第16話 独房のような夜行列車
芯まで体が冷えて到着したバガン駅。
重厚な石造りの建物で立派なのだが、冷たい夜なので表情が乏しく見えてしまう。この駅は昼間じゃないと魅力が発揮できない代物なんだろう。このように映る原因は、この国の電力不足による。
寒いのでさっさと構内に入る。そして時刻表を確認する。全く判読不明。ミャンマー数字で書かれているからだ。この時刻表を見て初めて、ミャンマー数字の存在を知る。自分の持っているチケットが使用できるのか心配になってきた。
人を不安にさせる時刻表から右へ50mずれたところに切符売り場があり、その近くに
算用数字での時刻表が掲載されていた。切符売り場には多少列があったものの、構内には誰もいない。切符を買ったら、構内から出る。構内も最低限度のライトしか灯されていないからだ。
21時発の夜行列車の乗客はほとんど、ホームにいた。
明かりは少ない。日本の電信柱の方が明るいくらいだ。目の前にすごく人を不安にさせる風景が広がる。ちゃんと予約した列車は来るのかしら。車掌はどこだ。そして乗客なのかホームレスなのか、見分けがつかない人が多すぎる。自分はどこの車両で、どこで待っていたらいいのかさっぱり分からない。
列車のチケットは、「ミャンマーバスチケット」と言うサイトで購入した。旅行の際は、どの国でも必ず列車移動も入れるようにしている。今回もどうしても夜行列車に乗りたかったからサイトで手配した。このサイトは手数料も取られるから、高くはつくが、確実に手配するには良いかもしれない。チケットは宿泊先の宿に送られてきて、宿泊中にもらった。
列車は21時バガン発、翌朝5時にマンダレーに到着する。
だが、チケットに書かれている料金がすごく安い。でも手配した時は20.4ドル支払った。
夜行列車は損だな。だってマンダレーまでバスなら4時間で到着するし。
この手段はこの旅で、一番失敗したと今でも思っている。
途方に暮れながら、荷物を持ったまま呆然と立ち尽くしていたら、ベルが聞こえてきた。列車内の職員が鐘を鳴らしている。
入線してきた。鐘で知らせなんて、意外な登場の仕方。戦前の昭和な列車のようだ。
昔ラジオ体操の際に、町内会では『開催するよ!』と周知するために握り鐘を鳴らして子どもが走り回っていたが、あの時の握り鐘を私は30年ぶりに見た。実に懐かしい。
入線を知らせるアナウンスや音楽がないから、皆、ホームで待っていたのだ。
入線と同時に車掌らしき人を発見!
急いで近づき、自分のチケットを見せてどこの車両に行ったらいいのか聞く。
しかし言葉があまりにもミャンマーイングリッシュで聞き取れず、えーっと、と困惑していたら…車掌さん、車両まで連れて来てくれた。まぁ、よくあるのだろう。
何と親切な人。少し安堵を覚える。
案内されたのは個室だった。この個室は8個くらいあり、私以外は皆チャイニーズが激しく音を立てて入っていった。
説明するまでもなく、現地の人は誰もいなかった。
普通のソフトチェアーだと思っていたから驚いた。2段ベッドが設置されているではないか。横になれるのはありがたい。
しかしながら個室のクオリティは非常に低いものだった。
扇風機は汚い。埃がべっとりと付いている。掃除をしたことがないようなレベルであり、2階のベッドで寝ることは断念した。ベッドも枕とシーツはあるが布団なし。
鍵はただ引っ掛けるだけのもので簡易的なもの。すぐに外れそうだ。
良かったのは定刻発車のみ。
どこの国の列車を払い下げで買ったのか知らないが、すっごい振動で、音もすごい。おかげさまで別個室のチャイニーズのがなり声が聞こえないくらいだ。
耳栓してもやかましくて寝られない。相当年季の入った列車のようで、隙間風が半端なく、寒すぎて寝られない。
2階のシーツもはぎ取り、それで身をくるむも、バスタオルや服を着こんでも寒い。
途中で駅員がチケットチェックに来た際に、ブランケットはないか聞いたが、言葉が通じなかった。
ほとんど睡眠もとれず、寒さに震えながら、6日、5時10分、マンダレー駅到着する。
マンダレーの駅は、人が多いし、駅構内もパガンより広い。そして明かりもパガンよりは多少明るい。ホームで列車の全貌を見る。まるで昭和初期の貨物列車みたい。この列車に乗ってきたのか。マンダレー駅そのものも昭和初期の風情が色濃く残っている。まるでタイムスリップしたようだ。
さて、出口に向かいましょう。でも、どこか分からないから、流れについていくしかない。置いて行かれないように、必死に食らいついて行く。
早朝だが、結構いろんな列車が止まっている。どこからマンダレーに来たのか、多くの人が吐き出されるように出てくる。
駅構内はパガン駅より広く、2階建てであり、ホームは地下にあった。スーツケースを引っ張り上げながら階段を上る。途端にエスカレーターが恋しくなる。
他の乗客同様、駅員に切符を渡し、外に出る。ホームレスらしき人はいないが、タクシーの勧誘が酷い。
全く眠れなかった夜行列車。もう二度と乗ることはあるまい。眠いからさっさと宿に行こう。グーグルマップを起動させる。先生によると徒歩15分だという。歩いていこう。
駅構内にあるお店は静かに営業している。朝から元気だ。ミャンマー人はおとなしいのか営業の声を上げない。だから準備中にも見えてしまうが、麺をすすっている人もいたから営業中なんだろう。
しつこいタクシー勧誘を振り切りながらホテル到着した。マンダレーは王宮都市であり、道も奈良の都のようにきちんと縦横で整備されているので非常に分かりやすい。
宿は、Ned Kelly Hotel & Irish Pubと言うところで、外観・内観共になかなかスタイリッシュな宿だった。2泊3日で22ドル、デポジットは5000チャット。現金払いではなくクレジットカード払いを求められた。非常に珍しい。初体験だ。
部屋が空いているとのことで、すぐにチェックインさせてくれた。非常に運が良い。ありがたい。この値段で朝食付きであり、ロビー後ろのにあるレストランで提供されるとのこと。
2階の共用リビングには、大きなソファーとテレビがあり、掃除が行き届いていてきれいだ。食器も使い放題。キッチンはないが、ウオーターサーバーがあり、お湯も出る。
今回は個室を予約した。マンダレーの宿はツインの部屋しか空いていなかったとのことで、ご厚意でこちらの部屋になった。シングルの部屋を予約したのにラッキーだ。
ベッド2つとワードローブしかなく移動スペースもない個室である。すなわちドアを開けたらベッドがドーンとお目見えする言う状態だ。どのようにベッドを搬入したのか気になる。スーツケースが置けないから、使用しない方のベッドの上にスーツケースを広げるしかない。でも一人だったらこの広さで十分。
エアコンもあるから洗濯物は、ワードローブにかけて乾かすことができるな。汚れ物を洗濯しようと教養のシャワーブースへ向かう。シャワーブースは5室あり、1室1室が広々としていて驚いた。バスタオルも無料で借りられるし、衣類置きスペースもある。水圧調査がてら、体を温める。バッチリ、文句なし。良い宿に出会った。
洗濯物を干したら、ちょっと眠くなってきた。
だって夜行列車の中、時間も寝ていないもん。あれは列車ではない。刑務所の独房だ。
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