第4話 クラブ活動は家庭科部に入ることにしたよ

 さて一晩寝て翌朝だが寝間着を脱いだら、飛散防止のため床に新聞紙を敷いてからその上にアイロン台に乗せ、昨日アイロンがけしたシャツに、洗たく機用の衣類ノリを薄めたものをスプレーボトルに詰めてシャツへスプレーをして、軽くアイロンをかけて襟や袖を部分的にパリッとさせて身に着ける。


「うん、これならいいな」


 シャツの襟とかそでがくたっとなってるとやはり清潔感が落ちるからな。


 逆に襟や袖だけでもかっちりしていればピシッとして見えるというものだ。


 シャツをクリーニングに出しても200円くらいのはずだから、そこまで出費として痛いわけでもないけども時間もかかるし出したり取りに行ったりするのが微妙に面倒でもある。


 まあアイロンがけや糊付けも面倒といえば面倒だけど。


 そしていつも通りにシャワーを浴び、歯磨き、洗顔、口濯ぎなどを済ませたら朝食を取りにリビングに向かった。


「あら、今日も服装ちゃんとしてるわね。

 中学までは本当適当だったのに」


「まあ、高校デビューってやつだよ。

 お母さん」


「高校デビューってそういう意味なの?

 まあ以前よりは恰好よくなったってお母さんにも見えるけど。

 それにご飯食べ終わったら食器を洗ったり、学校の行きがけにゴミ出ししたり、お風呂に入ったら浴槽を洗ったり、自分の部屋のかたづけもしたり、洗濯まで手伝ってくれるようになったしお母さんとっても助かるわ。

 約束だしお小遣いちょっと金額をあげちゃうわね」


「やったぜ、それはすごく助かるよ」


 うちの学校は許可さえとればバイトもできるけど、どうせ社会に出れば死ぬほど働かなくちゃならないし高校生の時はバイト三昧とかにはなりたくないからな。


「じゃあ行ってきます」


「今日からは一人で通学だから電車を乗り過ごしたりしないようにね」


「わかってるよ、お母さん」


 まあ風俗で働いていた時は寝不足で帰りに乗った電車を寝過ごして乗換駅とか降りる駅で乗り過ごしとかよくあったけど、今は十分寝てるし若いから問題はないさ。


 学校にたどりついたら自分の席に向かう。


 すでに西梅枝さいかちさんは登校して着席していた。


「おはよう西梅枝さいかちさん」


 俺はにこりと笑って彼女に挨拶をする。


「あ、秦くんおはよう。

 今日も制服びしっとしてるね」


「まあ、朝一番の身だしなみとか清潔感は大事だし?」


「まあそうなんだけど男の子ってそのあたり無頓着なのかと思ってた」


「うん、実際に俺も中学まではぜんぜんだったけどね。

 頭は寝ぐせだらけだし、顔はろくに洗わないし、制服もしわだらけ汚れだらけだったし」


「今はそうは見えないのがすごいねー」


「まあ、姿勢に明るさと笑顔と清潔感に気をつけておけば悪い印象は与えないらしいからね。

 高校って顔見知りがいないからその辺り気を付けようかって改めてみたんだ」


「確かにそうだよねー」


 ”前”の俺だったら女の子と二人だけで話なんて、きょどってろくに話せなかったような気がするが今の俺は挨拶から女の子と他愛のない雑談をするくらいの事は特に問題なくできる。


 風俗では女の子と当たり障りなくにこやかに話すことが大事だったけど、やっぱ経験の積み重ねは大事だよな。


 まあ風俗の時は女の子の愚痴をうんうんうなずきながら聞き手に回るだけで大抵はよかったけど、高校生ではそうもいかないので勝手はちょっと違うけどな。


 まあそんな感じではあるが西梅枝さいかちさんとはうまくやっていけそうな気がする。


 そして、入学式の翌日は新入生歓迎会がある。


 これは学校の生徒会が主催するもので、入学式では直接会うことのなかった在校生が、新入生の入学を歓迎し、同時に部活動や委員会の紹介や部活や委員会活動の内容などの実演によるアピールを行い、その後に委員会や部活に勧誘するというものだ。


 在校生としても新入部員の確保は死活問題だったりするだろうしな。


 最初に生徒会長から新入生への入学おめでとうの挨拶があり、その後で各部活はこれが最大の勧誘チャンスとばかりに一所懸命に実演アピールをしている。


 どこの部活も“新入生になんとか興味を持ってもらって自分たちが所属してる部活に入部してほしい!そしてあわよくば部費アップ”という気持ちがよくわかるな。


 ここの学校の部活自体はそれなりに活発みたいだけど特に入部は強制ではないので、半分ぐらいは興味がなさそうだけどな。


「秦君はどこか部活に参加するの?」


「んー今のところ特に決めてないんだよね。

 あんまり縛りがきついような部活に入るつもりはないんだけど」


「となると文化系かな?」


「入るとしたらね。

 俺的には家庭科部とか面白そうだなと思うんだけど、どうしても女性が多そうというか女性しかいなそうな部活に男の俺が入れるかってのが問題ではありそうな気もするんで、ちょっと悩んでたりするんだ。

 ちなみに西梅枝さいかちさんは?」


「私も特に決めてないの。

 だから色々見て回ろうと思うんだ」


「それがいいんじゃないかな。

 まあ俺はとりあえず明日家庭科部に行ってみて、男の俺でも入れるかどうかだけでも聞いてみようと思うけど」


「じゃあ私も行ってみようかな」


西梅枝さいかちさんが一緒ならちょっと安心だな」


「でも家庭科部って料理や主に被服の裁縫をする部活じゃないかな?

 秦君ってそういうの得意なの?」


「まあそこそこには?」


「もしかしてシャツのアイロンがけとかも?」


「うん、そうだけど?」


「うわー、秦君っていい主夫になれそうだね」


「今時は男でも家事や育児くらいできるのは普通だと思うけど?」


「いやいやいやいや、そんな考えの男子高校生なんてそうそういないよ」


「そんなもんかな?」


「そんなもんだよ」


 そしてさらなる翌日はまず健康診断、それが終われば今日は部活や委員会の見学だ。


「さて、じゃあ家庭科部の部活勧誘に行ってみようか」


「うん、行きましょう」


 俺は西梅枝さいかちさんと一緒に家庭科実習室へむかってみた。


 そしてそのドアには、小さなホワイトボードがかけられている。


【家庭科部はいつでも部活見学大歓迎! みんなでおいしい料理を作ったり、ぬいぐるみを作ってみたり、DIYをしてみよう!!】


「料理はともかくぬいぐるみとDIYが同じレベルで書かれてるっていったい……」


 俺がそういうと西梅枝さいかちさんがクスッと笑って言った。


「まあ、今は女の子でも壁紙の張替えとかぐらいしますからね」


「まじか」


「ええ、まじです。

 部屋の模様替えのためにカーテンやラグを変えるのと壁紙の張替えをするのはさほど変わりませんしね」


「なるほどねぇ。

 ペンキを塗ったり壁紙の張替えは男のやることって考えが古いのかな?」


「そのあたり今では男女あんまり関係ないですよ」


 そんなことを話していたら後ろから声がかけられられた。


 振り向くとたぶん二年生かな? の女性だな。


「あーもしかしてお二人さん家庭科部の入部希望者?

 だったらどうぞ中に入って入って!!」


「あ、もしかして家庭科部の部員さんですか?」


「そうですよ。

 私は大仏恵おさらぎめぐみといいます。

 立ち話もなんですのでどうぞどうぞ」


「じゃあ、お言葉に甘えて」


「失礼しまーす」


「いやー部員が少ないので、入部希望者大歓迎ですよ!

 せっかくなんでもう一人の部員呼んできますね。

 あとは幽霊部員なんで実質的に今まで二人だけだったから、入部希望者が来てくれてうれしいですよ」


 そういうと大仏おさらぎさんは家庭科実習室を出て行ってしばらくしてもう一人の女性を連れて戻ってきた。


「あ、あなたたちが新入生の入部希望者さんですね。

 私は雅楽代うたしろ香苗かなえです。

 よろしくねー」


 雅楽代うたしろさんがそういうと大仏おさらぎさんもうれしそうに言った。


 大仏おさらぎさんがインテリというか委員長っぽいイメージで 雅楽代うたしろさんは家庭的というかいかにも女の子っぽいイメージを受けるな。


「じゃあ二人のために何かお菓子でも作ろうか」


 先輩二人に提案に俺もうなずく。


「だったら簡単に作れるロールケーキなんてどうです?

 薄力粉と砂糖と卵にバターとクリームがあれば作れますし」


 俺がそういうと女性三人が俺のほうを振り向いた。


「ロールケーキが簡単ってレシピとかわかるの?」


 大仏おさらぎさんの質問に俺はうなずく。


「ええ、お母さんがパンとかケーキとか家で作るの好きなもんで、俺もそれを手伝ったりしてるうちに大まかなレシピは覚えたんですよね」


 これは全部本当ではないが、かといって全くのウソでもない。


 お母さんが死んだあと、小さいころに作ってくれたお母さんのパンやケーキを食べたいとレシピ本を買い何度も何度も何度も何度も失敗しながら試行錯誤していたらレシピは体に染みついてしまったんだ。


 そして料理というものはレシピを忠実に守って行えば、大体の人間はおいしく感じるものが出来上がる。


 その上を求めてアレンジを加えるのはレシピ通りに作ってこれ以上おいしくはならないという状態になってから初めて行うべきなんだけどそれがわかってないやつも結構多いみたいだ。


 なぜかと言えばレシピに書かれている分量とか温度は軽量・計測してみればまず間違えることはないけど、卵白の八分立てで角が立つまでとかがレシピに書いてあってもなかなかうまくはいかなくて、最初は焼いてもスポンジはぜんぜん膨らまなかったりするからだ。


 こればかりは経験を積み重ねるしかない。


 俺がそういうと西梅枝さいかちさんがびっくりしたように言った。


「へ、へぇ、そうなんだ。

 私は全然わからないから見学するけど」


「お母さんは刺繍や編み物も得意だけど俺は刺繍や編み物は苦手だけどね」


 雅楽代うたしろさんがびっくりしたような表情で言う。


「それでも女子力高!」


「そうですか?」


 俺がそういうと西梅枝さいかちさんがうんうんうなずいていう。


「そうだよー、めちゃ女子力高くてびっくりだよー」


「まあ実際作ってみましょう、材料はありますか?」


 俺がそう聞くと大仏おさらぎさんがうなずいて答えた。


「あ、うん、基本的なものは揃えておいたから大丈夫だよ。

 じゃあせっかくだから、ロールケーキを作ろうか」


「そうしましょ」


 雅楽代うたしろさんもうなずくと三人でロールケーキを作ることになった。


 用意する食材は卵3個に砂糖50gと薄力粉を50gと後はクリームと砂糖を適量。


 だまにならないように薄力粉を3回ほどふるって、卵とバターを常温に戻し、オーブンは180℃に予熱しておき、天板にクッキングシートを敷いて型を作っておく。


 そしてボウルに卵の卵白と砂糖をいれて湯煎して人肌まで温度が上がったら、湯煎から外してハンドミキサーで軽く泡立てツノが立つまで8分立てにする。


 それからそこに薄力粉を加えてメレンゲの泡をつぶさないように切るように混ぜる。


 あとは天板に生地を流し入れ、均等に伸ばして180℃のオーブンで10〜15分程度焼く。


 ケーキが焼きあがったら型ごと20cmくらいの高さから落とし、生地に衝撃を与え、ラップで覆ってケーキクーラーに乗せて粗熱を取りクリームを塗って手前から巻けば完成だ。


 本来なら冷蔵庫で1時間ほど冷やし、クリームに刻んだフルーツを入れて粉糖シュガーパウダーをかければもっと見栄えも良くなるのだけどな。


「あれ、秦君のってホワイトロールケーキ?」


 出来上がったロールケーキを見て西梅枝さいかちさんが言う。


「うん、卵黄を入れなければ真っ白いロールケーキになるんだよね。

 ケーキのスポンジが黄色いのは卵黄の色だから」


「ああ、なるほど、それで卵黄は入れなかったのね。

 確かにこれはきれいだね」


 大仏おさらぎさんもいう。


「確かにこれはちょっと目立つね。

 悪くないセンスだと思うよ。

 せっかくだしインスタにアップしてみようか」


「あはは、ありがとうございます。

 それがいいかもしれませんね」


 ロールケーキをカットして見栄えが良くなるように皿に盛りつけたら、女の子たちはスマホでそれを撮影してインスタに上げているらしい。


 俺はインスタやってないからそれには加わらなかったけど、結構楽しそうだ。


 その後みんなでお互いが作ったものを切り分け、食べあったけどさすが上級生二人も上手だった。


 雅楽代うたしろさんがロールケーキを口にしながら上機嫌に言った。


「いやあ、二人も新入部員が入ってくれて心強いなぁ」


「じゃあ……」


「うん、二人ともようこそ家庭科部へ!」


「こちらこそよろしくお願いします」


 俺がそういうと西梅枝さいかちさんも言った


「よろしくお願いしますね、先輩方」


 ここなら体育会系的なノリにはなんないだろうし、ゆるくやっていけそうだな。

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