2-6

 アメリカの乾いた州都に戻ってきても、心中の霧が晴れたわけではなかった。

『あなたのご先祖を殺したのはドルイドよ』

 魔女の言葉が耳について離れない。

 求め続けていた答えが思わぬ方向からもたらされたことになるが、予想に反してまったく嬉しくなかった。むしろ苦悩がいや増したといえるだろう。

 聖パトリックが来るよりはるか昔、東はトラキアから西はイベリアに至るまで、のちのローマ帝国さながらに覇権を握ったこのケルト民族の祭司は、やがてローマ帝国とゲルマン人に旧大陸の最西端であるアイルランドに追いやられ、さらには(皮肉なことに)あれほどキリスト教を迫害していた帝国の国教となったキリストの司祭にその座を奪われることになったのだ。

 彼らの信仰がうしなわれると同時に彼らも死に絶えたと思われた。だが本当はどちらが先だったのだろう。彼らは死ぬことはない――いや、肉体は滅びても、その魂は器を変えて生き続ける。それが彼らの信仰、彼らの信じる世界だからだ。

 魔女が本当のことを言ったと考える根拠のひとつはそれだ。もうひとつは、彼女たちの主は契約には忠実なので、それにのっとって口にされた言葉は信じてもよいということになる。魂が天国にも地獄にも存在しないのならば、この地上のどこかにいるということだ!

 リベカはそいつがどこにいるのか知っているような口ぶりだったが、その点についてまであの性悪女を信用できるかについてはさすがの私も自信がない。カヴンを代表して来たとは言ったが、男社会の階層制ヒエラルキーと女たちの寄り合いが同じ構造である必然性はないから、彼女が集団カヴンのトップであるとは限らないし、仮にそうだったとしてもすべてを知っているとも言い切れない。

(――クソ、できることなら彼女たちの主人と話がしたい)

 それには代価が必要だ。それが商取引の原則というものだ。無償の愛などというものは存在しない。あるいは、旨いものを食わす人に油断するなお偉方が貧乏人に好意を示すときには魂胆あり、か。

 そこに映るものなどなにもないのに、私は窓の外に目をやった。一面藍色に塗りつぶされた空には星も見えない。輝いているのは不夜城と化した高層ビル群の虚飾のあかりだけだ。六百年前からこっち、増えることはあっても減ることはない――私の罪と同様に。

 は私に残された最後の矜持だった。いっそのことすべてを打ち明けてしまおうか、そうすれば重荷を負う人間がひとり増える。たとえ荷の重さは変わらなかったとしても。

 考えても、すぐにはうまい手はみつかりそうになかった。

 ともかくこういう夜には慰めが必要だ。あの女では到底その任に堪えない。

 私は携帯電話スマートフォンを取り出して履歴を呼び出した。

 コール音が鳴るか鳴らないかのうちに瞬時に相手が応答した。抱いて寝てでもいるのか?

 こんな夜中にかけてくんじゃねえよこの礼儀知らず、と開口一番小僧は言った。

「私にとっては朝なんだ」

『年寄りはおとなしく寝てろよ、そんでなんの用』

 寝入りばなをたたき起こされたのか、いつものことなのか、小僧はすこぶる機嫌が悪い。

 週末に告解に伺うとマクファーソン神父に伝えてくれ、と私は言った。

『忘れなけりゃな、クソ、あんたに起こされたせいで睡眠不足だ、今度から慰謝料と予約料とりたいくらいだぜ、大体あんたはいっつも』

 スワイプさせて画面を消す。幻聴だろうが、ののしり声が聞こえたような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る