513 たしかな足下で



 アレクがパン工房のオープンにむけて熱を上げているそのころ。


 サラやメルルもまた青雲館の開校に向けて日夜研鑽を積んでいた。そして今日もまた‥‥。



 「メルルさん今日は西区の教会にご挨拶に行くわよ。メアリ先生の以前のお知り合いが会ってくれるんですって。だからメアリ先生もご一緒して下さるわ」


 「はいサラ先生。

 メアリ先生もよろしくお願いします」


 「こちらこそよろしくねメルルちゃん」


 「はい!」


 北区教会の元シスターだった人族の高齢女性メアリさんは、あの面接のすぐあとに青雲館に居を移してくれたんだ。


 「ただの見窄らしいお婆さんの私がこんな立派な建屋に……。まして個室なんて。なんと贅沢なことでしょう……」


 何度も何度も俺たちに謝意を述べてくれたんだ。その上でメアリさんが言われたよ。


 「この上は残りわずかな私の人生。女神様の下に召されるそのときまで。微力ながらこちらの青雲館で子どもたちのために尽くしましょう」


 「メアリさん‥‥」


 サラさんが心強い仲間(メアリさん)を得た瞬間だったんだ。

 

 事実メアリさんが青雲館の宿泊から生活に及ぶ子どものための福祉活動事業の基礎を作った1人であることは間違いないんだ。


 誰にも後ろ指指されることのないメアリさんの実直な生き方は、青雲館に携わる誰からも、また帝都民からも尊敬の念を集めたんだ。


 

 「メアリ先生は西区の教会のどなたかを知ってるんですか?」


 「ええ昔ね。西区のシスターウィズは古い友人だったのよ。

 まさかまた私が表舞台の友人と会えるなんてね。本当にうれしいわ」


 メアリさんはさ、自分の境遇をまったく卑下していないんだよ。それってとってもすごいことなんだよね。


 あの悪徳神父からシスターを辞めさせられたのち。貧民街で暮らしながら炊き出しで生命を繋いでいたって自らの近況を包み隠さず面接で話すんだもん。




 俺にはできなかったよ‥‥


 病気で倒れてから学校の仲間の誰とも馴染めなかった。

 こんな姿を知ってる誰にも見せたくなかったから……。自分を卑下して、自分から卑屈になっていたんだ。

 


 そんな俺も転生して、多くの人に恵まれて、さらに1年のダンジョンを経験して。ちょっとは変われたと思うよ。


 それってさ結局のところ、その時々の自分自身を受け入れるのは当たり前に自分が自分を認めることでしかないってことなんだけどね。




 ▼




 帝都居住区の西区は、中流から下層の帝都民が多く住むエリアなんだ。市井の帝都民が大半を占めるため、国の経済状況の影響が如実に伝わりやすいといわれているんだ。


 平和になって久しく。

 経済も活況下の現在、浮浪児や犯罪者も北区や南区と比較すれば少ないという。(まったくゼロにならないのはこの世界らしいんだけど)




 西区教会の来客室に通されたサラさん、メアリさん、メルル先輩の3人。

 メルル先輩がそのときの様子を教えてくれたよ。



 「久しぶりねメアリ。元気そうじゃない」


 そう言ったのはメアリさんの旧友でもある西区教会のシスターウィズさんだ。同年代らしいよ。


 「あの悪徳神父からメアリが追い出されたって聞いて心配してたのよ。私あなたを探したのよ。あなたなら西区の教会に来てくれたらどんなにいいだろうって」


 「本当ですよ。シスターウィズはシスターメアリなら西区教会がさらに良くなるからと私にも副司祭にも説得して、いつでもあなたを向かい入れる準備は整っていたのですよ」


 そう西区教会の神父様も言っていたそうなんだ。


 「どうしてたのメアリ?」


 「フフフ。貧民街で炊き出しを受けながら生きていたわ」


 「あなた‥‥どうせ責任を感じてたんでしょう?」


 「だって私がもっと強くあの神父様に諫言していれば、子どもたちは奴隷商に売られたりはしなかったのよ……」


 「それは違うわ。あなたには一切の責任はないわ」


 「そうですよメアリさん。どこの神父にかわいい子どもを奴隷商に売る輩などいるものですか!それを気付ける者などおりませんよ」


 「それでもね‥‥」


 「だから教会近くの貧民街に住んでいたのね」


 「ええ。女神様の御力で今日まで生かせてもらっているわ」


 「そうね……。女神様から呼ばれるそのときまで。私たちは最善を尽くさなきゃいけないものね」


 ふふふふ

 フフフフ


 それは2人だけに通じる尊い信仰心の強さを感じるものだったとメルル先輩が教えてくれたよ。


 「それでメアリ、今日は?」


 「ええ。北区の奴隷商バァムの館。ここをペイズリー閣下と帝都騎士団さんのご配慮で、アレクさんが貰い受けたの」


 「アレクさん?」


 「ええ。アレク工房って言えばわかる?」


 「お名前くらいはね。粉芋、アレク袋に始まりサンダー王国から中原にいくつもの奇跡を生み出しているという人よね?」


 「ええ。よくご存じね」


 「たしかたいへんな若さなんだとか?」


 「そうよ。かわいい学園生さんだけどね」


 「そう。噂には聞いていたけど。本当にまだ未成年なのね」


 「そうよ。帝都学園には来春までいるんだけどね」


 「そのアレクさんがどうしてあなたとお知り合いに?

 いったいどうしての?」


 「フフフどうしてでしょうね。ただ女神様が運命の糸を、縁を繋げてくださったのでしょうね」


 「そう。女神様が‥‥」


 「ええ。

 それでね、アレクさんが大きな奴隷商の館を建て替えて、貧しい子どもたちのための学校と宿舎を作ったのよ」


 「「「それはまたなんと素晴らしいことを‥‥」」」


 「こちらの2人はそこの施設、青雲館を運営される代表のサラさんとスタッフのメルルさんよ」


 「サラ・テンプルと申します。よろしくお願いします」


 「メルルです」


 「はじめましてシスターウィズです。

 サラさん、テンプルさんといわれますと、ひょっとしてあなたはテンプル老師のお身内の方でいらっしゃいますか?」


 「はい。ベルナルド・テンプルは私の祖父にあたります」


 「あらまあっ!私ね、もう大昔、まだ3歳や4歳のころにテンプル老師にお会いしたことがあるのよ!立派な先生よねテンプル老師は」


 「ええ本当に。身内ながらそう思います」


 「じゃあサラさん、あなたも老師と同じ道を歩むのね」


 「同じかどうかはわかりませんが。私は市井の中にあって、祖父の名に恥じぬように努力するつもりです」


 「そう。サラさん、応援してるわね」


 「ありがとうございますシスターウィズ」



 そうしてサラさんたちは青雲館の話から、子どもたちの教育を無償でしていくことや、浮浪児には宿舎まで提供していきたいと話をしたんだそうだ。


 シスターウィズを始め西区の神父様もシスターもみんな興味深く聞いてくれたんだって。

 でもその上でシスターウィズが言った言葉に身が引き締まる思いがしたってメルル先輩が言ってたんだ。


 シスターウィズはこう言ったんだって。


 「理想的な施設に素晴らしいお話ね。

 それでも‥‥メアリの友人として敢えて言わさせてもらうわ」


 









 







 「青雲館‥‥まだそこがどうなのかまったくわからないわ。実績がないから当たり前といえば当たり前よね。

 だけどね、そんなわからない場所に、心も身体も痛めた子どもを送ることは‥‥西区教会にいる私たちにはまだちょっぴり‥‥ね」


 「わかったわシスターウィズ。あなたの言うとおりよね」


 「ごめんなさいねメアリ」


 メルル先輩はこれで西区教会とのやりとりは終わったんだなって思ったらしいよ。

 でも。サラさんは違ったんだ。もちろんメアリさんも。

 あとから俺に話してくれたメルル先輩が言ったんだ。


 「覚悟が足りなかったのは私だけだった」って。





 「いいでしょうかシスターウィズ」


 「なにかしら。サラさん」


 「みなさんが自信をもって子どもたちを送っていただけるよう私たちはさらに努力をして参ります」


 「ええ」


 「「「それで?」」」


 「シスターウィズ、神父様、そして西区教会のシスターのみなさん。私たちの青雲館ではこの夏が終わるころ、開設前の施設見学会を予定しています。

 ですので夏の終わりごろに改めてご挨拶にお伺いします。その折りはぜひとも視察にお越しください。

 そしてご自身の目で見てご判断してください。私は皆さまが安心して子どもたちを送ってもらえる施設を目指しておりますので」


 そしたらね、シスターウィズが笑顔になったそうだよ。


 「メアリ。サラさんは昔のあなたみたいね。神父様?」


 「はい。サラさん、見学会を楽しみにしてますよ。シスターの皆さんはそれでよろしいですかな」


 「「「はい」」」


 パチパチパチパチ‥‥


 教会の人たちから拍手が起こったんだって。


 「「「ありがとうございます!」」」







 



 ▼

 



 「もっともっと勉強して自信を持って迎えられるようにしましょうね」


 「そうね。だから9月開校のそれまでは、私たちが慣れないとね」


 「サラさん、私はお風呂に慣れないといけないわ」


 ふふふふふ

 フフフフフ


 ―――――――――――――――



 いつもご覧いただき、ありがとうございます!

「☆」や「いいね」のご評価、フォローをいただけるとモチベーションにつながります。

 どうかおひとつ、ポチッとお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る