The Apple of Eye
4-1
病院に着いてみると、正面玄関の車寄せの真ん前にパトカーが停まっていた。きっとスミスさんか誰か、知り合いの警察官だろう。
思ったとおり、ロビーにはスミスさんがいて、俺の顔を見るなり、身ぶりで、ついてこいと合図した。
エレベーターでICUのある階に上がる。廊下には医者や看護師がバタバタ行き来していたが、警官と一緒だと、皆俺たちをよけて通った。
アクリルガラスで仕切られた部屋の中に、たぶんクリスが――いた。
たぶん、ていうのは、ガラス越しじゃにおいもわからなかったし、なんだかよくわからない機械に囲まれていた上に酸素マスクみたいなものをしていて、はっきり顔が見えなかったからだ。
「……ほんとにクリスなの?」俺はスミスさんに聞いた。
「ああ。通報してくれた人がマクファーソン神父の顔を知っていたんだ。私も確認した」
「今……どうなってるんだよ? 意識……がないって――」
「私もまだ詳しいことを医者から聞いてはいないんだが、今、意識がないのは、麻酔のせいもある。搬送時には呼吸と脈拍はあったそうだ。ただ、だいぶ血を失っていて――一番ひどいのは、肋骨が折れていて肺に刺さりそうだったと聞いている。それで手術をしたんだと……」
膝から崩れ落ちそうになった俺をスミスさんがあわてて支えて、うしろのベンチに座らせてくれた。
「――大丈夫か、ディーン?」
アバラが折れるなんて俺には日常茶飯事だ。そんなのなにもしなくても数日のうちには治っちまう。だけどそれで手術? 意識不明? ほんとに――人間の体はなんてもろいんだろう……。
「いつ――いつその麻酔から目が覚めるの?」
スミスさんは困ったような顔をした。
「私は医者じゃないからそこまではわからないよ。たぶんもう少し……検査なんかをしたらわかるのかもしれないが。とにかく無事に――あ、無事とはいえないかもしれないが、見つかってよかった。君に知らせることができて安心したよ」
「……うん」
「それでディーン、本当にすまないんだが……」
「俺なら大丈夫だよ、スミスさん」
と言うと、スミスさんはほんとうに申し訳なさそうに――彼がなにかしたわけでもなんでもないのに――何度もふりかえりながら仕事に戻っていった。
スミスさんがいなくなると俺のまわりが急に騒がしくなった。なにかの警告音なのかピーピーいう音、ストレッチャーをひっぱる耳ざわりなガラガラという音、俺にはわからない専門用語を早口でしゃべる声。静かなのはガラス窓の向こうで寝ているやつらだけだ。
俺は落ちつかなくなって、立っていって、アクリルガラスに手をついておでこをくっつけて中をのぞきこんだ。
機械のあいだからほんの少し顔が見えた。顔色は紙みたいに真っ白で、最後に見たときより髪が伸びて額にかぶさっていたけど――血管が透けてみえそうな薄いまぶたと長い金色のまつげ、目をつぶっているとちょっと冷たそうに見える寝顔は……たしかにクリスだった。
俺は泣きながらニックに電話をかけた。
悔しいけど俺は未成年で、金もツテも、クリスの知り合いの連絡先の情報もなにもかも持ち合わせていなかったから。まだ昼間だからかやつの電話は留守電で、俺はメッセージボックスがいっぱいになるまで、クリスが大変だから、起きたら早く来てくれ、今回はあんたの力が必要なんだ、場所は……と吹き込んだ。
それから四時間くらいして、俺が病室の前で座り込んでいると、スタッフステーションのほうから聞き慣れた声がした。
看護師が俺のほうを指して教え、ニックもすぐに俺を認めた。まだ完全に陽が沈んでいないせいか、やつは屋内でもサングラスをかけたままだった。
ニックはカウンターの中にいる女性にさらになにか話しかけてからこっちへやってきた。
「相当悪いのか」
「……まだ意識が戻らないんだ」
「治療費ならひとまず私が払うと言ってきた。早くしないと、あの神父のことだから、臓器提供同意書に
「……ありがとう」
実をいうと俺はちょっぴり驚いていた。
「べつにお前のためじゃない。もちろん、それなりの見返りはいただくがね」
「……あんたらしいや」
でもなんとなく、やつがいつもどおりなのが妙に心強かった。
「それから、ここへ来るまでのあいだに、マクファーソン神父の両親へ連絡しておいた」
「クリスって両親いるの?!」
「神父は木の股から生まれてくるわけじゃないぞ。私が直接連絡したのではなく、知り合いの司教を通じて連絡をとってもらった。飛行機で駆けつけるそうだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます