3-2

「あの神父は美味うまそうだな」

 俺はぎくっとして兄貴の視線の先を見た。

「きれいな顔をしてる。俺は女のほうが好みだが、ロジャーとバートたちは気にしないだろうな」

 次の目標にした車を品定めするみたいに、祭壇の前にいるクリスを眺めまわす。

「おまけにすごくいい匂いがする。これだけ近くにいてお前が気づかないんだとしたら、お前の鼻はけったくそ悪いお香のにおいのせいで完全にイカレちまったんだな」

 俺んちの商売は人間社会の法律に従えば犯罪スレスレだが、俺の知る限り、うちの一族が食べるために人を殺したことはなかったはずだ……たぶん。

 腹が減ってるはずなのに、胃がきゅっと縮まった感じがする。

「きゅ……急にどうしたんだよキース……そりゃ俺だって……。誰かからなにか聞いたの?」

「さあ……なんだったかな」

 キースの兄貴ははぐらかすみたいに気のない返事をした。

「そんな顔するなよ。お前にだって腕の一本くらいは残してくれると思うよ。俺たちは家族じゃないか」

「兄貴……冗談だよな?」

 俺はそれだけ言うのがやっとだった。

 キースは目を細めて、俺の頭をぽんぽんと叩いて、

「冗談だよ」

 とニヤリとした。

「お前が世話になってることだし、してこうか?」

「え、い、いや、いいよそんなの。あ……兄貴その、悪いんだけどさ、俺、これからちょっとその……手伝いをしなくちゃいけなくて……だってほら、一応、食わせてもらってるし……」

 ほんとにすまなく思ったけど、今日このあと兄貴にはいてほしくなかった。冗談だよって言ったあとすぐにクリスに襲いかかったりは(いくらなんでも)しないと思うけどでも、キースの兄貴もやっぱり兄貴で、俺がなにか気に入らないことをしでかしたときにぶつけてくる言葉は、それこそ銀の針みたいに刺さるんだ。

「ああ、もちろん。食った分は働かないとな。俺もこんなとこに長居する気はねえよ。今日はたまたま近くに寄ったからさ、お前が坊主にいじめられたりしてないか見に来てやったんだよ。――にしてもお前、背ェ伸びたなあ!」

 少し縮めよ、と兄貴は言って、また俺の頭を軽く叩いた。

「だってさ、ここじゃ俺専用の皿があるんだからね。クリスは料理も上手いし」

 キースについて外に出る。

 お菓子のカゴを並べたテーブルの前を通るとき、バアさんの目を盗んで、兄貴がマドレーヌの袋をひょいと手のひらの中に隠した。そんなのかわいいもんピース・オブ・ケイクだ。

 俺が目くばせすると兄貴はウインクした。やっぱり俺の兄貴はぜんぜん変わってない。

「ふうん、いいご身分だな。お前がうらやましいよ。まったく、野郎ばっか六人だなんてさ、むさくるしくて息が詰まるよ!」

 キースは大げさに肩をすくめてため息をついた。

「アルの兄貴にいい人はいないの? いつだったっけ、一緒に狩りに行ったがいただろ、たしか、左肩に黒いブチのある。兄貴のことずっと見てた」

「お前よく覚えてるな。けど知らねえよ、たぶん仕事が忙しくてそっちまで気が回らないんだろ。惜しいよな、たまにふたりで飲みに行くと女のほうから声かけてくるのにさ」

「そりゃ、アルの兄貴はね。でもキースはさ、声かけられる前に声かけるだろ?」

「言ってろ。なんだよ、しばらく見ないうちにお前生意気になったな。いつ俺がバーにいるとこなんか見たんだよこの野郎」

 言うなり兄貴は俺の首を片腕でホールドして頭をげんこつでぐりぐりしたもんだから、俺は大声で笑っちまった。くすぐったくてめっちゃ楽しくて、俺も兄貴も、見えない尻尾をぱたぱた振ってるに違いなかった。だって兄弟だからさ。わかるんだよ。

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