第64話 隣に建った新築建売住宅に幼馴染が引っ越してきた?!

 さて、翌日の土曜日。


 朝7時にパティスリーに出勤し、ショーケースやガラスなど店内の掃除を済ませると、王生いくるみさんがキッチンへ俺を呼んだ。


「秦君にはそろそろキッチンでの、パティシエの補助作業もお願いしたいと思います」


「あ、はい、わかりました。

 まずは、なにをすればいいですか?」


「フルーツタルト用にフルーツのカットをやってほしいのです」


 この店だけではなくパティスリーのバイトで、パティシエとしての勤務経験がない場合は、先輩パティシエが使う道具の用意や盛り付け用のフルーツのカット、材料の計量といった補佐を任されることが多いらしい。


「ああ、フルーツのカットって結構大変そうですもんね。

 わかりました。

 でも、なにをどうやってカットするんでしたっけ?」


「では、私が見本を見せますね」


 そういって王生いくるみさんはイチゴ・キウイ・バナナ・リンゴなどを丁寧にカットしていく。


 イチゴは半分に切って、外側と内側を見せるだけでもきれいに飾り付けられるようになるが、外側から内側に向かって切れ込みを入れていくと、花のような形になり見栄えがさらに良くなる。


 キウイは皮をむいて縦に半分に切ったあとスライスしていき、バナナは皮をむいて薄くスライスし、リンゴは皮をつけたままスライスしていく。


「ざっとこんな感じです」


「わかりました。

 ではやってみますね」


「ええ、お願いしますね」


 俺は見よう見まねでフルーツをカットしていく。


 王生いくるみさんほど手早くはできないが、見栄えは悪くなく仕上げられた。


「こんな感じでどうでしょうか?」


「あ、うまくできてますよ。

 さすがですね」


「いえいえ、それほどでも。

 あ、イートイン専門メニューにドリンク以外にフルーツのパフェを加えてみるのはどうですか?」


「ああ、それはいいかもしれませんね。

 これからの季節にはピッタリでしょうし。

 あ、それからアーモンドのアッシュもお願いしますね」


「アッシュ……確かみじん切りのことでしたっけ?」


「ええ、出来ますか?」


「はい、大丈夫です」


 フルーツの次はアーモンドを細かく刻む作業に取り掛かる。


 その間に王生いくるみさんがケーキなどの生地を丁寧に手作りで作っている。


 さすがにそっちを手伝えるようになるのは当分先だと思うが、先輩の補佐をしながら少しずつ仕事を見ながら覚えていき、いつかはケーキづくりすべてを任せてもらえるようにがんばっていきたいものだと思う。


 そして10時の前には白檮山かしやまさんが出勤してきた。


「おはようございます」


「おはよー。

 ん、秦君からフルーツのいい香りがする。

 カッティング手伝ってたの?」


「ええ、掃除もそこまで時間がかからなくなってきましたので」


「んー、秦君はこのお店のチーフパティシエとしてやっていきたいと思う?」


「それも悪くはないですね」


「なるほど、王生いくるみさんはだいぶ期待しているみたいだし、私も応援するよ」


白檮山かしやまさんは、パティシエ希望じゃないんですか?」


「私はホールの方が性に合ってるから」


「なるほど、確かにホールも大事ですからね」


「まあ、完全に分業できるほど人手は多くないんだけどね。

 じゃあ今日も頑張りましょう」


「ええ、 今日もよろしくお願いします」


「あ、そういえば、まゆちゃんのスマホに銃剣乱舞インストールしたんだって?」


「まゆちゃん……ああ、新發田しばたさんがやってみたいっていうからチュートリアルまでは教えましたよ」


「いやあ、まゆちゃんめっちゃはまってるみたいだよ」


「あー、そうなるかもとは思いましたけど……まあ出勤は13時からですし」


「というかこのままだと同人沼まで一直線だと思うんだけどねぇ」


「書く側でですか?」


「うん」


「あー……あんまりお金がかからない程度にしてくれればいいのですけどね」


「そうなったら責任は取った方がいいと思うよ」


 白檮山かしやまさんがにやにやしながらそういう。


「責任ですか……」


「そうそう」


「うむむ」


「まあ、同人イベントに一緒に行くくらいしてあげたら?

 ゴールデンウィークには結構開催されるよ」


「で、本当のところは?」


「私と一緒に銃ラブのオンリーイベントに行ってみない?

 予行演習になるでしょ?」


「BLの?」


「BLの」


「うむむ、まあ、別にいいですけど……ね」


「おおう、誘ってみるもんだねぇ。

 実は私も初めてなのね」


「まあ、一度くらい同人イベントにも参加してみたかったですしね」


「そこでBLでもOKなあたりが秦君の秦君たるゆえんだよねぇ」


「それ褒めてます?」


「もっちろん」


「具体的な日時は決まってるんですか?」


「うん、来週のゴールデンウイーク最後の日曜日の東京ビックサイトでの、赤ブーイベントだよ」


「東京ビッグサイトのやつだと並ぶのは朝7:00くらいですか?」


「そうだね」


「前日は早く寝ないときつそうですね」


「まあ、イベントはそういうものだから」


「了解です」


 うむ、これは意外と大変かもしれない。


 まあ、でも本当に一度くらいは参加してみたかったしな。


 で、13時まで働いたら今日は上がり。


 俺と入れ替わるように出勤してきた新發田しばたさんはめっちゃ眠そう。


「おはよう、新發田さん。

 もしかして徹夜して銃剣やった?」


「あはは、はい、気が付いたら外が明るくなってました」


「あんまり無理しないでね。

 今日は早くねた方がいいよ」


「うー、それは頭ではわかるんです。

 でも……気が付くとスマホ画面に向き合ってるのです」


 うむ、これはかなり重症かもしれない。


 運営開始直後はドはまりした女性ユーザーが沢山いたそうだからな。


 とはいえいろんな意味で動きがあるゲームじゃないので、ハマるのも早ければ、その分飽きるのも早いって聞くからしばらくしたら落ち着くと思うけど。


 バイトから家に帰ってくると、隣の家の前に引っ越し会社のトラックがあった。


 どうやら入居者が引っ越してきたらしいな。


 そんなことを考えていたら声をかけられた。


「あら、あっちゃん?

 何年ぶりだったかしら?

 あのころに比べるとやっぱり大きくなってるわね」


 声をかけられた方に振り向くとアラフォーの女性に声を掛けられていた。


 しかし、誰だろう? 見たことがあるような……ないような?


 表札には一二という漢字のうえにフリガナで”つまびら”と書かれているが……本当誰だ?


文香ふみかー、あっちゃんが帰ってきたみたいよー」


 女性が家の中にそう声をかけると家の中から女の子の声が返ってきた。


「え?! 本当にー」


 そして家の中から出てきたのは、羽賀にレイプされていたはずの女の子だ。


「あれ、君は……」


「あっちゃん久しぶりー。

 僕のこと覚えててくれた?

 幼稚園で一緒だった一二つまびら文香ふみかだよ」


「あ、ああ、たしか俺はふみちゃんって呼んでたかな?」


「そうそう、意外とちゃんと覚えてるものだよね」


 いや、全然覚えてないけどな……彼女の中ではそういうことになっているらしい。


 まあ、スマホの映像では泣き叫んでいた彼女が、こうやって笑顔でいるということは羽賀の一件は”なかったこと”になり”幼馴染”という設定が羽賀から俺に変わったのだろうか?


「ふみちゃんって、同い年だよね?

 高校はどこ行ってるの?」


「僕は県船だよ」


「げ、あそこって偏差値たかくなかったっけ?

 公立高校では千葉県で二番目に高い学校でしょ」


「確か73くらいかな?

 でもまあそこまで勉強は大変じゃないよ?」


「いやいや、俺の行ってる津田沼高校は偏差値61だよ……」


「それなら別に低くはないと思うけどね」


 なんか偉そうにみんなに勉強を教えているのが恥ずかしくなってきたな……。


 そして彼女は言った。


「ちなみに6月になったら文化祭があるから、よかったら見学に来てよ。

 結構盛り上がるらしいから」


「あ、うん、招待チケットとか必要じゃないの?」


「そこらへんは緩いから大丈夫だと思う」


「了解、じゃあその時は案内してもらえるかな?」


「うん、あ、まだ荷物整理が終わってないからまたね」


「ああ、また……ね」


 こうして俺の部屋の隣には幼稚園の時の幼馴染である一二つまびら文香ふみかがやってきたのだった。

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