第9話 知らない事は知っている人に聞くのが一番だよな

 さて、TDLトウキョウディスティニーランドでの郊外オリエンテーションをみんなで楽しく過ごすための段取りは一応つけてみたもの、正直に言えば俺もそこまで詳しいわけじゃないんだよな。


 しかし楽しい時間を過ごすためにはなるべくロスのない移動などの仕方を知りたいところだ。


 そしてこういう風に何かわからないことがあるときは、素直に知っている人間に聞くのが一番手っ取り早い。


 俺の知り合いでディスティニー好きというと……ああ、結構近くにいたな。


 俺はスマホの電話帳から”弥生ちゃん”と書かれた名前をタップして電話をかけてみた。


「電話するなんてだいぶ久しぶりだし出てくれるかな?

 着拒とかされてないといいんだけど」


 弥生ちゃんこと北郷弥生ほんごうやよいは駅で3つとなりという近いと言えば近いし、遠いと言えば遠い微妙な距離の場所に住んでる従姉の女性。


 俺より3歳年上で今年大学生になってる。


 俺のお母さんと弥生ちゃんのお母さんが姉妹で俺が小学校の時はお母さんに連れられてよく遊びに行ったり逆に遊びに来ていたりしていた。


 ただ俺が中学校に入って部活で忙しくなったりしたことや中学生にとっては駅三つは結構遠く感じる距離なのもあって小学生の頃ほどは会いに行ったりしなくなっちゃったんだよな。


 んで、弥生ちゃんは年間パス持ってるほどのディスティニー好きだったはずだから、うまい回り方とかのアドバイスをしてもらえれば助かるんだけど。


 コールを何回かした後電話が通じた。


「あ、もしもし?

 弥生ちゃん?」


「ん、あっくんか。

 なんだか久しぶりだね」


「なんか元気ないみたいだけど……電話切った方がいい?」


「ん、大丈夫。

 むしろ今から家に来れないかな?」


「弥生ちゃんの家に?

 いけるけど急いだほうがいい?」


「うん、できればそうしてほしいな」


「わかった、急いでいくね」


 俺はブレザーのまま弥生ちゃんの家に向かった。


 インターホンを押すと弥生ちゃんのおばさんが出た。


 おばさんといっても高校卒業後にすぐ結婚して弥生ちゃんを生んでいるのでおばさんのほうが俺のお母さんより若いんだけど。


「あらあら、あきちゃん?

 なんか久しぶりね」


「はい、おばさんお久しぶりです。

 弥生ちゃんは家にいます?」


「ええ、今は部屋にいるけどなにか落ち込んでいるみたいなの」


「なんかあったのかな?」


「多分そうだと思うのよね。

 あきちゃん、話を聞いてみてあげてくれないかしら?」


「ええ、俺もそのつもりで来たんですけどね。

 大学生活うまくいってないのかな?

 とりあえずお邪魔しますね」


 俺は玄関から上がって弥生ちゃんの部屋の前へ。


「弥生ちゃーん、入っても大丈夫ー?」


 中から弥生ちゃんの声が返ってくる。


「……うん」


「じゃあお邪魔しま……」


「うわーん、あっくーん、私って重いかなぁ?」


 弥生ちゃんが俺に泣いて抱き着きながらそんなことを言い出した。


「え?

 なんで?

 全然重くないでしょ?」


「だってぇ、お前みたいな重い女とは付き合えないってふられたんだよぅ。

 そりゃ高校の部活を引退してから少し体重増えたしダイエットも失敗したけどぉ」


「だ、大丈夫。

 弥生ちゃんは全然重くないから!」


「本当にそう思ってる?」


「本当に思ってるよ」


「本当の本当に?」


「本当の本当に」


「本当の本当の本当に?」


「本当の本当の本当に」


「神仏に誓って言える?」


「神仏に誓って言える」


「命かける?」


「いやさすがに命かけるまで来ると……」


「そこは命かけるって言ってよぅ」


「あう、命かけるよ!」


「だ、だよね、私重くないよね?

 なのになんで?」


「んー、日本人って男女ともに痩せすぎの体形を理想にし過ぎだと思うんだよね。

 BMI22でいいのに20を目指したりとか、ファッションモデルとか、グラビアアイドルの体型が普通だとかあり得ないし」


「だ、だよね、私重くないよね」


 多分弥生ちゃんの場合だと重いのは体重じゃなく、性格だと思うけどそれを言ったら盛大に地雷が連鎖爆発するだろうし、ここはあえてスルーしておこう。


 風俗の時の経験から言うと、こういう場合正論吐いたりしてもどうにもならないので、落ち着くまでは肯定してあげるしかないよな。


 お母さんが子供を『いい子いい子』しながら寝かしつけるように、こういう場合は背中の心臓あたりを、一定のリズムで軽くトントンと叩いたり、さすったりするのが一番手取り早い。


 人間の身体は安定したリズムに引っ張られ、そうすると精神も落ち着くから、そうしながらやさしく諭すしかないんだよな。


 結構時間がかかって面倒くさいけど。


 しばらくしてようやく弥生ちゃんは落ち着いたみたいだ。


「大丈夫だよ、弥生ちゃん。

 弥生ちゃんはきれいだし、十分スタイルはいいんだからさ」


 俺がそういうとテレテレとしながら弥生ちゃんは言った。


「そ、そうかな?」


「うちのお母さんに比べれば弥生ちゃんのおばさんは細身だし心配いらないよ。

 俺は気を抜くと太るから食べるものには気を付けてるけど」


「気を付けてるって?

 どういう風に」


「例えばゆで卵や目玉焼きなんかは卵一個の摂取カロリーより、卵一個の消化に必要なカロリーの方が高いから食べるとやせやすくなるとかさ」


「へえ、そうなの?

 私はご飯も肉も食べないようにしてたけど」


「そうするとかえって太りやすくなるから、糖質とたんぱく質と食物繊維の比率に気をつけた方がいいんじゃないかな。

 おにぎりとゆで卵とサラダもしくはリンゴとかだとバランス取れると思うよ」


「そうなんだ、教えてくれてありがとうね。

 そういえば私に電話かけてきたのはなんで?」


「ああ、弥生ちゃんTDLトウキョウディスティニーランド好きで詳しいよね?」


「うん、一人でも行くし友達ともいくし」


「来週の月曜日に校外オリエンテーションでいくから、スマートな移動の仕方とか教わりたいなと思って」


「うん、いいよ。

 アトラクションはどこに行くつもり?」


 俺は弥生ちゃんにみんなの行きたい場所と記念撮影する場所を説明し、弥生ちゃんがあれこれ考えた後でベストっぽいルートを教えてくれた。


「弥生ちゃん助かったよ。

 さんきゅーな」


「ううん、こっちこそありがとうね。

 あ、大学に入って高校の時に比べて時間の余裕もできたからまた遊ぼうよ」


「小学校の時みたいに釣りしたり、段ボールスキーで土手を転げまわったりとか?」


俺がそういうと弥生ちゃんは少し苦笑していった。


「確かに昔はそういうこともしたけど……それはさすがにないよ。

 小学生の時とは違うからね。

 もうちょっと高校生らしいことしようよ。

 ショッピングとかカラオケとかボウリングとか、ゲームセンターとか」


「あ、うん、俺はそれでもいいけど……弥生ちゃんと一緒に出かけられるような外着がないんだよな。

 母さんセレクトの服はさすがにヤバイ。

 お母さんは俺がいつまで小学生だと思ってるんだろう?」


「じゃあ、ブレザー着てきて。

 で、私と一緒にショッピングしてみる?」


「あ、うん。

 それは助かるかな。

 弥生ちゃんが見てくれればダサい服装にはならないと思うし?」


「なぜ疑問形なのかな?」


「いや、弥生ちゃんのファッションセンスがいいかどうか俺知らんし?」


「むー、かっこいい服を着たいなら私にお任せだよ!」


「あ、うん、どうせ俺よりはずっとセンスいいと思うしね。

 それより弥生ちゃんの場合なんかさ、相手に尽くし過ぎるみたいなところがあるみたいに見えるから、もうちょっと自分を大切にするっていうか自分本位でいいっていうか?

 弥生ちゃんはもっと相手の目を気にしすぎないで、自分に自信もっていいんじゃないかな?」


「そうかな?」


「多分ね」


「なんか、あっ君が大人っぽいこと言ってるー」


 そういいながら笑った弥生ちゃんは、たぶんもう大丈夫だろう。


 それにしても弥生ちゃんとは、日が暮れるまで泥だらけになって一緒に遊んだり、取っ組み合いの喧嘩もしたこともあったけど、だいぶ女の子らしくなってたんだな。


 まあ俺は彼女がいたことないし、告白をしたことも、されたこともないから、当然ふられたこともないので、それがどのくらい苦しかったり悲しかったりするのかわからんけど立ち直れるきっかけになれたならよかったと思うぜ。

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