第17話 地下に潜られると面倒だから表に引きずり出してやらんとな

 さて、男三人は、這々の体で逃げ出し、中垣内なかがいとは泣き出している。


 これ以上には面倒なことにはしたくないのが実情だから、あとは明日に回そう。


「言っておくが、さっきのやり取りの録音はしてあるからな。

 もし明日、お前が中傷の書き込みを消していなかったり、学校に来なかったら警察と担任に全部ばらすぞ?

 だから、こんなことはもう二度とやるなよ?」


「わ、わかったわよぅ……なんで、こんなことになっちゃったの……」


「なんでって?

 お前が後先考えずに、行動するからだぞ」


「ふぐ……」


「じゃあまた明日な」


「………」


 俺は中垣内なかがいとが、トボトボとうなだれながら校舎裏から立ち去るのを見てから、学校のトイレの鏡で殴られたところに絆創膏を張り付けて家路についた。


「ただいまー」


 家に着いた俺を見てお母さんはちょっとびっくりしている。


「おかえりなさい、って、その顔いったいどうしたの?」


「あはは、いや学校から帰るときに階段を降り切ったと思って踏み外してこけてさ。

 昔から何もない所でもよくこけてたけど、まさか高校になっても同じことをやるとは思わなかったよ」


 それを聞いたお母さんはふうと、安堵したあと少しあきれたような表情で言った。


「ほんとう、幼稚園の頃からあなたはよく転んでは泣いていたわよねえ。

 あなたはそそっかしいっていうか危なっかしいのよ。

 でも大きな怪我じゃなくって良かったわ。

 入学早々いじめられてるとかじゃないのね?」


 おれはコクっとうなずいて答える。


「そうだね、お母さん。

 こういうので捻挫や骨折とかも結構あるみたいだし、もうちょっと気を付けるよ

 うん、別にいじめを受けてるわけじゃないから心配しないで、ちゃんと友達もできたし」


 実際に俺は、小さい頃よく転んでは膝をすりむいたりしていたので、殴られたことも何とかごまかせたかな?


「あなたは人見知りするから心配だったけど、お友達ができてるなら安心ね」


 いじめられてるわけじゃなくて、むしろやり返して脅迫している側だと知ったらお母さんはびっくりするだろうけども。


 寝る前に俺は中垣内なかがいとのことを考える。


 まだ大丈夫だとは思うが、裏での誹謗中傷のやり方を巧妙にあだ名など本名ではないものにしてきて、俺の言葉に反応しなくなるようだと正直対処に困るだろう。


 だけど、なんとなくおもうのは、たぶん中垣内なかがいとは親に褒められたことが少ないか、もしかすると親との会話などの触れ合う機会自体が少なかったんじゃないかと思う。


 そうなるとどうしても承認欲求が強くなりがちで、自己評価が下がりがちになり、負の感情も強くなりやすい。


 なら、これから俺がやるべきことは、あいつの承認欲求を満たし、自己評価を上げられることを探し、実際にそれに楽しさを感じさせることだろう。


 そうすれば、南木なみきさんへの攻撃をしないで、済むようにさせることもできるだろうし。


 入学してすぐ取り巻きの男子3人を捕まえられる程度には人との会話にも慣れているし、クラスで2番目か3番目くらいにはかわいいといえるだけの、ルックスはあるのだからあとはそれをどう生かすかだな。


「臨時収入も入ったし、ちと、買い物をしてくるか」


 俺はスーパーと電気屋へ行って”とあるもの”を買ってきた。


 そして翌朝、俺はノートパソコンを立ち上げて学校裏サイトにアクセスし、中傷が削除されていることを確認した後、机の上のノートパソコンの電源を落として、カバンに入れ、学校へ向かいその途中で大仏おさらぎさんに連絡を入れる。


『今日の昼休みと放課後に家庭科実習室を使わせてもらえますか?』


 返事はすぐ入ってきた。


『いいよー』


 ふむ、これでとりあえずはいいか。


 そしていつものように教室へ向かい、入り口で笑顔を作って挨拶をする。


「皆さんおはようございます」


 教室に俺の声が響くと昨日、俺に殴りかかってきた男子3人はさっと顔を背けてからそそくさと、教室を出て行った。


 そして中垣内なかがいとは……


「あ、あああ……」


 ホラー映画の殺人鬼に見つかった、犠牲者のような蒼白な顔になっていた。


 なんでだよ、俺は善良で温厚なちょっと家事が得意な男子高校生だぞ?


 俺はにこっとわらいながら中垣内なかがいとのもとへ向かう。


 そして周りには聞こえないように耳元でささやく。


「言った通り書き込みは消したみたいだな。

 だがまだ終わりじゃない。

 昼休みに家庭科実習室にくるんだ」


「な、なんで?」


南木なみきさんも呼ぶから、そこでお前のやったことを正直に打ち明けて謝れ」


「わ、わかったわよ、謝るから……」


 俺は中垣内なかがいとから離れて南木なみきさんのもとへ向かう。


南木なみきさん、悪いんだけど今日の昼休み、家庭科実習室に来てくれるかな。

 話したいことがあるんだ」


 俺がそういうと南木なみきさんは首をかしげながら言った。


「え? あ、はい、いいですよ」


 そして昼休み、中垣内なかがいと南木なみきさんは家庭科実習室へときた。


「ほら、中垣内なかがいとさん、南木なみきさんにちゃんと話しな」


 俺がそういうと中垣内なかがいとは表情をこわばらせながら、南木なみきさんに頭を下げながら謝り始めた。


「ご、ごめんなさい。

 学校裏サイトの掲示板に書き込みしたのは私なの。

 謝って許してもらえるものではないかもしれないけど、本当にごめんなさい」


 南木なみきさんは戸惑っているようなので俺も続いていう。


「まあ、まあ昨日の放課後の校舎裏で中垣内なかがいとさんとちょっと話をしたら、わかったんだ。

 なんでも南木なみきさんの可愛さに嫉妬して、後先考えないでやったみたいなんだよね。

 けど今はなんであんなことをしたんだって、反省しているみたいだし、これからはやらないという約束もしてるから、できれば許してやってほしい」


「そ、そういうことだったんですか。

 正直に言えば……。

 私もあんなこと書かれてすごくびっくりしたし、落ち込んだけど……。

 でも、やったらダメなことだって気が付いてくれたなら大丈夫ですよ」


 南木なみきさんが本心で言っているかどうかまでは分からないが、書き込みが削除されたこと。


 また書き込みしたという当人が名乗り出て謝罪していることでほっとした方が強いだろう。


 そして性格のいい女の子はこういう時に、情に流されやすい傾向にあるからな。


 まあ、いつまでも中傷が続くかわからない状態よりは、だいぶましだと安心はしてくれてはいると思う。


「はあ、よかった。

 しばらくはギクシャクはするだろうけど、目があったら挨拶するくらいはできるといいな」


「そ、そうね」


 と中垣内なかがいとは言うと、南木なみきさんもうなずいた。


「はい、そうですね」


 まあ南木なみきさんについては今はこれくらいでいいかな?


「じゃあ、南木なみきさん、わざわざ来てもらってありがとうね」


「いいえ、秦君こそいろいろ助けてくれてありがとうございます。

 そ、それに……かわいいって……」


「ん、南木なみきさんは、うちのクラスでも一番だと思うし、この学校全部でも上位に入るかわいさだと本当に思うよ?」


 俺がそういうと南木なみきさんは顔を真っ赤にしている。


「あ、は、はい。

 そんなことを言われると……少し恥ずかしいです」


「で、ごめん。

 俺は中垣内なかがいとさんと少し話したいことがあるから、」


「え、あ、はい、では、失礼しますね」


 そういって南木なみきさんはさっていった。


 それを見届けた後、中垣内なかがいとがいう。


「こ、これで許してくれるの?」


「はあ?

 俺はお前に体で払ってもらうって言ったよな?

 放課後もう一度、ここに来い」


「いったい……な、何をするの?」」


「何、大したことじゃない。

 お前に恥ずかしい姿を世界中にさらさせてやるってだけだ」


 俺がそういうと中垣内なかがいとは青ざめた後、ガクリと肩を落とした。


「どうして……そんなひどいこと、いうの」


「お前のためだよ。

 お前のやらかしたことを認識させるためには、相応のことをさせる必要があるってことだ」


「う、うう……」


 中垣内なかがいとトボトボと家庭科実習室を出て行った。


 俺は放課後の仕込みのために家庭科実習室であることをしてから教室に戻る。


 そして授業もおわって放課後。


 俺は中垣内なかがいとのもとへ向かって言う。


「さて、中垣内なかがいとさん、行こうか」


「………」


 中垣内なかがいとは無言でうなずいて、ドナドナされる子牛のような悲しい目をしながら俺についてくる。


 ドナドナというのは牧場から市場へ売られていくかわいそうな子牛を歌っているが、、ヨーロッパにおけるユダヤ人に対するポグロムなどの暗喩であるともいわれ、ホロコーストの体験に基づいたユダヤ人迫害を歌ったものという説もあるくらいだ。


 そして、家庭科準備室にはいって適当なテーブルの上に俺はノートパソコンを乗せ、三脚をセットし、パソコンにカメラとマイクを接続し、無線LANに学校のWIFIを接続する。


中垣内なかがいと

 これからお前にやってもらうのは……」


 俺はそういうと中垣内なかがいとは悲壮な表情になる。


「ユアチューブへの動画投稿を俺と一緒にやってもらい、登録数を増やすことだ」


「………はい……え?!」


 俺の言葉を聞いた中垣内なかがいとは目を見開いて驚いていた。


「聞こえなかったか?

 お前にやってもらうのはユアチューブへの動画投稿を、俺と一緒にやってもらい、登録数を増やすことだよ」


「ユアチューブ?」


「まあ俗にいうユアーチューバーってやつだ。

 お前はちやほやされるの好きそうだし、多少なら顔出ししても大丈夫だよな?」


「え、ええ、それは大丈夫だけど」


「別に動画投稿による収益化を目指すわけじゃないが、自分の投稿した動画を見てくれる人がいる、応援してくれる人がいる、っていうのはきっと楽しいぜ」


「えっと。

 私の恥ずかしい姿を世界中にさらさせてやるっていうのは?」


「まあ会話の中でいじったり、恥ずかしがってもらったりする必要はあると思ってな。

 ああ、汚れは基本俺がやるから、中傷をお前が受けるような風にはならないと思う」


「そ、そういうことなの?

 私はてっきり……」


「あっはっは、てっきりエロいことでもされるかって思ったかあ?

 まあ、自分のしでかしたことで、最悪どうなるかというのを想像できるようにもしたさ。

 だから、本当に匿名掲示板への書き込みってのは軽々しくやらない方がいいぜ。

 匿名なら身元はばれないと思ってるかもしれないけど、結構簡単に身元は割れるしな」


「そ、そうね」


「でまあ、基本的に俺とお前でグダグダしゃべりながら、主に高校デビューに関しての話を中心にしていくつもり。

 なんで適当に話を合わせてくれ」


「うん、それくらいなら全然大丈夫よ」


「ハンネは俺がケンジ、お前がオトメな」


「ケンジとオトメ?」


「まあ、なんでそんな名前なのかは、おいおい話しながらでもだすよ。

 ああ、それから全く無名の素人がチャンネル開設しても1ヶ月くらいは登録数を100人を超えられないのも普通だ」


「そ、そうなの?」


「ああ、世の中そんなに甘くないんでな。

 でも、まあ、簡単にあきらめんな。

 少なくとも俺は、俺だけは”オトメ”を応援し続けてやる。

 誰かの応援があればきっと続けられるさ」


「う、うん」


「目標は半年で1,000人登録ってとこだな」


「1000人も?」


「まあ有名どころだと何万とか何十万とかになるけど、一応ユアーチューバーを名乗れるのは1,000人登録をクリアすることだからな」


「ふ、ふーん」


「動画自体は最初は10分前後の長さで行く。

 あんまり短いと見てもらえないだろうし、長くても途中で飽きる可能性が高そうだ」


「そうなの?」


「いや、俺もよく知らんけどそうらしい。

 でまあ今日は、自己紹介動画を撮って乗せよう」


「今から?」


「ああ、始めるなら早い方がいい。

 で自己紹介動画にも面白さがすごい必要。

 ぶっちゃけこれで、視聴者にささるようにできないと埋もれて消えてく可能性が高い」


「そうなのね」


「まあ、あんまりごちゃごちゃ考えても話は進まんし、とりあえず動画撮るぞ」


「う、うん」


「まあ、失敗したらやり直すし、編集もするさ」


「あ、あのね……。

 せっかく……やるなら可愛くとってよね」


「はいはい、じゃあ始めるか。

 まずは笑顔になろうか。

 過去にあった何か楽しいことを思い浮かべてみ」


「楽しいこと?

 うーうーん……」


「急に言っても無理か、じゃまあ」


 と俺は冷凍庫からハンドメイドのアイスクリームをとりだした。


「まあ甘ったるいバニラアイスでも食べてくれ。

 そうすれば笑顔も作れんだろ」


「え、これって?」


「むろん俺のハンドメイドだ」


「アイスクリームって手作りできるの?」


「ああ、やれば簡単だよ」


「へ、へえ。

 あんたってなんか、なんでもできるのね?

 いったい何者なの?」


「俺はただの地味なちょっと家事が得意な男子高校生だよ」


「嘘つきー」


「うそを言ってるつもりはないんだがな。

 まあ俺は35年間童貞を守り続けた結果、魔法使いから、大賢者にクラスアップしたケンジだからな」


「ぶふっ、何それ!

 うけるんだけど」


「ちなみにオトメとは処女と書いてオトメと読む」


「ぶー。

 なななななな、なにいってんのよ、あんた!」


「ん、オトメはじつはオトメじゃなかったか?」


「ばばばばばか言わないで!

 私はれっきとした処女よ……って何言わせんのばかー」


「お、おう。

 別におれはオトメが非処女でも気にしないがな。

 日本の女子中学生で95.5%、女子高生で80.7%は処女のはずだが、逆に言えばそれなりの数の非処女がいるわけだし」


「だーかーらー」


「うむ、まあそういうことで俺たち童貞のケンジと処女のオトメのコンビで送る、グダグダ高校デビューチャンネル。

 いわゆるスキルやノウハウ解説系チャンネルだ。

 いずれはチャットでの悩み解決系チャンネルもやるつもりだがな。

 今からでも遅くない友達の作り方について、アドバイスなどを俺たちがしていこうと思う」


「アドバイス?」


「ああ、まだ高校に入ったものの、うまく近くの席にいるやつとも話せないやつでも、高校デビューは遅くはないってことでさ」


「まあ、それは確かに助かるかもだけど……コミュ力の権化のあんたが言っても説得力ないよ?」


「いやいやいや、そんなことないのだ、これが。

 まずはこれを見てくれ」


 おれは中学の卒アルと普通に家にあったアルバムを開いて見せた。


「うわ、ださー!

 しかもめちゃ暗そう。

 これほんとにあんた?」


「もちろんだとも」


「私がこれを世界にさらせって言われたなら首をつるわよ」


「はっはっは、オトメはひどい奴だな。

 はっきりいうなって」


「これはさっきのお返し!」


 そういった中垣内なかがいとの顔には、笑顔が浮かんでいた。


 まあこれなら大丈夫かな。


 これで余計なことを考えたりしないようになればいいんだが。


 なお編集して投稿した動画は中垣内なかがいとのルックスもあったのか、あっという間に視聴回数が1000回を突破したし、そこそこ見てもらえたようだ。


 やっぱ美人は得だよな、俺だけの動画じゃ絶対こうはいかないだろうし。

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