3-7
――5日目――
けど、吸血鬼野郎を脅したからってクリスは帰ってこなかった。
みんな心配してくれてる。スミスさんは毎日、行方不明者の届や身元不明の……があがってないか知らせてくれるし、先生たちも、俺が授業中ぼーっとしててもなにも言わない。
俺がガッコ行くのは、学校になにか連絡が入っていないかたしかめるためだけで……三日目には行くのもやめた。
大体、クリスもクリスだ。ちゃんとケータイを持ってけば、GPSでどこにいるかわかったかもしれないのに。帰ってきたら絶対説教してやる。
ただ連絡がくるのを待ってるなんてのは性に合わないしできなかったから、俺は自分でも探すことにした。
吸血鬼でもないのに、クリスのやつは、自撮りどころか、顔がハッキリ映った写真をまったくといっていいほど持っていなかった。近所の家を訪ねてみたときにたまたま高校の卒業生がいて、卒業アルバムを見せてくれたけど、まともな写真は教師の集合写真ぐらいしかなかった。今どき信じらんねえ!
俺はスマホのカメラでできるだけ接写拡大して写真の写真を撮って、スミスさんにも送った。
教会のすぐ隣から、一番近いバス停の前までたずね歩いて、防犯カメラがある家は頼んで見せてもらったけど、みごとなまでにどこにも映っていなかった。まるで幽霊みたいだ。いや、幽霊だって、光ってみせたり被写体にかぶさったりしてもっと自分の存在をアピールするだろう。
あと行きそうなところっていったら……図書館とスーパーと病院か。
図書館の司書の女性もスーパーのレジのおネエちゃんおばちゃんも、写真を見せる必要もないくらい、クリスのことはよく覚えていた。
「あのきれいな神父さんでしょ」「気さくな」
でも、
「ごめんなさいね、あなたが言った日から、神父さんがここに来たって覚えはないわ。もし見かけていたら絶対気づくんだけど」
スーパーのおばちゃんは非番の人にまで電話をかけて聞いてくれたけど、誰も見た記憶がないってことだった。
――10日目――
スミスのばあさんが心配して、ご飯を食べにおいでって毎日電話をくれる。ありがたいけどやめてほしい。なにを食っても味がしないし、今ほしいのはクリスがみつかったって電話だけだ。
信者の人たちも入れ替わり立ち代わり、教会に来てお祈りをしたり、大丈夫、神父さまのことだからきっとみつかる、神様がついてる、お見捨てになんかならないよって言ってくれるけど……じゃあどうして誰もクリスがどこにいるか教えてくれないんだ? 天使のやつもだ。
唯一、死んでるみたいに静かなのはニックの野郎だ。
当然だよな。クリスのいない教会なんかに用はないし、本当にやつが血迷って、クリスを呪われた存在にしちまったんだとしたら、今ごろ俺に勝利宣言をしに来てるだろう。やつのことを完全に信用してるわけじゃないが、どういうわけだか俺にはやつの考えてることがわかるんだよな。血なんかゼッタイつながってないのに。
――14日目――
手がかりは全然みつからない。いなくなったのは子供じゃないし、健康な成人男性でしかも犯罪とは無縁の聖職者だから、自分からいなくなることもできると思われてるのか、捜索の優先順位もたぶん低い。ケータイを置いていったっていうのも理由のひとつみたいに考えられてるってスミスさんが漏らした。持っていったらそれこそGPSで居場所がバレるから、捜さないでください、ってことだ。
なんだよそれ――それじゃ俺がクリスとケンカしたから、クリスが俺に嫌気がさして家出したみたいじゃないか。家出するなら俺のほうだよ。
さすがにそんなこと、スミスさんには言えなかったけど。
――17日目――
俺が〈ワイルド・グース〉に顔を出すと、店主の
「お前はまだ客として来るには早いだろう」
まだ忘れてないのかよ。まああのあとホントの理由を言えるはずもなく、頭を下げて雇ってもらうのもできなかったからしかたないんだが。
「あのときのことは悪かったと思ってるよ……俺が二十一才になったら飲みに来るからさ。それより聞きたいことがあるんだけど」
最近クリスを見てないかたずねると、おやじは首をかしげた。
「神父さんだろ、いや、来てるのを見た覚えはないなあ……いつもあのカッコで来るからすぐわかるよ。お前がバックレてからしばらくは、悪いと思ってくれたのか、日をあけずに通ってくれてたけど、ここ最近はたまに飲みにくるぐらいだったからなあ……」
誰か変なやつにからまれたりしてなかったか聞くと、
「俺の店で神父さんをそんな目に遭わせるわけがないだろう。そんなやつがいたら叩き出してるさ。大体あの人は変に長居したりはしないし、こっちからはあんまりジャマしないようにしてたんだからな」
クリスはカウンターの端っこか、立ち飲み用のテーブルにひとりでいて、サッカー中継なんかで騒がしい店の中を静かに眺めていたとおやじは言った。誰かと一緒にいるのを見たことはないと。
「そりゃね、ワールドカップだのなんだのがあるときはべつさ。たまたま隣に座ったやつと意気投合したりすることはあるだろう。でも俺の知る限りじゃ、神父さんが店に誰かを連れて来たり、誰かと一緒に出ていくのを見たことはないね。お前くらいだよ」
もしなにか見たり聞いたりしたら、客のウワサ話レベルでもいいから知らせてくれと、俺はおやじにケータイの番号を伝えた。昏睡強盗とかありえねえとは思うけど――一応神父だからな――いや、でも、クリスはああ見えてけっこう頭に血がのぼりやすいって言ってたし、今度フラチな酔っ払いにからまれたら、
「神父さんが早く見つかるように祈ってるよ」
おやじはうんざりするほど聞き飽きたセリフを言った。
うんざりが顔に出てたんだろう。ちょっと待ってろ、と俺をひきとめ、奥へ入っていったと思ったら、戻ってきて、目の前のカウンターにフィッシュ・アンド・チップスのバスケットとルートビアのジョッキを置いた。
「……俺、金なんかねえけど」
「いいから食え。それを食ったら帰って寝ろ」
指をヤケドしそうなくらい熱いフライを口に入れたら、あまりに熱くて涙が出てきた。あわててルートビアで流し込んで、俺は礼もそこそこに店を出た。ちょうど混みあってきた時間帯だったから、おやじは客の相手に忙しくて、それ以上俺に構っていられる状態じゃなかったけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます