3-6
その日の夜だけじゃなかった。
次の日の朝も、クリスの部屋のベッドは整えられたままだったし、キッチンは使ったあとがなかった。ミサの前に飯を食わないことはあるからそれはべつにいいんだが、肝心のお祈りの時間になっても、教会にすらいなかった。俺のケータイにメッセージや着信が残っているわけでもない――と思ったら、あの野郎はまたケータイを家に忘れていきやがった! ためしに電話をかけてみたら家の中で鳴ってるから、おかしいと思ったんだ! うっかりしすぎだろ!
ほんとに病院に呼ばれてて、死にそうなやつのために徹夜で祈ってるんなら、連絡を入れられなくてもしかたない。今ごろは「しまった!」とか思ってるかもしれないけどな。
今日は土曜だからまだいいや。日曜のミサまで忘れることはないだろうし、いくら祈ってたとしても途中でトイレに立ったついでに電話をかけるぐらいはできるだろ。
そう思って、俺は教会に来てクリスはどこだって聞いてくるやつには、病院に行ってますって答えた。
けど、日曜の朝になっても、俺のスマホどころか教会の電話も鳴らなくて――鳴ったと思ったら信者の人からだったりで……さすがにこれはなんかおかしいぞって思い始めた。
俺はスミスさん
「クリスが帰ってこないんだ、なんか知らない?」
ありがたいことに非番だったスミスさんは、最初、やっぱ病院に呼ばれたんだろうとかのんきなことを言ってたが、二日続けてなんておかしいと言うと、事故で身元不明者が出ていないか署に聞いてみると言ってくれた。
身元不明なんてあるわけない――いつも神父のカッコで出歩いてるし、車ももってないから行動範囲も広くない。おまけに聖職者だってのを疑われる容姿だ、火事で黒焦げにでもなってなけりゃ、見分けがつかないなんてことはありえない――自分の想像にゾッとした。火事のニュースなんか聞いた覚えはないんだが。
入れ替わりにスミスのばあさんから電話がかかってきて、息子が警察署に行ってしまったから教会に行くことができないけれど、よかったらうちへいらっしゃいと声をかけてくれた。
俺はお礼を言って断った。警察から教会に連絡がくるかもしれないし、もしクリスの阿保が俺の電話番号を忘れてたら、自分のケータイにかけてきて俺にとらせようとするかもしれないし。それに、今日のミサは中止だって知らせなきゃいけないし……ああ、俺はなんだってこんなときに教会の仕事なんて気にしてるんだろう。全部クリスのせいだ。
――クソ、こんなときに限って訪ねてくるやつが多いのは気のせいか?
ミサはやらないっていってんのに、やってきちまう
時計の長針がほとんど止まってるみたいな状態で四時になったとき、俺ははたと気づいた。どうして、今の今まで、一番怪しいやつを忘れてたんだろう!
三十コールぐらい鳴らすと、ようやくやつは電話に出た。死んでるのかと思ったぜ。一体なにやってたんだ。
クソ野郎が自分の名前を最後まで名乗るのを待たずに、俺は思いつく限りの形容詞と名詞を駆使して、クリスをどこへやったと怒鳴りつけた。
『ちょっと待て、一体なにを言っているんだ……? 誰が帰ってこないって……?』
やつの声は寝ぼけていた。いいからさっさと返さねえと、テメエがどこにいようと見つけ出して金玉蹴り上げてやるからそのつもりでいろよ、と俺は電話口に向かって叫んだ。
『さっぱりわからん、私は今起きたところで……』
「――永遠に寝てろ!」
俺はブチギレして、液晶画面にヒビが入りそうなくらいの力で終話ボタンを押した。
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