぬふりを決め込んだ。

 聖ペテロが彼に対して天国の門を閉ざすとも思われないが、吸血鬼や人狼の小僧との罪つくりなのすべてを教会関係者に告白しているのでなければ、万が一ということもありうるし、そうなれば、この光り輝く魂は地獄の最下層コキュートスへ真っ逆さまということもじゅうぶん考えられる。

 もし途中で手を伸ばしてすくいあげることができるのなら、悪魔の毛むくじゃらの尻にキスすることだって辞さないだろう。その程度には、私もまたあの男と同様、黄昏の国の住人なのだ。

 小僧は両肩のあいだにこうべを垂れて、両手を組んで、なにごとかぶつぶつつぶやいている。気がふれたか呪いをかけているのでなければ、こうしたときにひとがすがる存在はただひとつだ。

「なにに祈っているんだ?」

 声をかけると、小僧はこちらに視線を向けようともせず、濡れた眼をあげて、ガラス窓の向こうを見つめた。

「……愛してるんだ。誰にも渡したくないよ。たとえ神様にだって」

「よりにもよって神父に惚れるとは、不毛の極みだな」

「うるさい」相手が私だと気づいたからなのか、小僧は目にごみが入ったのだと言わんばかりの様子で、そこだけ色の変わったスウェットの袖口で乱暴に目頭をこすった。

「神に喧嘩を売るのは、いくらお前でも無謀だと思うがね」

「放っといてくれ。神様なんかいらない。俺にはクリスが必要なんだよ。俺がこんなにお願いしてるのにもしクリスを死なせたりしたら、俺は金輪際あいつらの手助けなんかするもんか。悪魔に魂を売るほうがマシだ。なにが神の猟犬だよ」

 ……まあ、必要なものを決めるのは理屈ではないからな。

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